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源氏物語便り

心揺するもの 日本の心 源氏物語語り

滑らかな物語の展開・・実は  源氏物語たより710 

源氏物語

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    滑らかな物語の展開・・実は  源氏物語たより710

  源氏物語の筋の展開が、実にスムーズで無駄がないことにはいつも感銘させられている。一つ一つの事象が緊密に繋がっていて余計なものがなく、一言一句に最大の意を注いでいる紫式部の姿勢が汲み取れる。そしてそこには和歌の技法というものが多分に応用されているように思われる。特に『古今集』の修辞が多く取り入れられている気がする。
 
  『胡蝶』の巻に、この傾向が顕著に出てくる場面がある。
  玉鬘の魅力に抗しえなくなった光源氏は、しばしば彼女のいる夏の町の西の対に渡って行く。
  玉鬘の魅力を自分一人では包み切れなくなってしまったのであろう、彼女の様を、こともあろうに紫上に告げてしまう。
  「とにかく、亡き夕顔にそっくりなのだよ。かの夕顔にはあまり晴れ晴れとしたところがなかったが、玉鬘はものの分別もあるし聡そうで、とにかく親しみやすくて安心して見ていられる」
などと得々と話す。勘のいい紫上は、「また源氏さまの色好みが始まってしまって・・困ったものだわ」と思ったのだろう、こんな皮肉を言う。
  『いでや、我にてもまた忍び難う、もの思はしき折々ありし(源氏の好色な)御心ざまの、思ひ出でらるる節々なくやは(ありし)』
  源氏の女好きには、しばしば悩まされてきたということをチクリと刺したのである。最後の「なくやは」は反語で「そんな話をおっしゃって、あなたの好色心を思い出されることがないとでもお思い?」という意味になる。源氏は、紫上の勘の鋭さに「話さなければよかった」と思い、煩わしくなって話を途中で止めてしまう。
  しかし、そんな紫上の皮肉にもかかわらず、玉鬘のことが心にかかって、相変わらず彼女のところに渡って行ってはあれこれ世話をする。
 
  『雨のうち降りたる名残の、いともの湿(しめ)やかなる夕つ方、御前の若楓(かえで)・かしわ木などの、青やかに繁りあひたるが、なんとなく心地よげなる空を見いだし給ひて
  「和してまた清し」
とずし給うて、まずこの姫君の御さまの匂ひやかげさを思し出でられて』
例のとおり忍びやかに渡っていく。
  雨後の庭の木々というものは特別に瑞々しく繁りあうものだし、なんとも心地よいものである。思わず「和してまた清し」と吟じたくなるのも自然の理というもの。これは白居易の詩
  「四月の天気は 和して且つ清し 緑槐の陰は合して 沙堤は平らかなり」
から取ったもので、詩では「緑の槐(えんじゅ)」であるが、源氏の目に触れているのは雨後の若楓や柏で、その若々しく麗しい光景は、即、匂うように美しい玉鬘の姿に直結する。と、もう玉鬘のところに渡って行きたい気持ちは留めようもなくなる。
  雨後の瑞々しい自然の光景から、若々しく匂うような美しさを持つ玉鬘へと、物語の移行が実に滑らかである。

  この後、源氏はさかんに彼女に懸想じみたことを言い掛かる。そして
  『雨はやみて、風の竹に鳴るほど、華やかにさし出でたる月影、をかしき夜のさまも、しめやかなるに』
  雨にしっとりとした竹の葉が、風に当たってさやさやと心地よい。そればかりか、華やかな月まで姿を見せはじめた。何とも情趣豊かな夕べではないか。(女房たちも二人に遠慮して遠く控えているし)、これほど条件が整ったのでは、源氏の好(す)き心がうずかないはずはない。なんと玉鬘の
  『近やかに(添い)臥し』
てしまったのである。しかも着ていたやわらかな衣をそっと脱ぎ滑(すべ)らかしたのである。(ただし、この情況は私にはわからない。彼が脱いだ衣とは何なのであろうか。当然、直衣を着ていたであろうが、まさか頸上(くびがみ)の紐を外して、直衣を脱いだのではあるまい。それでは下の衣だけになってしまう)。
  この場面も、やはり眼にする情趣豊かな自然が、それに触発された源氏の恋の抑止力を失わせ、添い臥しまでしてしまうのも仕方がないではないか、という状況を作り出し、無理なく筋が流れて行く。

  実はこれ以前にも、ここに上げた二つの物語の展開と似た描写がある。呉竹が若々しく生えているのを目にした源氏は、竹にかこつけた歌を玉鬘に詠み掛ける。
  「せっかく大切にして育ててきた若竹が、やがては他の男の所に行ってしまうのかと思うと、私は耐えられません」
という内容である。若々しい呉竹は若い玉鬘の象徴であり、それがやがては他の男の腕に抱かれる、そう思うと源氏としては居ても立っても居られなくなると言うのだ。
  とにかく目に入る景をそつなく物語や歌に取り込んでいく紫式部の貪欲な創造力には驚くしかない。しかもそこには何の違和感もなく、実に円滑な流れがあって、淀みないのである。

  ところで、源氏物語は古今集と不即不離の関係にあり、古今集から多くの歌が「引歌」として取られている。それほどに源氏物語は古今集に依っているということである。
  引歌以外としては、古今集の修辞、特に「序詞」の技法がさりげなく使われているものと思う。序詞は、縁語や掛詞などと同じように、和歌における修辞の一つで、広辞苑には
  「和歌などで、ある言葉を導き出すために前置きとして述べる言葉」
とある。例として百人一首にある
  『足引きの山鳥の尾のしだり尾の 長々し 夜を一人かも寝む』
が上げられている。この「足引きの山鳥の尾のしだり尾の」が「長々し」という言葉を導く働きをしていて、これを「序詞」という。
  古今集の場合などでは、ほとんどの序詞には「自然(景)」が使われている。この「景」から、その下の作者の「情」に繋がっていくのである。
  「景」と「情」とは意味上、関連するものもあるが、多くは「同音」や「掛詞」や「比喩」で繋げているだけで、枕詞がそうであるように、序詞もさしたる意味を持たない場合が多い。「たった三十一音の中に意味のない言葉を使ったのでは随分無駄な話ではないか」と思われがちで、現代短歌ではまず使われることはない。
 それではどうしてそんな意味も無いようなことに、彼らは余計な情熱を注いだのだろうか。端的に言えば、平安時代の人は自分の感情や思いを直接的に表出することを「良し」としなかったということにある。むしろ優しく表現することに彼らは腐心した。

 それではここで序詞を持つ古今集の歌二つを上げて、その点を見てみよう。
  『五月山 梢を高み 時鳥 鳴く音(ね)そらなる 恋もするかな   紀貫之』
  「鳴く音」までが序詞で、皐月の山は木々の梢がはるかに高いので、ホトトギスの声までが遥か高い空から聞こえてくる。その「そら」ではないが、私も随分「心もそら」になってあの人を恋い偲んでいる」という意味である。「そら」が「天空」と「うつろな心 うつけた心」を掛けている。早い話、「私も随分うつけたような恋をしているものだなあ」でいいわけであるが、それではあまりに直接的であり唐突である。そこで梢高く鳴くホトトギスを借りて来て、歌の主意を和らげ優しさを出そうとしたというわけである。

  『春霞たなびく山の桜花 見れども飽かぬ君にもあるかな    紀友則』
  上の句「桜花」までが序詞である。要するに「いくら見てみ見飽きない美しい君」ということを言いたいだけなのであるが、それではあまりに素っ気ないし、面映ゆくもある。そこで桜花の美しさを借りて来て、直接性や面映ゆさを和らげたというわけである。
  序詞には実に極端なものもあって、最後の結句だけが作者の主意、などという歌もある。万葉集の次の歌などはひどい。
『伊勢の海士の朝な夕なに潜(かず)くとふ鮑の貝の片思ひにて』
  なんとこの歌は「私の恋は片思い」と言いたいだけであって、「伊勢」も「海士」も「朝な夕な」も「潜る」も「アワビ」も、歌の主意には関係しない。

  「それにしても序詞とは面倒な」という思いは消えないのだが、私は、序詞には「緩衝剤」的働きがあるとみている。心情を直に表出するのではなく、そこにワンクッションを置くという働きである。さらに序詞には一種の「照れ隠し」の働きもあるのではないかと思っている(これについては既に言われていることでもあるが)。「彼女のことが死ぬほど好きだ」とか「とにかく逢いたい」というのは照れ臭いし大人気ない。そこで序詞という緩衝剤で照れを隠すということである。

  さて源氏物語に戻ってみよう。『胡蝶』巻の先の三つの例は、和歌で言えば序詞に当たると言っていいのではないだろうか。しかも照れを隠す働きが強く出ているものと言っていい。紫上に自分の好き心を見透かされてしまった源氏は、早く玉鬘の所に渡って行きたいのだけれども、そんなわだかまりもあるので、安々とは渡って行けない。そんな時にたまたま
  「雨に潤った若楓や柏の木」
が目に入った。これは絶好の渡りの口述になる・・というわけである。また玉鬘に添い寝するには「さやさやと竹の葉を揺する風」と「華やかにさし出る月」を待っていなければならなかった。華やかな月と風に鳴る笹の葉が、彼に大胆な行動を促したということである。  
  源氏物語の自然(景)は、和歌における序詞の働きをしていて、源氏が、女性に対して毎回直接行動を取るのは生々しすぎるから、緩衝剤として、照れ隠し的に序詞としての「景」を用いたということである。
  最初の場面は、玉鬘の若々しさを導き出すもの、二番目は源氏の大胆な行動を導き出すもの、三番目は玉鬘のしなやかな姿を導き出すもの・・という具合である。
  源氏物語には、こんな例がまだまだ多いはずなので、何処が序詞としての「景」に当たり、何処が導き出される「被序」なのか、またそれはどういう「主想」に結び付いて行くのか、探してみるのも面白いかもしれない。

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玉鬘のささやかな反抗 源氏物語たより709 

源氏物語

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     玉鬘のささやかな反抗   源氏物語たより709

  玉鬘が、六条院に来てからというもの、その美しさに呆けたようになった光源氏は、年甲斐もなく連日のように玉鬘のいる夏の町に行っては口説き続ける。玉鬘が嫌がることなど顧慮(こりょ)だにしない。彼の口説きの際の言動を列挙してみると、

  「私を、自分の母(夕顔)だと思いなしてしまいなさい。もしあなたに不満足なことでもあるとすれば、私も(母の立場として)辛くてたまらないのですから」
  「世の中の譬え通り、私(継父)を本当の親だと思いなさい。私の一方ならない好意は、めったにないものなのですから」
  「私はずっと以前から、あなたを大切に育ててきました。ですから他の男(実父)のところに行ってしまうなんて、私としては堪えられません」
  「あなたに最初に会った時には、これほどあなたが母親(夕顔)に似ているとは思いもしませんでした。まったく瓜二つです」
  ある時には、彼女の手を握ってしまい、その手つきのつぶつぶと肥えた様子や、身なり肌つきの細やかで可愛い様子を官能的に舐(な)め回す。.
  「私のすることは、人に咎められるようなことではありません。あなたがさりげなく振る舞い、人に分からないようにしていさえすれば済むことなのですから」
  「あなたを娘として大切に思う気持ちに、ここで更に情愛まで加わってしまいました。しかも私の情愛たるや世に例を見ないほど深いのです。それゆえに、あなたのことが気になって気になって仕方がありません」
  ある時、ついに玉鬘に近々と添い臥してしまう。
  「男女の仲というものは、元々は赤の他人。でも時とともに親しくなっていけば身体を許すというのが建前というものです。私とあなたとの関係は随分年経ているのだし、これほど深く思ってもいるのですから、何も疎ましく思うことはありません。
  それにこれ以上、理不尽な行為には走りません。私のあなたへの情愛は、いい加減なものではありません。ただその思いを慰めようとしているだけなのです」
  「他の男は、私のように馬鹿げたほどおどおど振る舞うことなどありません。もっともっと積極的に攻めるのが普通なのです。それに底知れないほどのあなたへの情愛があるのですから、誰に咎められることもないはずです」

 という具合になる。何とも身勝手で理不尽で、詭弁に満ちた言行である。
 これに対して、玉鬘がいかに嫌がり、辟易(へきえき)していたか、その心理や行動をここに列挙しておこう。

  光源氏が真面目くさって親身に言いかかるものだから
  『苦しうて、御いらへ(返事も)きこえんなどとも覚えず』
  そうかと言って何の返事もしないでいたのでは
  『若々しきも苦しう覚えて(ほんのちょっぴりだけは言葉を返すのである)』
  源氏が、時折懸想がらみの言葉を交えるのだが
  『見知らぬさま(をする)』
  源氏に「実の親の所に行ってしまうのか」と言われると、「今更、実の親の所に行くなどとは考えてもおりません」と答えるはするのだが
  『心の内にはさも思はずかし』
  源氏が彼女の手を捉えるという振る舞いに及ぶと、
  『いとうたておぼゆれど・・むつかし(困ったこと)と思ひてうつぶし給へる』
 さらに
  『心憂く「いかにせん」と思ひて、わななかるる気色もしるく・・』
  源氏が近々と添い臥してしまったので
  『いと心憂く、人の思はんことも珍らかに、いみじう(悲しと)おぼゆ』
  源氏が自分に近々と添い臥しさえしてきたことについては
  『思ひのほかにもありけるかなと、嘆かしきに、いと気色悪しければ・・』
  源氏が添い臥したその翌朝、彼から早速後朝(きぬぎぬ)の文が届く。ところが彼女はろくな返事もしない。それでも源氏が煩わしいことを言いかかって来るので
  『いとど所せき心地して、(身の)おき所なきもの思ひつきて、いと悩ましうさへし給ふ』
  それでもお付きの女房たちは)事実を知らないから、源氏のことを褒めまくる。それがたまらない。
  『(源氏の)心づきなき御心の有様を、うとましう思ひ果て給ふにも、身ぞ心憂かりける』
  もし、源氏との関係が世に漏れれば
  『いみじう人笑はれに,憂き名にもあるべきかな』
  特にこのことが実の父親に知られれば、私を愚かな娘と烙印(らくいん)を押すに違いないと思うと
  『よろづに安げなう思ひ乱る』

という程に源氏が厭わしく、錯乱状態に陥ってしまう。

  ところが、これほど嫌がっている玉鬘のことなど斟酌(しんしゃく)もせず、源氏は口説きにくどく。玉鬘とすれば、厳しく拒否したいところであるが、彼女の立場は、誠に萩の葉の上に置く露の如しで、いかんともできない。とにかく彼女は親なしの孤児同然なところを源氏に見出され、しかもこれ以上ないという配慮をもって世話していただいているのである。
  さらに相手は太政大臣という身分である。田舎育ちで世渡りの経験もなく、男・女の経験もない、そんな玉鬘に何が出来ようか。しかもことがことだけに誰に相談するわけにもいかない。ひたすら忍ぶしかない。

  そんな頼りない立場にあって、ただ一度だけ源氏にはかなくも精一杯の抗議、抵抗を試みる場面がある。
  それは果物入れの蓋に、橘があるのを目にした源氏が次の歌を詠み掛けてきた時のことである。
  『橘の薫りし袖によそふれば 変われる身とも思ほえぬかな』  
  (昔の香を留めた袖の匂いに比べてみると、あなたも亡き人と同じように思われます    円地文子)
  この歌に対して彼女はこんな歌を返す。
  『袖の香をよそふるからに 橘の実さえはかなくなりもこそすれ』
  (母に比べてお考えになるなら、私も母のようにはかなく消えてゆくかもしれません    同上)

  玉鬘が、母の死の実態を知っていたかどうかは分からない。恐らくかの右近(夕顔お付きの女房で、夕顔の死の現場に居合わせた)も、そんな真相は告げていないであろう。とにかく母が二十歳そこそこの若さでこの世を去ったことだけは知っている。玉鬘は現在22,3歳である。
  源氏が、自分をそんな母に擬(なぞら)えるということは、自分も若くして死んでしまうということに繋がる。そこで
  「源氏さまは、私を母に擬えていらっしゃいますが、それは私も母同様、『若くして死ぬ』ということに他なりません」
という相当厳しい指摘になる。
  この歌の優れているところは、源氏の「橘」の歌を受けて、「橘の花が散ってしまったが、その実もはかなくなってしまう」と応じたところである。「花」と「実」は切っても切れない縁語であるばかりか、母と娘を比喩してもいるのである。。
  玉鬘は、右近と初瀬で偶然会った時にも、掛詞を一首の内に三か所も入れて歌を詠んでいる。歌の名手なのかもしれない。源氏の歌は口説きのための歌でしかなく、その点でも負けているというのに、厚顔無恥にも無視してしまって、彼女の手を捉えて
  「つぶつぶと肥え」
とか
  「身なり肌つきの細やかに美しげなる」
とか、官能に酔い痴れるのだから、救いようもない。

  実は源氏が詠った歌は、古今集の
  『五月待つ花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする』
から引いたものである。昔愛し合っていた女性が、袖に橘の花の香をよく焚いていたのであろう。ある時、何処からかその橘の花の香がしてきた。と、昔のあの愛する人の面影がふっと浮かんできた、というもので、純粋、純情な恋の歌である。
  源氏は、純粋、純情な歌を借りて、よこしまな恋の道具にしようとしたのである。機転の利く玉鬘が、その歌を逆手にとってチクリと刺したというのに、いかんせん、そんなささやかな反抗では、恋の亡者・光源氏には通じるものではなかった。

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仏国土の鮮やかな描写  源氏物語たより708 

源氏物語

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     仏国土の鮮やかな描写   源氏物語たより708

  昨年の秋に完成したばかりの六条院は、翌年の春には見事な邸として姿を現す。その姿を『初音』の巻と『胡蝶』の巻で、紫式部は鮮明に描き切る。あたかも眼前にその景があるかの如くにである。
まず『初音』の巻頭ではこう描かれる。
  『年たちかへるあしたの空の景色、名残なく曇らぬうららかげさには、数ならぬ垣根の内だに、雪間の草、若やかに色づき始め、いつしかとけしき立つ霞に、木の芽もうちけぶり、おのづから人の心ものびらかにぞ見ゆるかし。ましていとど玉を敷ける御前は、庭よりはじめ見どころ多く、磨きまし給へる御方々の有様、まねびたてむも言の葉足るまじくなむ』
  そもそも平安人にとって、新しい年が立つということ自体が、心身共に溌剌とする、待ちに待った時なのである。山に囲まれ底冷えのする京都、そして寝殿造という寒風が格子の隙間から吹き通って来ると言う家屋に住む彼らにとっては、たとえ暦の上であっても「立春」と聞いただけで、心が浮き立ち、のびらかになるものであった。
  この巻頭部分は、京都という風土・風俗からきた一般的な京都人の思いを語ったものと言える。まして今年の新年を、「雲一つないうららかな朝」として迎えたのでは、気持ちものどやかになるのは必然のことと言える。

  そして作者の視点は、雲一つない空から、地上にと転じて行く。物の数でもないようなつまらない家の垣根に、雪を分けて生い出ていた草が若々しく色を増してきている。待ちかねていた霞も立ち、その霞にそそのかされるように木の芽もほんのりと膨(ふく)らみかけている。この箇所を読んでいると、古今集の紀貫之の歌に思い至る。いや、あるいは古今集から借りたのかもしれない。
『霞立ち 木の芽も春の雪降れば 花なき里も花ぞ散りける』
  いずれにしてもこの景色は、新築された光源氏の六条院を祝福するに相応しい。

  「ましてや」と言う。つまらぬ庶民の家の様子ですら、のどかそのものであるのならば、ましてや「六条院をや」ということになる。ここで作者の目はいよいよ六条院の内部に注がれていく。広々とした庭には一面に真っ白な玉石が敷かれている。そのために邸全体が明るく輝き、その光は部屋の中にまで至る。
  その庭を縫うように遣水が流れ、はるかに広がる池へと流れ下って行く。遣水にも池にも真っ白に磨かれた石が敷き詰められているのは当然のことである。
  私は、この景色をいつも平等院と重ねて読んでいる。特に最近改修した平等院の池は、石が綺麗に敷き詰められ、鳳凰堂を鮮やかに浮き立たせている。恐らく光源氏の六条院はあんな様子であったろう。もちろん六条院の池は平等院よりも遥かに広いが。東本願寺に近い枳殻邸(きこくてい 渉成園のこと)は、源融(みなもとのとおる)の「河原院」の跡と言われ、源氏物語の六条院は、河原院を模した物とも言われるが、枳殻邸はこまごまとしていてあか抜けず、「磨かれ」ているとはとても言えない。やはり平等院をはるかに大きくしたものが六条院の一町と想像すればいいだろう。
  作者の視線は、その「磨き込まれた敷石など見どころ多い」景を受けて、それにもましてひときわ美しく磨かれた女房たちに注がれる。

  そして、女房たちの匂うが如き美しさに魅(ひ)かれた作者の視覚は、嗅覚へと移って行く。
  『とりわきて梅の香も、御簾の内の匂ひに吹きまがひ』
と、梅の香りと部屋の中で焚く香の匂いとが、どちらがどちらか判然とせず、混然一体となって流れて来るのだ。その様を
  『生ける仏の御国』
と表現する。六条院はまさに極楽浄土の如くであると言うのだ。景から人物へそして匂いへと、このあたりの文章は実にスムーズに流れていて無理がなく、六条院の荘nな佇まいを的確に伝えている。

  その仏の御国が、『胡蝶』の巻ではさらに詳細に描かれる。
  いつか時は三月へと移っていた。
   『弥生の二十日余りの頃ほひ、春の御前の有様、常より殊(こと)に尽くして匂ふ花の色・鳥の声、ほかの里には「まだ古りぬにや(未だにまだ春の盛り?)」と珍しう見え聞ゆ。山の木立、中島のわたり、色まさる苔の気色など、若き人々の、はつかに心もとなく思ふべかめるに・・』
  他の里(夏・秋・冬の町)では、春の町が未だに春爛漫であることをいぶかしく思うとともに、少しばかりの嫉妬心を起こして眺める。特にもの愛でする若い女房たちは、「春の町ってどれほど素敵なのだろうか」とはるかに望むばかりのもどかしさに、彼女らは興味津々となり、春の町を見たくて見たくてうずうずしている。
  そこで光源氏は、龍頭鷁首(りょうとうげきしゅ)の舟を池に浮かべて、秋の町の女房たちを、春の町まで漕ぎ巡らせ、彼女たちに春を堪能させようとする。
  驚くべきことに、秋の町(秋好中宮の里帰りの町)から、春の町まで池は繋がっていたのである。しかもそこを龍と鷁との頭を持った二艘を繋いだような舟をで漕ぎ行くというのであるから、いかに規模の大きな池であることか想像もつかない。
  こうなると平等院どころではなくなる。別のところを思い描かなければならない。そう、大覚寺の大沢の池などはどうだろうか。大覚寺では今でも龍頭鷁首の舟を浮かべて月見の宴を張るという。あるいは規模からすれば平泉・毛越寺の池(立石で有名)なども相応しいかもしれない。とにかくそのスケールたるや桁違いなのである。

  さて、しばらく龍頭鷁首の舟の上から六条院に庭の様子を女房たちの目を通して見てみることにしよう。秋の町から春の町への池の途中に小さな山があり、そこが二つの邸を隔てる関所に擬(なぞら)えている。その関を漕ぎ廻って、春の町の釣殿に至るのである。そこの中島の入り江には
  『はかなき岩』
がある。その佇まいは「絵に書いたようである」と表現されている。なんということであろうか。「はかなし」とは、「ちょっとした」とか「大したことがない」とかいう意味であるが、その岩~恐らく立石であろう~でさえ、絵に書いたようだと言うのだ。はかなき岩でさえ絵のようというのだから、他の石はどれほどの佇まいなのだろうか。
  我が家の庭にも中・小、三十ほどの石があるが、全て「はかない石」ばかりで、これを見た紫式部は何と表現するのだろうか。

  さて、春の町の池はまだまだ詳細を極めて描かれていく。
  『霞みあひたる梢ども、錦をひき渡せるに、お前の方ははるばると見やられて、色を増したる柳、枝を垂れたる花もえも言はぬ匂ひを散らしたり。ほかには盛り過ぎたる桜も、今盛りにほほゑみ、廊を巡れる藤の色も、細やかに開けゆきにけり。まして池の水に影を映したる山吹、岸よりこぼれて、いみじき盛りなり。水鳥どもの・・』
  枝を垂れたる花々、今盛りの桜、藤の花、水に映った山吹・・・目もあやな絢爛たる花尽くしである。この景も古今集にある素性法師の歌を偲ばせる。
  『見渡せば 柳桜をこきまぜて みやこぞ春の錦なりける』
  六条院は、京の都全体を再現してしまった感がある。
  この時一人の女房が詠ったのが、滝廉太郎の「隅田川」の本(もと)になった
  『春の日のうららに挿して行く舟は 棹のしづくも花ぞ散りける』
である。とにかく壮大、華麗、優艶で、これぞ雅の平安朝であり、極楽浄土の曼荼羅図と言える。

  紫式部は、このような雅の世界を描いて余りある作家だが、雅の世界だけではない。『桐壷』の巻の、桐壷更衣の死に当たっての悲しみに満ちた風情、   
  『野分立ちてにわかに肌寒き夕暮れのほど・・(更衣の実家は)草も高くなり、野分にいとど荒れたる心地して、月影ばかりぞ、八重葎にもさわらず差し入りたる』
の場面や、『夕霧』の巻で、夕霧が、故柏木の妻・落葉宮に激しい恋をするが、彼に靡かない宮に鬱勃(うつぼつ)たる思いに沈みながら眺める北山の風物、
  『長月十日余り、野山の景色は・・山風に堪えぬ木々の梢も峰の葛葉も、心あわただしう争ひ散る紛れに・・木枯らしの吹きはらひたるに、鹿はただ籬(まがき)のもとにただずみつつ・・』
など、どんな情景でも彼女の筆は自由自在に動く。しかもみな名文の誉れが高いのである。中宮・彰子の里である藤原道長の邸などの風景を実際に目にしてのものもあろうが、彼女の想像力と創作力とで再現した景に間違いはなく、その筆力には改めて驚かされる。
 

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「笑点」を分析する(切る)その2 源氏物語たより707 

源氏物語

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     「笑点」を分析する(切る) その2  源氏物語たより707

  落語家が、高座に上って話をする時に、座布団に正座する意味は何なのだろうか。
それは言葉以外を排除せよということに他ならない。
  なにしろ彼らは正座を強いられていることで人間の身体機能の内、足という重要なものを奪われているのだ。小道具と言えば、扇子と手ぬぐいだけである。それに、歌舞伎のような隈取をすることもないし、大仰な見栄を切ることもない。ひたすら言葉に頼って話し続けなければならない。もちろん手振りや表情も彼らの手助けをするが、後は、言葉の芸があるばかりである。

  かつてコント55号が、舞台狭しと動き回り、相手を蹴飛ばす、投げつけるなど激しい動きで観客の笑いとったことがあった。あれはまさにテレビの落とし子である。ラジオであったら、あの笑いはなかった。ラジオでは出演者の動きは分からないから、聴衆はひたすら言葉を通して話者の意図をくみ取るしかない。したがってラジオの出演者は、言葉だけで自分の意思を表示しなければならなくなり、言葉との真剣勝負になる。

  その点から「笑点」に戻って考えてみよう。「笑点」のメンバーはすべて落語家である。そのために彼らは座布団に座って芸をしているのだ。足という機能を奪われて言葉で勝負しなければならないいのは、寄席の落語家と変わりはない。
  その点で、一番に槍玉に上げなければならないのは、「たい平」である。彼は身体能力に優れているのかもしれないが、しばしば座布団から転がり落ちたり、しばしばスキーのジャヤンパーよろしく舞台に身を投げ出したりして、その都度、観客の笑いを頂戴している。彼は足・腰の機能を取り戻す代わりに、落語家に必須の機能である「言葉」を自ら放擲(ほうてき)してしまった。落語家のすべき芸ではない。相撲で横綱ともあろう者が、一瞬の変化で相手を叩き込んで勝ったりすると、観客がブーイングをしながら座布団を投げるように、笑点のお客様も、言葉を疎かにした芸には座布団を投げるといい。ところが、彼らお客様は、批判精神を放擲してしまったように素直に笑っている。

  その他のメンバーも褒められたものではない。毎回品のない性的な回答でお茶を濁す小遊三も非難されるべきであろう。江戸小咄などにも性に関する話は多いが、そこにはある程度の品があり知性がある。
  こんな話がある。泥棒が、とある大名屋敷に盗みに入ったが、縁側でお女中が気持ちよさそうに昼寝をしているのが目に入った。「仕事始めに・・」とばかり泥棒は、お女中と事を始めてしまった。さすがに気が付いたお女中、「あれ!」と思って、泥棒を見ると、これがなかなかの好い男。泥棒が、匕首の方に手を伸ばし
  「騒ぐと抜くぞ」
と脅すと、お女中
  『あら、抜かないで!』
  この小咄に品があるかどうかはそれぞれご判断頂ければいいのだが、少なくとも小遊三の品も知性もかなぐり捨てて、何のひねりもないエッチな話に比べれば、雲泥の差があることに違いはない。
  木久扇の「呆けの真似」と「ラーメン」もいい加減に止めておいた方がよい。あれでは本当に木久扇自身が呆けてしまう。彼の落語を上野の「鈴本演芸場」で聞いたことがある。なかなか上手いし芸の幅が広い・・と見たのだが、そうでもなさそうで、あれでは評価が下がってしまう。

  圓楽も芸は達者であるはずだが、「笑点」ではそれを発揮していない。時事問題をいかにも得々と披露するが、単なる真面目な時事放談に過ぎない。落ちのない落語は落語ではない。
  三平は、まだ場馴れしていない点を割り引いても才能はない。早めに足を洗った方がよい、と思っていたら、彼だけが一生懸命「掛詞」を使って笑ってもらおうと努力はしている。しばらくは足をバケツに入れたたままでよさうだ。
  好楽は、まあ無難と言っておこう。
 
  政治家も、ある意味、噺(はなし)家でなければならない。ところが日本の政治家は裏ワザばかりが得意で、話し上手という人は皆無である。今は亡き元文部大臣の町村氏が唯一「話のうまい政治家」と思ったくらいである。大分前のことであるが、関東地区中学校校長会に来られて挨拶されたことがある。わずか10分足らずの挨拶ではあったが、聴衆を「その気」にさせてしまう力を持っていた。校長としてあるべき姿勢と意欲を10分で引き出したのである。我々仲間は、呆然と酔い痴れたような顔をして会場を出た。それ以降そんな政治家に会ったことはない。
  そもそも大臣ともあろう者が、原稿片手に朗読している姿を、国会中継でしばしば目にして哀れを感じる。そんなわけで、国会中継の興味の焦点は、野党にやられてたじたじしている大臣がいつお辞めになるか、議員の足をいつお洗いになられるかくらいである。
  その点、アメリカのオバマ前大統領は見事であった。彼の話はいつもノー原稿であった。しかも力強い。
  今年の一般教書はトランプ大統領がやったが、これも一時間半にわたってノー原稿であった。その点だけは評価できる。しかしトランプ大統領は、出まかせと大仰と詭弁と保身があるばかりで、真心に欠けているから尊敬するに値しない。そのために、ノー原稿の価値も半減してしまう。その点、優れた人格も兼ね備えているオバマ氏は見事であった。あんな政治家が日本にも現れないものかと、はかない望みを持ってはいる。

  作家も、表情や身振りは味方にはなってくれない。ひたすら言葉と向き合い読者を惹(ひ)きつけることに命を掛けなければならない。紫式部は物語の展開に工夫を凝らしただけではない。言葉の本来持っている力を最大限に生かして、細かい所にまで注意を行き渡らせ、読者サービスにこれ努めている。それが笑いを誘ったり諷刺になったりして、物語に幅と厚みとを生んでいる。
  「笑点」のメンバーも、『空蝉』『蓬生』『玉鬘』『野分』『真木柱』の巻(いずれも比較的に易しく面白い)あたりを読んで、可塑性と可能性に富む日本語のよさに目覚め、誰もが満足するような芸を披露して、布団にどんと安座してもらいたいものだ。座布団をもらうばかりが仕事ではあるまい。

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「笑点」を分析する(切る)  源氏物語たより706  

源氏物語

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     「笑点」を分析する(切る)  源氏物語たより706

  源氏物語や古今集に馴れ親しんでいると、掛詞や縁語などの修辞が重要な意味を持っているので、それを看過することはできなくなる。そのために日常の生活の中でも掛詞がつい気になってしまう。
  掛詞は、落語の世界では専売特許のようになっていて、これなくして落語は語れない。子供の頃から落語が好きでラジオでよく聞いていた。三十分も一時間もの話しの最後を掛詞で落とすあの可笑し味と爽快さは今でも肌に残っている。
  「笑点」も以前からよく聞いていた。故圓楽が司会をしていたころまでは結構笑うことが出来た。ところが、歌丸や昇太が司会をするようになってからというもの、下賤な話題や体を張った仕草で笑いを買うようなものが多くなり、素直に笑えない。特に気になるのが、仲間の悪口を言ってその場をしのいでいることである。見ていていたたまれなくなることがあり、今では見ることも稀になってしまった。
  とにかく今のメンバーは、落語家としての使命である言葉で勝負しようとしていない。そこで、今の「笑点」の何が問題なのかを探るべく、平成31年2月3日に放送されたものを分析してみた。大まかに言えば次のような所に問題があると考える。

[1] 仲間の悪口を言って笑わせる
[2] 下賤な話題で笑いを取る (特に以下の四点)
   ① 品のない性に関するもの
   ②  盗みを装うもの
   ③  呆けを装うもの
   ④ 自己卑下に関わるもの
[3] 単なる事実や時事問題の報告でしかない
[4] 身体を張って笑いを強要する
[5] 駄洒落に過ぎない
[6] 仲間内か本人にしか通じない意味不明の笑い、および間違い
 
  今回の「笑点」では、次の三つが出題された。
  1 最近の気候が寒さ暖かさを行きつ戻りつしているのに掛けて、「行きつ戻りつ 行きつ戻りつ」の前句付をする
  2 節分の日にちなんで「何かを撒く動作をし、何をしているのか」回答する
  3 足裏を模した帽子をかぶり、司会者と足裏会話をする

  この三問に対して回答者から36回の答えが出されたが、なんと、そのうちの9回もが、[1]の「仲間の悪口を言って笑わせる」ものであった。とにかく彼らは、好い回答をしようなどという努力もしないし、そもそもその意識さえない。手近な仲間の悪口でお茶を濁す。彼らは、「笑点」という看板にどっぷり浸ってしまっているのだ。世間に出れば「笑点」メンバーであることでちやほやされるものだから、目が眩(くら)んでしまっているとしか思えない。落語家であることの自覚を失った彼らに、誰かが鉄槌(てっつい)を下してやらないと目が覚めそうもない。

  今回の悪しき回答の数を表にしてみるとこうなる。
 
 [1]    仲間の悪口       9回
 [2]の① 品のない性       1回
    の② 盗みの装い       3回
    の③ 呆けの装い       1回
    の④ 自己卑下        1回 
 [3]    単なる事実報告     4回
 [4]    体を張った笑い     0回
 [5]    駄洒落          2回
 [6]    意味不明や間違い   6回
 
  その他、「内容的にまあまあ」だったものが6、「洒落としてまあまあ」だったものが3、という結果になった。「内容的にまあまあ」の回答が6もあれば「上出来」と思うかもしれもしれないが、これはすべて第一問の「前句付」に関するものなのである。つまり出題が好かったに過ぎないということである。その六つの回答とは
  「尖閣を我が物顔の中国船 行きつ戻りつ 行きつ戻りつ」
  「みちのくを旅の芭蕉の足跡は (以下同じ)」
  「宅配便指定時間にまたいない・・」
  「寅さんは振られるたびに国内を・・」
  「誰もいぬ部屋をお掃除ロボットが・・」
  「懐かしい古いレコード針がとび・・」
である。「尖閣を」「みちのくを」「宅配便」の三回答はすべて圓楽である。圓楽はこの手の回答が得意で、毎回必ず入れて来る。しかし考えてみれば当たり前の時事問題や歴史事項を五・七・五に纏(まと)めただけで、「笑い」とは無縁である。このように文章にしてしまったら何の面白味もないことで笑いとは無縁であることがよく分かる。つまり先の「悪しき回答」の[3]に過ぎないのだが、でも仕方がないから「まあまあ」に入れておいた。
  「寅さんは」(三平)も「誰もいぬ」(木久扇)も同じようなものである。ただ木久扇の回答は現代性を含んでいて寡作(かさく)くらいには入る。

  「洒落」としてまあ合格に入れてもよいと思うものに好楽の回答が上げられる。豆まきにちなんで「何かを撒く」仕草をしながら、彼はぶつぶつとつぶやいている。
  「ここに笑いの種を撒いて、ここにも笑いの種を撒いているのだけれど・・」
  その呟きに対して司会者が「どうしたの?」と聞く。すると
  『でも実らない』
と応じる。これはなかなかの回答と思う。落語家の使命は観客を笑わせることであるが、撒いた種が実を結ばないのと同じように、いくら笑いの種を撒いても笑ってくれないのではその甲斐もない。なんとも哀れで、その卑下が笑える。
 
  足型の帽子をかぶったたい平が、貴乃花の声色をしながらこんなことを言っていた。これもなかなかの出来。
  『私、この度、相撲協会を辞めました。これからは偏平足(一平卒)として生きていきます』
  確かに貴乃花の顔は偏平足に見えないでもないし、音(おん)の類似が極めて面白い。もしこれが
  「私、この度、相撲協会から足を洗って・・」
であったら、最高傑作に入れてもよかった。「足を洗う」という慣用句を使ったことにもなるのだから。
  三平も、「足裏の会話」でこんな洒落を言っていた。
  「我が家では家内がいつも先を歩くのです。 『つまさき』」
  三平は、まだメンバーになって間もないので自信がないのかいつもおろおろしているが、洒落だけはなかなか好い回答をする。だが今回は駄洒落の域を一歩も出ていない。これももう一ひねりする必要がある。例えばこんなふうに加えてみたらどうだろうか。
  「我が家ではいつも家内が先を歩く。『つまさき』。そのうちいつか『かかぁと』手を繋いで一緒に歩きたい」(手と足は縁語でもある)

  今回、[4]の「身体を張って笑いを強要する」が0であるのは意外なことであった。これはたい平の得意技で、でんぐり返ったり前につんのめったり、あるいは座布団運びの山田君と縺(もつ)れたりするのだが、あられもない動作をよくも毎回するものと、呆れて見ていた。まさか最近それを反省したわけでもあるまい。
  そういえば最近のお笑い芸人(特に吉本興業)が言葉で勝負するのではなく、相手をはたいたり叩いたりのパホーマンスで笑いを取ろうとしていることに通じる。彼らの世界からは「言葉」が疎外されてしまっている証である。
  それと今回目立ったのが[6]の「意味不明」の多さで、たい平が何を言っているのか聞き取れない話を連発していた。さらに司会の昇太までが間違いを犯していた。御愛嬌ですめばいいが、命取りになるかもしれない。

  紫式部や古今集の歌人たちが、言葉を駆使して物語や歌作りに命を張ったように、「笑点」番組で命を繋いでいるメンバーなのだから、もっと言葉に命を張ってもらいたい。でも今のメンバーではそんな望みを掛けること自体に無理がありそうである。
  私にいつかまた「笑点」を見る日が来るだろうか。

  『花の色はうつりにけりな いだづらに わが身よにふるながめせしまに』    小野小町
  「ふる」が「降る」と「経る」との掛け、「ながめ」が「長雨」と「ながめ(もの思い)」との掛けになっている。そして「いたづらに」が上句と下句に掛かっていくという高度な技巧を使っている。なすこともなく過ぎゆく人生不可避の条理を、長雨にむなしく散っていく桜の花に擬(なぞら)えて、背筋にじんとくる悲しみを小町は詠った。
  「笑点」メンバーも、この歌にでも親しんでもらって、背筋でなくてもいい、足裏に痛風ほどの痛みを感じてもらいたいものである。

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