源氏物語便り

心揺するもの 日本の心 源氏物語語り

源氏物語たより626 

源氏物語

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     「中神」が分からない   源氏物語たより626

  「中神」とは、『帚木』の中に出て来る言葉であるが、その実態がよく分からない。「雨夜の品定め」の翌日、光源氏は内裏から左大臣(葵上)邸に退出する。その時に女房たちと源氏との間にこんなやり取がなされる。
  『「今宵、中神、内裏よりは塞がりて侍りけり」と聞こゆ。「さかし(源氏の言葉で、「そうだな」という意味)」。例は忌み給ふ方なりけり』

  「中神」とは、暦神のことで、「天一神」とも言う。天一神は、十六日間は天上にあるが、己酉(つちのととり)の日に天から下りてきて、まず北東の隅に六日間遊行し、次に東の方に五日間、以下、東南の隅、南の方・・とそれぞれ六日と五日と、合計四十四日間{(6+5)×4}、四隅、四方を遊行する。そして、癸巳(みずのとみ)の日に天上に帰って行く。天一神が天上にいる時にはさわりとなる方角はないが、地上にいる時に、この神の遊行している方角は「ふたがり」と言って、その方角に向かって事をなすことを忌み、「方違え」をしなければならなくなる。

  さてそれでは、先の源氏の行為をどう捉えたらいいのだろか。左大臣邸は、内裏から向かって今宵から中神の遊行する方角になるという。したがって、本来源氏は来てはいけないところであったのだ。女房たちに注意された源氏も「そうだな」と言っている。源氏自身が、左大臣邸は今日は「方塞がり」であると分かっているにもかかわらず、どうして来てしまったのだろうか。源氏の意図がこう書かれている。
   『(いつも内裏にばかり籠っていて、ここにはほとんど来ないことが)『大殿(左大臣)の御心いとほし(気の毒)ければ』」
ということで、左大臣に申し訳ないからなのだという。
  この後、源氏は女房たちの忠告を無視して、大殿籠ってしまう。この行為も解せないことである。すぐにも方違えしなければならないというのに、寝てしまうとはどういうことであろうか。
  玉上琢弥(角川書店『源氏物語評釈』は、
  「昨夜女性論に花を咲かせてとうとう徹夜をしてしまった翌日である。何より体がだるくて、眠くてならぬ。“かたふたがり”も構わず寝てしまう、お坊ちゃんの源氏」
などと暢気な解釈をしているが、そんな甘い源氏であろうか。
  これは、彼の計算ずくの悪だくみなのではないかと私は思う。一つには、肩の凝る左大臣の付き合いをしなければならないことが煩わしいのだ。そして何よりも葵上と居ることが嫌だからだ。そのために短時間だけ居る条件として「方塞がり」を選んだということである。しかしそうかと言って、これ幸いとばかり早々左大臣邸を辞してしまうのも気が引ける。そこで「なやなし」を理由にして寝入ってしまったのだ。そうすれば
  「源氏さまは、こちらでごゆっくりしていらっしゃいます」
と、女房たちが左大臣や葵上に御注進という段取りになるだろう。日ごろの無沙汰を大殿籠ることで罪滅ぼしすることができる、と考えたのだ。

  さらにかれの狡いのは、この「大殿籠って」しまった行為である。彼は、いずれにしても今宵はどこかに方違えをしなければならないと承知している。そして、方違えともなれば、「何か好いことが起こるはず」と甘い夢想を持っているのだ。そんな自分に相応しい方違え所は、必ず供人が探してくれる、と読んでいる。案の定、供人の一人が紀伊守邸がいいと言って推薦してきた。表面的には、最近紀伊守は、中川から水を引いて涼しい陰を作っているからだということである。られらの真意は別にある。ところが、肝心の紀伊守は、
  「父の妻(空蝉)が物忌みに来ているので・・」
と渋る。それを聞いた源氏は、小躍りしてこう言う。
  『女遠き旅寝はもの恐ろしき心地するべきを。ただその几帳の後ろに』
  で、この話をぜひ進めるよう促す。「ただ」とは「すぐ」という意味で、「女の几帳のすぐ後ろが好い」と言うのだから、源氏の面目躍如で、ここにこそ色好みな彼の本意があったのだ。
  今宵は方違えをすることで、珍しい女と寝ることができるかもしれないと読んでいたために、ここで十分大殿籠って体力をつけておこう、という魂胆である。これは私の少々うがった考えかもしれないが、紀伊守邸に行って、彼がまず守にこう言って困らせていることでも察しが付く。
  『帷(とばり)帳もいかにぞは。さる方の心もなくては、めざましきあるじならん』
  冗談めかして言ってはいるが、彼の魂胆は透け透けである。催馬楽を引用して巧みに「女の用意がなくては興ざめだぞ」と守を脅迫しているのである。このことからしても私の解釈も、あながち「うがった考え」とも言えないと思う。

  『枕草子』に
  『すさまじきもの 昼吠ゆる犬。春の網代。・・方違へに行きたるに、あるじせぬところ。まいて節分などはいとすさまじ』(二十五段)
とある。「あるじ」は「饗応」という意味で、当時は、方違えに来た人を、方違え所では饗応しなければならなかったようである。「すさまじ」とは、源氏が紀伊守に言った「めざまし」とニュアンスが似ていて、期待に反して面白くない、不快な気がする、心外だというような意味である。節分にはよく方違えをしたようであるが、特にこの時は手厚く客をもてなさなければいけなかったのだろう。
  その結果、供人たちは紀伊守邸で、酒・肴の大盤振る舞いを受け、満足してそのまま寝込んでしまう。彼らは、中川から水を引いて豪奢に家造りをするような受領の家であれば、十分な御馳走にありつけると計算していたかもしれない。一方、源氏は源氏で、女の御馳走にあずかるという段取りになる。

  当時の人が、「天一神」や方違えをどれほど信じていたのかは、よく分からない。とにかく当時は「禁忌」が多かった。陰陽寮で作成した暦(具注暦という。藤原道長などはこの暦に日記を書きつけている『御堂関白日記』)には、さまざまな禁忌が書かれていて、彼らはこの暦に添って行動しなければならなかった。結婚に相応しくない月、旅立ちに忌む日、そしてなんと髪を洗うに良き日まで決まっていたのである。彼らの行動は暦によって縛られていたとも言える。
   『手習』の巻に、横川の僧都の母が、初瀬に詣でた帰り、奈良坂を過ぎたところで、体調を崩し動けなくなってしまう、そこで近くの知人の家に泊まろうとする、ところがこの家では御嶽参りの精進をしているため、病身の人が泊まったのでは具合が悪いということで断られてしまう。それでは、比叡の麓の小野の邸まで連れて帰らなければならないかという場面が出て来る。しかし、
   『例、住み給ふ方は、忌むべかりければ』
ということで、小野の方角は塞がっているということで、結局、宇治に泊まらざるを得なくなる(実は、そのために、僧都一行によって瀕死の浮舟が助け出されるのだが)。このように禁忌を生真面目に守っている例もみられる。おそれく概ねの人々はこのように暦に従ったのであろう。
  ところが、源氏のように手におえない猛者にあうと、天一神も愚弄され、悪用されてしまう。『松風』の巻にもこの方違えが出て来る。「嵯峨の御堂に・・」と言って紫上に嘘をつき、大堰川にいる明石君に逢いに行く。
  その最後の日に、大勢の公達が大堰にやって来て、川の辺で大宴会となる。そこに冷泉帝からこんな手紙が届く。
  『今日は、六日の御物忌み開く日にて、必ず(内裏に)参り給ふべきを、いかなれば(今宵見えぬ)」
  「六日の物忌み」とあるところから、恐らく先の天一神が、源氏の二条院から向かって内裏の方角に遊行していたのだろう。それを理由に彼は参内をしないでいたのだ。そしてちゃっかり明石君と逢っていた。今日はその源氏の忌みが明けたの、で当然参内するものと帝は思っていた。ところが今日になっても参内しない。冷泉帝にとって、源氏のいない遊び(音楽)などおもしろくもない。そこで、いささかおかんむりの手紙をしたためたのだろう。帝の思いをよそに、源氏は大堰でどんちゃん騒ぎの宴会をしていた。
  紫上には嘘をつき、帝にまでおおけなきことをする源氏。
  源氏くらいになると、方塞がりなどはいい口実になってしまう。ひょっとすると紫式部や清少納言レベルになると、天一神や方塞がりなどは、心の中ではあまり信じていなかったのかもしれない。清少納言が、『枕草子』で、方塞がりを「御馳走目当て」くらいに考えていたように、ハイレベルの知識人たちは、自分に都合の良い手段・方法としてこれを活用していたのかもしれない。

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源氏物語たより625 

源氏物語

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       首尾一貫した『夕顔』の巻   源氏物語たより625

  『夕顔』の巻は、玉上琢弥が『源氏物語評釈』(角川書店)で言うような「無理・無策」な作品でもないし、「不十分」な出来でもない。まして「昔物語に馴れてしまっている紫式部が、女・子供の慰めに作った反省の足りない物語」などでは決してない。それどころか、終始首尾一貫した完成度の高い佳作である。私は源氏物語の中でも指折りの優れた一編であると高く評価している。
  それではどうして玉上琢弥のような誤った評価が出ていてしまったのだろうか。しかもこの評価・解釈は、過去の源氏物語研究者のすべてがはまってしまった陥穽でもあるのだ。

  どうしてこんな事態になってしまったのだろうか。それは、雑然とした五条の大路で、光源氏が、見入れの程もない屋敷の切り懸けに咲いている白い花に興味を示し
  『「をちかた人にもの申す」とひとりごち給ふ』
た情況を誤って取ってしまったからである。
  そう取ってしまった要因に、次の二つがあると私は思っている。
  一つは、源氏の「独り言(ひとりごつ)」を聞きつけた随身が、即座に
  『あの白く咲けるをなん、「夕顔」と申し侍る』
と答えてしまったことである。何かの本に
 「この随身は、随分不粋なことをしてしまったものである」
とあったことを覚えている。ただしこの作者がどういう意味で「不粋」と言ったのかについは定かな記憶はないが。確かに随身の行為は不粋である。いやそれどころか、随分罪作りなことをしてしまったものである。なぜなら、このことによって、後世の源氏物語研究者に誤りをきたしてしまったからである。
  源氏が「をちかた人にもの申すと一人ごち」たのは、随身に対してではないのである。屋敷の中でこちらを盛んに伺っている「をかしき額つき」の女房たちに聞かせたかったのである。それを不粋にも随身が答えてしまった。随身が答えてしまったから一件落着してしまって、後にこの宿の女主が
  『心あてにそれかとぞ見る 白露のひかり添へたる夕顔の花』
と、源氏に歌をよこすのだが、その歌と源氏の「独り言」を切り離して考えてしまったのである。彼らは、この女主は、女と言う立場を忘れて、さかしらだって源氏様に歌を詠みかかった、と捉えてしまったのだ。
 
  もう一つの要因は、源氏の「独り言」についての厳とした錯覚である。「独り言」である以上、小さな声でぼそぼそと言ったもの、とみな思い込んでしまっている。だから「源氏の声が屋敷の中まで聞えるはずはない」と言う固定観念を形成してしまったのだ。
しかし、そうではない根拠を紫式部は処々に散りばめている。まずこの屋敷は
  『見入れのほどなく、ものはかなき住まひ』
であると直前に断っていることが上げられる。とにかくこの屋敷は極めて手狭なので、外の音がよく聞こえてくる。
  しかも屋敷の中では、
  『をかしき額づきの透き影、あまた見えて覗』
いている。「覗いて」いたのは、勿論「五条の大路を女房たちが」である。後に分かることだが、彼女たちが大勢して大路を覗いていたのは、頭中将(元夕顔の愛人)の車が通るのを見張るためである。つまり彼女たちは、目を皿のようにし耳をウサギのようにして大路を伺っていたというわけである。だから源氏の声が聞こえないはずはないのだ。 
  しかも、源氏の声は『紅葉賀』の巻にあるように「迦陵頻伽」の声なのである。迦陵頻伽は「妙音鳥・好音鳥」とも言われ、美妙な声を持ち、その声はどこまでも響き渡って行く。そういう源氏の声が、見入れの程もないところで必死に耳を澄ましている女房たちの耳に届かないはずはないのである。証拠はまだある。
  八月十五日に夕顔の屋敷に泊まった源氏が、その翌朝、耳にしたのは、なんと大路で会話をしている庶民の声であった。また、御嶽精進をする年老いた人のぼそぼそと唱える経の声まで聞こえて来たのである。これでも源氏の声が聞こえないと言えるだろうか。 
  このように紫式部は執拗なほど神経質に情況設定をしている。彼女がせっかく丹念に情況を積み上げていることを、過去の源氏物語研究者たちはみな見落としてしまった。
  全ての解釈の誤りはこれらを根源にしている。

  過去の源氏物語研究者が、見落としてしまったさらに重大な問題がある。それは「をちかた人にもの申す」を軽くとってしまったということである。この歌には紫式部が渾身の工夫を凝らした創意があるというのに。
  源氏は、この古今集の旋頭歌の「をちかた人にもの申す」の部分だけを「一人ごちた」わけではない。
  『うち渡すをち方人にもの申す我 そのそこに白く咲けるは何の花ぞも」
全体を詠ったのである。「うち渡すをち方人」とは、「はるか彼方に見渡す遠くの方にいられるお方」で、この場合はこちらを覗いている女房を指す。にもかかわらず、この随身は「古今集のその旋頭歌なら私も知っている」とばかり小賢しく答えてしまった。やはり不粋の限りと言わざるを得ない。
  さらにこの旋頭歌には返しがあるのである。
  『春されば野辺にまづ咲く 見れど飽かぬ花 幣(まひ)なしにただ名告(なの)るべき花の名なれや』
である。私が不思議に思うのは、過去の研究者たちが、この返しの歌に全く関心を示さず、問題にもしていないということである。彼らは、紫式部の壮大な意図に全く気が付いていない。
  「春されば」は「春が来ると」という意味。「幣」は、「神や人にささげるお礼の品物」という意味。歌全体としては、
  「春が来るや真っ先に野辺に咲きだす、見ても見飽きない私の大事な花。それなのに何のお礼もくれもしないで、名を聞こうたって、教えるわけにはいきませんよ」
という意味である。のどかな微笑ましい歌である。恐らく美しい女性に求婚した男に対して、女の親が笑いながら相手をじらしながら返歌したものであろう。想像するに、この親は後に多くの「幣」を男からもらって、無事結婚させたであろう。

  実はこの二つの旋頭歌の応酬が『夕顔』の巻全体を流れる主旋律になっているのである。
  源氏は自分の顔を隠したまま夕顔の屋敷に通い続けていた。そして溢れんばかりの愛の言葉を囁いては夕顔を求めた。夕顔も源氏の愛を受け入れてはいるものの、何か不安でたまらない。それは当然のことである。なぜなら源氏は、自分が誰とも名乗りもせずしかも顔すら隠して見せないのである。これでは女は「ものの変化めき」て感じてしまい、とても心底相手を信じることはできない。
  六条の廃院(なにがしの院)に連れ出されて、男と歌を詠み交わした時も、彼女は、こんな不安げなはかない歌を詠っている。
  『山の端(夕顔)の心も知らず行く月(源氏)は うはの空にて影や絶えなん』
  「源氏さまは、私の気持ちをよくご存じないままに、ある時ふっとどこかへ姿を消してしまわれるのではないでしょうか」
という意味である(多くの学者は、「山の端」を源氏、「月」を夕顔としているが、源氏を「山の端」にたとえるとは何とも失礼なことではないか)。
  この後、源氏は顔の覆いを取って氏名と身分を明かし、夕顔にも名を名乗るよう求める。しかし、彼女は
  『海士の子なれば』
と言って、頑なに名を名乗ろうとしない。

  ここまで説明してくれば、先の旋頭歌の返しの歌と源氏物語とのかかわりは明白である。夕顔は、まだ一抹の不安を払しょくできないでいた。源氏の真意を測りかね、源氏が真に「幣」を払ってくれるかどうか分からない疑心の真理状態にあったのだ。
  この晩、「ものおじを極端にする」夕顔は、不安におびえたまま寝たのであろう、悶死してしまう。源氏が最初から「幣」を払っていればこんな結末にならなかったのに。「顔を隠す」という行為が、悔やみきれないマイナスの「幣」になってしまった。

  源氏物語は、過去のさまざまな言い伝えや詩歌や物語、あるいは民俗歌謡などを下敷きにしている。
  『桐壷』の巻は、『長恨歌』を下敷きにしていることはとみに知られているところである。
   『空蝉』の巻は、伊勢の
 『空蝉の羽に置く露の木がくれて しのびしのびに濡るる袖かな』
の歌を敷いている。「(結婚する前なら、源氏様の求愛を受け入れて、たとえ時折のお出でであってもそれで満足だったのに。夫ある身ではいかんともし難いこと)今の私は、空蝉のように木陰に隠れて、源氏様を思いつつ人目を忍んで泣くしかない身」くらいの意味であろうか。まさに伊勢の歌そのもののような空蝉の生き方である。
   『若紫』の巻は、『伊勢物語』の第一段を下敷きにしていることもよく知られている。伊勢物語の主人公・業平(?)が、元服に際して奈良の春日野の領地に狩りに行く。そこで美しい女はらから(姉妹)を垣間見、恋に陥る。その時に贈った歌が
   『春日野の若紫のすり衣 しのぶの乱れ限り知られず』
で、これは『若紫』の巻の題にもなっているし、北山で紫上を垣間見ているところもそっくりである。また、衣の色の「紫」の原料は、紫草の根と言う。紫草は「ゆかり」という意味を持つ。紫上と藤壺宮は「姪」、「叔母」と言う強い血縁を持っている。『伊勢物語』との関連は濃厚と言わなければならない。
  紫式部は、『夕顔』の巻で、先の古今集の二つの旋頭歌を下敷きにし、壮大な物語を構成した。しかし、あまりに壮大過ぎて、後世の源氏物語研究者たちの目からはみ出してしまった。

 

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源氏物語たより624 

源氏物語

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     一つの解釈の間違いが   源氏物語たより624

 夕顔が頓死してしまった後、六条の廃院に彼女に付き添って行った女房の右近を、光源氏は二条院に引き取り世話をする。九月のある夜、右近を呼んで夕顔の素性などについて聞き出す。夕顔は最後まで
  『海士の子なれば』
と言って、その素性を明かさなかったからである。右近は、この夜、初めてその秘密を語る。源氏が夕顔の屋敷を訪れる時、いつも顔を覆っていて、身分も何も隠していたからであると、次のように語り始める。  
  『はじめより(源氏の)あやしうおぼえぬ様なりし御ことなれば、「うつつともおぼえずなんある」と(夕顔が)の給ひて、「(源氏の)御名隠しも、さばかりにこそは」と聞こえ給ひながら、(源氏は夕顔に対して)なほざりにこそ、まぎらはし給ふらめ」となん、憂きことに思したり』
  「源氏さまが名をお名乗りにならないのは、それなりの身分上の事情がおありになるからだろう。いずれにしても名を隠すということは、自分(夕顔)をいい加減にあしらっていられることでは、と思われて、夕顔さまも名を隠し通していたのです」
という意味である

  さて、ここにある「さばかりにこそは」の意味についてであるが、不可解なことには、玉上琢弥著『源氏物語評解』(角川酒店)も『日本の古典』(小学館)も同じように
  「おおかた源氏の君でいらっしゃるからに違いない」
と訳しているのだ(『日本古典文学大系』(岩波書店)も同じ)。いずれも最初から、夕顔の屋敷の者たちは、男が顔を隠してはいるが、「源氏の君」と分かっていたというのだ。これは全くあり得ないことである。あくまでも「さばかり」であって、ここには「光源氏」という意は含まれていない。「名を隠さなければならない何か(身分上など)の事情」ということである。屋敷の者たちは、通って来る男が誰であるか具体的には一切分かっていないのである。
  その証拠はいたるところにあるのに、国文学者たちはそれを見落としている。
 
  『夕顔』の巻末は、女主が消えてしまった夕顔の屋敷に焦点があてられる。そこで彼女たちは、主がいなくなってしまったことについて、あれやこれやと想像を繰り広げる。惟光を疑ってみたりもするが、惟光はしらを切っているので、定かなことは分からない。そこで彼女たちはこういう考えに思い至る。
  『もし(かすると)、受領の子供のすきずきしきが、頭の君(頭中将のこと、夕顔は頭中将の北の方の圧迫で姿を消した)におぢ聞こえて、やがて(任国にそのまま)ゐて下りたるにやとぞ思ひよりける』
  「思ひよりける」とは、彼女たちはいろいろ想像を巡らしてみたのだが、結局「受領の息子の仕業」と結論付けたということである。
  実はこの直前にも先ほどの「さばかりにや」と言う表現があって、ここでも角川書店も小学館も岩波書店も、性懲りもなく無分別に
  「源氏の君くらいではなかろうか」
としている。いくらなんでもそれはあり得ないことである。夕顔の屋敷の連中が雁首揃えて「顔を隠した男」の身元をいくら推理しても、結局誰とも分からずにいるのである。そして彼女たちは
  「好色な受領の息子あたりが、父の任国に連れて行ってしまったのだろう」
と最終判断を下したのである。世に光り輝く「光源氏様」を、受領の息子風情と決めつけていいはずはない。要するに、彼女たちは、男の正体は誰なのかは全く分かっていないということである。そもそも、あの源氏さまが、受領の息子程度に推し量られてしまったとなれば、源氏さまも形無しで、あまりに「哀れ」ではないか。
  こんな単純なことに、源氏物語の大家たちがどうして気付かなかったのだろう。

  それは他でもない、『夕顔』の巻の冒頭の解釈を間違えてしまったがためである。これに関してはもう飽きるほど述べてきたことであるが、大事なことなので、煩雑を畏れず再掲しておこう。 
  『心あてにそれかとぞ見る 白露のひかり添へたる夕顔の花』
の解釈である。この歌の「それ」をみな「源氏さま」と見てしまった大過ちから全てはスタートしているのである。この歌は、夕顔が自ら率先して源氏に詠いかけたものではない。五条の大路に車を止めて、物見窓から顔をのぞかせ、
  『うち渡す をちかた人にもの申す我 そのそこに咲けるは何の花ぞも』
と、美しく一人ごちている貴公子の声を、耳ざとく聞きつけた女房が、女主に御注進に及び、女主は「心あてにそれかとぞ見る・・」と応えてきたのである。この歌には「源氏」を指すものは何もない。恐らく国文学者たちは「ひかり」という言葉に幻惑されてしまったのだろう。
  源氏が、夕顔の屋敷に通うようになってしばらくすると、顔を隠していても
  『人の御けはひ、はた、手さぐりにもしるきわざなりければ』
と、手触りでも「高貴な男」と知れるようになる。「受領風情の息子」ではとてもこうはいかない。

  この巻の冒頭の歌の解釈の過ちは、いたるところに及んでしまっている。
 
 夕顔の屋敷があまりにも手狭で、往来の庶民の話し声が、源氏の枕元まで聞こえてきてしまう有様である。困じ果てた源氏は、「静かな所で何時までも睦まじく・・」と、ついに夕顔を六条の廃院に連れ出す。この時の女房たちの反応が
  『このある人々(女房たち)も、かかる(源氏の)御心ざしのおろかならぬを見知れば、おぼめかし(気がかりに思い)ながら、(源氏に)頼みかけ聞こえたり』
なのである。夕顔(彼女たち)には、男が誰かは分かってはいないものの、手探りでも高貴な身分の方であるとだけは分かるのである。女主がどこかへ連れ出されるのは気がかりではあるが、それでも高貴な雰囲気を漂わせている男に、一縷の期待(立派な後見)を彼女たちはかけてもいるのである。
  このことに対して、玉上琢弥は、麗々しくもこう注釈している。やや冗長だが、そのまま抜粋しておこう。
  「女の周囲の人々は、その一生を、この女主人にかけている。唯一の頼みである女君に通う男が、どれほどの人とも知れないのに、女君を手放すことがあるだろうか。現実にはありえないことであった。作者は、読者の疑問に答えざるをえない。そのために、この節末の三行(『このある人々も、かかる御こころざしのおろかならぬを見知れば、おぼめかしながら頼みかけ聞こえたり』)があるのだけれども、誠に説得不十分である。夕顔の巻には、こうした不十分さがある。ありうべからざることを平気で語った、昔物語になれて、反省が不十分なのである。この作者は後になると、こんな無理な運びはしない」
  何とも偏見と独断に満ちた講釈ではないか。そもそも玉上琢弥は、巻の冒頭の「それかとぞ見る」を「光源氏さま」と訳しているのである。つまり女たちは、車の物見窓から顔を出してこちらを覗いている男を、当初から「光源氏!」と喝破したとしているのである。にもかかわらず、ここにきて「どれほどの人とも知れない」と前言を翻してしまうとはあまりの厚顔無恥。自分の解釈の「不十分さを」、「昔物語に慣れてしまっている紫式部のあさはかさ」に帰してしまうのだから。それにしても、世界の大作家に対して「反省が不十分」とはよくも言えたものである。

  冒頭の解釈の間違いは他にも及んでいる。
  六条の廃院で、源氏は顔の隠しを解き身分を明かす。その時に、夕顔にこう歌を詠み掛ける。
  『夕露に紐解く花は玉ぼこのたよりと見えしえにこそありけれ・・露の光やいかに』
  掛詞があったり枕詞があったりして極めて難しい歌なので、少し解説を付けておこう。「紐解く」とは夕顔の「花が開く」と源氏が「初めて顔を見せる」ことを掛けている。「玉ぼこ」は道の枕詞、五条の大路で出会ったことを指す。「え」は「縁」でゆかり。全体の意味は、
  「こうして夕べの露に花が開いて顔をお見せするのも、あの通りすがりの道でお逢いしたご縁によるものだったのですね。・・露の光りはいかがご覧になりますか(小学館より)」
となる。これに対して夕顔はこう応える。
  『光ありと見し夕顔のうは露は 黄昏時のそら目なりけり』
  「そら目」とは「見間違い」という意である。
  源氏の歌も夕顔の歌も、いずれも巻冒頭の「心あてに」の歌を受けているのだが、この「そら目」が問題なのである。いずれの解説書も
  「あの時は光ある方とお見受けしましたけれども、黄昏時なもので判然とは見えなかったための見間違いでございした。今こうしてお見うけしますと、別に大してことはありません」
と訳している。岩波書店などは
  「実は(源氏さまは)美しいのだが、かえって反対に、多少は源氏に戯れる気持ちで言う。かなりうち解けている」
とご丁寧に注釈している。角川書店も同じように解説している。
  しかし、いくらうち解けたとはいえ、世にもなきような光源氏さまに向かって「大したお顔ではありませんでした」などと言うだろうか。夕顔は
  「無暗に臆病でいらっしゃる御性分(右近の言葉)」
なのである。そうではなく、この歌は、
  「誰もあまり注視もしない夕顔の花に、光りを添えてくださいました、などと生意気なことを申しあげてしまって・・あれは黄昏時の、ものの文目も分からないための間違いでございました。夕顔の露に光りを添えるどころではございません。とてもとても比べるものが無いほどに・・」
という控えめな褒め歌なのである。それでこそ、「あさましいほど“やはらか”で、“おほどき”」たる夕顔に相応しい歌となるのである。また、だからこそ源氏が魂を抜かれるほどに惚れ込んでしまったのだ。
  これも、偏に最初の歌の解釈の過ちからきたものである。「心あてに」の歌を、「女から男に詠み掛けたもの」と多く学者が解釈しているが、これも大きな誤りである。そんな解釈をするから、「夕顔という女は娼婦では・・」と言うような、とんでもない名訳まで出てきてしまうのだ。
  一つの誤解が、後々まで影響を及ぼし、とんでもない偏見まで呼び起こしてしまう、怖いことである。
  玉上琢弥は、『夕顔』の巻を悉くけなしているが、それは彼の解釈の誤りからきているもので、私は、この巻は源氏物語の中でも極めて緊密・綿密にできた物語で、それゆえに面白い巻であると評価している。

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源氏物語たより623 

源氏物語

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  性の場面はなぜ描かれない   源氏物語たより623

   このテーマについては既に「たより24」で述べたところで、重複する内容があるかもしれないが、別の観点から述べてみることにする。
   源氏物語において、男女の睦み(これを“実事”と言うそうで、歌舞伎の“和事”からきているようである)の場面は上げるに暇がないほどある。特に光源氏の若い時にはその話がもっぱらである。
   ところが、不思議なことに、恋の話は溢れるほどあっても性交渉が直接描かれる場面は一か所もない。これは一体どういうことであろうか。恋に性はつきものなのではなかろうか。
  それでは三つばかり例を挙げながらこのテーマに迫ってみようと思う。
 
  まず初めに上げなければならないのは、空蝉との実事であろう。紀伊守の邸に方違えに行った夜、たまたまそこに方違えに来ていた伊予介の妻・空蝉の部屋に強引に入り込んだ源氏は、彼女と実事に及んでしまう。しかし、彼が空蝉と性的交渉を持ったのかどうか、定かなところは文章の上から知るのは困難である。鈍い読者などには二人の間に何が起こったのか、さっぱりつかむことができないのではないだろうか。これには「古語」の問題も含まれるのでややこしい。
  夫ある身の空蝉は、源氏の求愛を必死に拒む。彼女は
  『あるまじきことと思へば、あさましく、「人違へにこそ侍るめれ」と』
  必死に抵抗するのだが、衾(夜具)が口をふさいでしまって声にならない。源氏は彼女を抱きかかえて自分の部屋に連れて行き、甘い言葉を並べて恋の成就に奮闘する。そして次の肝心な記述になる。空蝉が泣いている姿が「あはれ」ではあるのだが、それでも源氏にとっては、
  『見ざらましば口惜しからまし』
ということになるのである。これは一体どういうことであろうか。「見ざらましかば」とはおかしいではないか。なぜなら源氏は、今現在、直接空蝉を目で見ているのだから。古語に疎い者にとっては、この情況を理解するのは困難なことである。実はこの「見る」が曲者なのである。これには、ものを「見る」、人に「会う、対面する」と言う意味以外に、「男が女に会う、夫婦の契りをする、結婚する」という意味もあるのである。特にこの場合は、空蝉と男女の関係を持つこと、つまり性的交渉を持つことを意味しているのだ。
強引に犯されてしまった空蝉は、源氏に泣き言を訴えつつ、最後にこう言う。
  『よし、今は、「見き」となかけそ』
  「な~そ」は禁止を表す語で、「どうか口にかけないで下さい」という意味になる。全体では、「もうこうなった以上は仕方がございません。でもどうか“見た”とは言わないでください」ということになる。この場合の「見き」は、まさか空蝉が「私と性的関係を持ったとは言わないで下さい」とは言うはずはないのだが、実際上はその意味が含まれているのである。いずれにしても性的な営みは激しくなされたのだろうが、それを「見る」の中にすべて籠めてしまっているのである。

  二つ目に藤壺宮との逢瀬に触れよう。源氏は前後三度、藤壺宮と逢瀬を持っている。ところが、最初の逢瀬については、全く物語に描かれることがない。ただ
  『宮も、あさましかりしを思し出づるだに、世と共の御もの思ひなるを』
とあるだけなのである。この表現で、読者は「ああ、“あさましかりし(とんでもない)”ことが二人の間に過去にあったのだな、それは性的関係を持ったということであろう」と想像し納得するしかないのである。
  二度目の逢瀬でも、二人が性的交渉を持ったのは明らかなのだが、それをこと細かに綿々と描くことは決してしない。せっかく逢えた夜だというのに、残念ながらの短夜で、あっという間に夜は明けてしまう、とあるだけなのである。したがって、これも読者は二人の閨の情況について想像を逞しくするしかないのである。ただ二十回も源氏物語を読んでいると、この場面にはぞくぞくするほどの官能を覚えないではいられない。
  それは二人が詠み交わした歌にあるようである。まず源氏の歌から見てみよう。
  『見てもまた逢ふ夜まれなる 夢のうちにやがてまぎるるわが身ともがな』
  ここにも「見る」が使われている。
  「せっかくこうしてお逢いし感動の一夜を共にしたことができても、今度はいつ逢えるともわかりません。だったら、一層のことこの夢のような官能の最中にそのまま消えてしまう我が身であればいいのに」
という意味で、絶望的な肉体の歓喜の中で死んでしまいたいというのだ。すさまじいばかりの男女の愛の地獄と言うしかない。
  これに対して宮はこう応える。
  『世語りに人や伝へん たぐひなく憂き身をさめぬ夢になしても』
  「あなたはこの夢の中に消えてしまいたいとおっしゃる。私も同じようにこの夢の中で消えてしまうとしても、世間の人はどれほど二人の噂をすることでしょうか。それを思うと何とも辛い身と言わざるを得ませんわ。いくらこの夢が醒めないとしても」
という意味になろうか。 恐らくまだ閨の中で互いの体をまさぐりながら詠んだ歌であるはずだ。二人とも体のほてりを覚えながらのものと思われ、禁断の愛に身を任すしかない、しかし二人の憂愁と苦悩のなんと重いことか。
  この後二人の仲を取り持った王命婦が
  『命婦の君ぞ、(源氏の)御直衣などは、搔き集めもて来たる』
のだが、「御直衣など」が可笑しい。この中にはもちろん袴も単衣も入っていて、源氏は裸同然であることが分かる。ここにも性の行為が見て取れる。

  三つ目の例は、紫上との初めての性についてである。葵上の四十九日の喪が明けて、源氏は久しぶりに二条院に帰って来る。彼の目に紫上は
  『なにごともあらまほしう整ひ果てて、いとめでたうのみ見え給ふを、似げなからぬ程にはた見なし給へれば』
とすっかり成熟して映った。「似げなからぬ程」とは、もう性的な関係を持ってもいい具合になっているということである。実は源氏が彼女を二条院に連れて来てから既に四年が経過している。しかしこの間、源氏は、彼女と閨を共にしては来たものの、一度とさて男女の関係を結んではいない。ところが今見る紫上はすっかり成長していて、そうすることに相応しい女性になっていたのだ。
  そこで彼はあれこれ性的な話を訴えかけるのだが、彼女は全く気付かぬ素振りばかりしている。
  この記述で「ああ、今夜二人の間で何ごとかが起こるのだな」と気づく。しかし、物語ではそれをあからさまに言うことなく、場面は翌朝になってしまって、ただこうあるだけなのだ。
  『をとこ君は疾く起き給ひて、女君はさらに起き給はぬ朝あり』
  この記述で、先のこととかねあわせ「あ、ついに!」と思うわけなのだが、うっかり者だと、何のことやらさっぱり分からず、「どうして一緒に起きなかったのだろう・・」などと暢気に構えているかもしれない。

   源氏物語は、すべからくこのように性の場面を赤裸に描くことはしない。夕顔もそうだし朧月夜も明石君も女三宮もみなそうなのである。それはなぜなのだろうか。
  おそらく「性行為」というものが「あはれ」とは無縁であるからではなかろうかと思う。「あはれ」は「しみじみとした情感」のことである。性には「しみじみ」がなく、ひたすら絶対的な歓喜そのものがあるにすぎない。
  恋も同じことである。恋が成就して、無事に結婚でき、幸せな生活ができたとしても、第三者には何の面白味もない。平安無事や幸せそのものは物語の埒外にある。だから、光源氏の恋はすべて苦しくわりない恋ばかりなのである。彼の恋は変化して止まない恋なので、それは桜は散るから「あはれ」があって面白いのと同じだ。
  なかなか逢えない恋に悩み、また心変わりするかもしれない相手への不安におののき、いつ相手との別れが訪れるかわからない、そういう「不定」な世界であるからこそ恋は面白いのだ。それに、性行為は二人だけの歓喜の問題であって、それ自体に物語性はない。
  紫式部が源氏物語を通して訴えたかったのは、変化する人の心であり人の運命である。ただ性の快感に二人が酔い痴れるというのでは、そのことをいくら綿密詳細に描写しても、興覚めで鼻白むだけである。

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源氏物語たより622 

源氏物語

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     光源氏の「御心ならひ」とは  源氏物語たより622

  源氏の子・夕霧は、雲居雁との恋を、彼女の父・内大臣によって割かれ、悲嘆の底に落ちこんでしまう。食欲もなくなってしまうし、まして文など読む意欲もない。ひねもすもの思いに耽っては二条東院の自室に籠ってふさぎ込んでいる。
  たまたま新嘗祭ということで、源氏方からも五節(舞姫)を出すことになり、その予行演習が二条院の西の対で行われるという。五節は、惟光の娘で、源氏がこれを後見するという立場だったのである。
  夕霧は、五節でも見れば心も慰められるのではないかと、ふらふら二条院に赴く。常はこの西の対に入ることなどできないのだが。というのは、源氏が、夕霧がここに入ることを厳しく戒めていたからである。
  『上の御方(西の対に住む紫上)には、御簾の前にだに、もの近うももてなし給はず』
というほどのものであった。どうして彼はそれほど厳格に夕霧がここに入ることを規制したのであろうか。実は
  『我が御心ならひ』
の故だったのである。
 
  さて、この「我が御心ならひ」とは何のことであろうか。「ならひ」とは、自分の経験から割り出した習慣・習性ということであろう。源氏には優れた女性には目がないという色好みの本性がもともと備わっていた。
  そのために、源氏は過去に信じ難い過ちを犯している。それは義母である藤壺宮と密通するという件である。藤壺宮は、単に彼の義母というだけではなかった。父・桐壷帝がこの上なく愛していた寵姫なのである。その女性と密通し、子供まで設けてしまったのだ。これは尋常一様なことではない。地獄に堕ちてもさらに許さるべくもない超悪行と言ってもいいだろう。
  そればかりではない。兄・朱雀帝の寵姫である朧月夜とも長年にわたって密通を繰り返してきたのだ。とにかく美しい女性、優れた女性と言えば、即、手を出す、それが彼の本性で、男というものはみなそうだという思いが、彼の信念のようになっているのだ。それが彼の「心ならひ」となったのだ。
  その「ならひ」性が、「まめ人間」の夕霧をさえ紫上に近づけさせないという厳格さを生んだのである。夕霧は「まめ人間(まじめ人間)」としての世評がとみに高い。だから彼が自分の義母に恋心を持ちそれを犯すなどということはちょっと考えられないことなのだが、源氏からすれば安易には構えていられなかったのだ。
  「男とはみなそういうもの」と言うのが、彼の経験から生み出された確信となって、「まめ人間」の夕霧をまで疑心暗鬼するようになっていたのだから。

  このようなわけで、夕霧は、自分の義母であるにもかかわらず、生涯においてたった二度しか紫上の姿を見たことがない。それも一度目はほんの偶然なことからである。『野分』の巻で、激しい嵐(野分)を案じたまじめ人間の夕霧は、二条院に見舞いに行く。すると、屏風も風のために押し畳まれていて、見通しもあらわになっていた。その廂の間に
  『気高く清らに、さと匂ふ心地』
がするばかりの、それはそれは美しい女性がいた。紛れるはずもない、紫上であった。二度目は、彼女の死に顔である。彼女が亡くなった翌朝、源氏が茫然自失している隙に、彼女が横たわっている部屋に入り込んだ夕霧は、その死に顔をこう見ている。
  『ほのぼのと明け行く光もおぼつかなければ、大殿油を近く掲げて、見たてまつり給ふに、あかず美しげに、めでたう清らに見ゆる御顔』
  彼が紫上を見たのは、たったのこの二度だけなのである。一重に源氏の「心ならひ」のしからしむる結果である。

  そんな西の対に、五節のうちならし(予行)のためのごたごたに紛れて、彼はふらふらと入って行ってしまう。「まめ人間」にしてはずいぶん大胆な行為であるといわなければならない。
  そればかりではなかった。妻戸の間に屏風を立てて五節の仮の休みどころがしつらえられていて、そこに五節がもの憂そうにものに寄り臥していた。雲居雁と同年配で、その美しさはむしろこちらの方が勝っている。その姿を見た夕霧は、ただではいられない心境になり、
  『衣の裾を引きなら(す)』
と言う行動に出たのである。この「衣の裾」は誰の衣であるかは判然としないが、五節の衣と考えるのが妥当であろう。もしそうだとすれば、夕霧は、西の対の簀子あるいは廂の間にのこのこ上がっていったということで、これもまた随分不敵な行動と言わざるを得ない。
  さらに彼の行動は大胆になる。こんな歌を五節に詠み掛ける。
  『あめにます豊岡姫の宮人も 我が心ざす しめを忘るな  ・・瑞垣の』
  「あめにます豊岡姫」とは天照大神のことで、その大神に仕える宮人(五節)よ、あなたは私がずっと以前から心に懸けていた女性で、「私が既に注連縄を張って領有している身である」ということを忘れないでおくれ、という意味である。「瑞垣の」とは「久しい」に懸かる枕詞で、「ずっと以前から」と言う意である。
  初めて見た五節を、「私は、ずっと以前からお前を自分のものと決めていたのだから」と言うのだから驚くしかない。これにはさすがに草子地も
  『うちつけなりける』
と言って非難している。「うちつけ」には、「だしぬけだ、突然だ、軽率だ、露骨だ」などの意味があるが、どれもみな夕霧の行動に当てはまってしまう。「え!これがまめ人間?」と疑われても仕方がない行為である。彼はこの時、十二歳なのだから、現代ではとても考えられないことであるが、平安時代でもやはり「うちつけ」な行為と映ったのだろう(源氏が空蝉を犯す時にもこの手~瑞垣の~を使っている)。

  この後、夕霧は五節の弟と謀って、彼女に手紙を贈る。そのことが親(惟光)の知るところとなるのだが、親は「源氏さまの嫡男・夕霧さまなら」とかえってそれを喜び、無事結婚の運びとなる。そして大勢の子供を設ける。一方、雲居雁とは六年後、内大臣が折れて二人の結婚を許し、ここにもまた大勢の子供を設ける。そして、長年平穏な家庭生活を営むのだから、やはり「まめ人間」と言ってもよいのかもしれない。ただし、さらに後に、柏木の未亡人・落葉宮に激しい恋をし、家庭崩壊の危機を迎えるというような事件も起こす。
 
  人間と言うものは分からないもので、「まめ人間」でさえ突然狂うこともあるのだ。平穏なまま人生(家庭生活)を送ったなどという人は少ないのだろう。人生まさに不定で、概ね何らかの波風を立てながら生きるというのが人間の常と言えるようである。芸能人がしばしばスキャンダルを起こすのも、この真理からすれば無理からぬことである。
  菅官房長官が、前川なにがしが出会い系の店に出入りしていたことをあげつらって、いかにも「してやったり」という顔をしていたが、あれはまずい。別に出会い系の店に出入りしてもいいではないか、人間なのだから。むしろ、あの官房長官こそ問題である。いつも表情の乏しい顔をして、総理の言うなりを伝えるだけの「奴」に終始していて面白味がない。彼も出会い系の店に出入りし、笑顔やジョークや余裕と言うものを学んでほしいものだ。
  ただ、極端な好色行為は慎んだ方が無難であることは言うまでもない。藤壺宮との密通は、生涯恐ろしい悪行として源氏を悩ませ続けることになる。

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