源氏物語

源氏物語たより59

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  だから源氏物語は深く難しい  源氏物語たより59

 桐壺更衣は、帝(みかど)の厚い寵愛を受けていたが、あまりにも度を過ぎた寵愛であったがゆえに、他の女御、更衣のねたみそねみを受け、すっかり体調を崩してしまった。


 そこで、里(実家)に戻ることを帝にお願いするのだが、帝は更衣いとしさのあまりに、内裏からの退出を許そうとしない。
 そのうち日々に病は重くなってしまったので、更衣の母親も必死に里に戻ることを帝にお願いした。
 『かかる折にも、あるまじき恥もこそ』
かくのではないかと心配したのである。更衣は、
 『いたう面痩せて・・あるかなきかに消え入りつつものし給ふを・・まみ(目つき)などもいとたゆげにて、いとどなよなよと、我かのけしきにて(朦朧〔もうろう〕とした様子で)臥したれば』
という状態にまでなってしまった。さすがの帝も、こうなっては内裏から退出させざるを得ないのだが、それでも更衣と永遠の別れになってしまうかもしれないことに未練を残し、更衣の局(つぼね)に行ってはかき口説く。
 「遅れ先立つことがないよう、死ぬ時は一緒にと約束したではないか」

 ところで、母親が心配した『あるまじき恥』とは、一体どういう恥であろうか。今までも他の女御、更衣から、馬道(屋敷内にある板敷の廊下)に閉じ込められたり、通路に汚物をまかれたりと、信じられないような意地悪をされてきたのだが、それよりも更に「あるまじき恥」ということであろうか。
 この箇所については、専門家の間でもいろいろ違いがあるし、過ちもある。
 「やはり、源氏物語というものは難しいものなのだなあ」
と実感させられる箇所である。
 私は、今まで源氏物語を読むにあたって、大学時代に使っていた岩波書店の『日本古典文学大系』(山岸徳平著)を主として参考にしてきた。最近では、角川書店の『源氏物語評釈』(玉上琢弥著)や小学館の『日本の古典 源氏物語』(阿部秋生、秋山虔他訳)なども使っている。いずれも国文学者として錚々たる人々の訳である。過ちなどあろうはずがないと思ってきたのだが。

 それでは、ここをどう訳しているのかみてみることにしよう。
 山岸徳平 『あると思わない(あるはずがない)恥』
 玉上琢弥 『とんでもない恥』
 小学館  『神聖なる宮中を更衣の死で穢(けがす)すような不面目』
 山岸と玉上の訳では、何のことかさっぱり意味がとれない。二人の文章の前後の流れから類推すれば、いずれも廊下に閉じ込められたり汚物をまかれたりする以上の、「ひどい辱(はずかし)め」という意味で捉えているものと考えられる。
 そうだろうか。死を目前とした人に対して、今さら、これまで以上にひどい恥をかかせるなどということがあるものだろうか。ここはやはり小学館の訳が妥当である。
 宮中は神聖なところなので、たとえ皇后、妃と言えども、そこで死ぬことは許されないのである。死ばかりではない。宮中では血を流すことさえ許されないのだ。
 更衣とその母親が、必死で帝に宮中からの退出を願い出たのは、このままでは、前代未聞の「更衣風情が宮中で死ぬ」という恥に甘んじなければならなくなってしまうがゆえである。
 更衣の母親は、『いにしへの人の 由ある』人であるという。「いにしへの人」とは「昔気質の人」ということである。そして「由緒(由)ある人」でもある。こういう人は、昔からの習わしを大事にする。ましてことは宮中にかかわることである。それを破ってしまうようなことは、いにしへの人である母親にとっては、絶対的に肯(がえん)じることのできない恥(不名誉)なのである。それゆえに母親は、
 『泣く泣く(天皇に)奏した』
のである。

 一方、帝は愛する者の死に直面して、理性を欠いてしまっていた。この帝は、これまでにも何度か理性を欠いた行動をとっている。たとえば、女御や更衣を等しく愛さなければならない天皇という立場にありながら、身分もそれほど高くない一更衣におぼれてしまって、多くの人々の眉をひそめさせたりしている。
 この場合も、この期に及んで、更衣を宮中から去らせないというあまりに常軌を逸した行動をとった。さすがに側近たちも見るにしのびず、それとなくこう諭したのである。
 『今日、始むべき祈りども、さるべき人々(しかるべき法師たち)うけ給はれる、今宵より』
 瀕死の状態にある者に、今更祈祷をしても効験などあろうはずがないことは、側近たちが一番よく知っていた。彼らにとっては、更衣の病気平癒などは問題ではなく、ただ、このままでは帝が、大変な過ちを犯してしまであろうことを恐れたのだ。しかし面と向かて「早く里に退出させないと更衣は死んでしまう」とは言えない。そこで、「祈祷こそ更衣のためには最良のこと、早く退出させましょう」と帝をせかせたのだ。法師たちによる祈祷は、帝の気持ちを変えさせるための方便に過ぎない。

 事実、更衣は、里に帰ったその
 『夜中、うち過ぎるほどになむ、絶え果て給ひぬる』
のである。
 更衣が、内裏を出たのは、おそらく午後も随分まわった時間だったろう。あるいは「忍びて出た」とあるから、夜に入っていたかもしれない。そして、更衣は、その夜中過ぎに死んだのだから、別れてからわずかに7、8時間でしかない。
 まことに危ないところであった。もし、少しでも更衣を内裏にとどめていたら、歴史上にも例のない「宮中で愛妃を死なせた天皇」という不名誉な名を、桐壺帝は負っていたはずである。
 この不名誉は、帝だけが負うわけではない。いやむしろ、帝をそこまで迷わせた桐壷更衣こそ、神聖な場を穢した大罪人と言われること必定である。「女狐」と言われるようになるかもしれない、「妖女」と言われるようになるかもしれない。しかもその不名誉な名は、更衣一家の末代にまで及ぶことになるであろう。

 にもかかわらず、玉上琢弥は、母親が娘(更衣)を早く里に帰したいと思ったのは、より祈祷の効験をあらしめるためであると、次のように言っている。
 『(天皇と違って)理性を失っていない人がいた。ぜひとも今夜、更衣を退出させなければならないと、固く思い定めている人、更衣の母である。当時は医者よりも祈祷であった。・・更衣の退出は、自分の邸で加持祈祷を十分したい、そうすれば助かるかもしれない、というところからである。少しでも早く祈祷を始めたいのだ』
 しかも、玉上は、ここで祈祷のあらたかなることを、実に懇切丁寧に説いているのだ。しかし、より効験あらたかな祈祷をしたいというのなら、一介の更衣の里でするよりも、宮中で行う方が、はるかに万全なものになるのではあるまいか。天皇の前で祈るのだから、僧も貢献あらたかな者が来るだろうし、彼らは一層真剣に祈るはずだ。

 意識も「我かの(朦朧とした)」状態にある者が、今更治るはずはないことは、母親が重々知っていた。また、もう助からないであろう娘を、今さら「自分の近くで死なせてあげたい」などとも思っていなかったはずである。
 それよりも歴史上かつて例のない「宮中と言う神聖な場を、自分の娘が穢す」という『恥』をこそ最も恐れていたのだ。それが「いにしへの人」が「理性を失っていない」ことの表れなのである。
 このことは帝も分かっていたのだが、愛する者の死に直面して理性を失い自分をコントロールできなくなっていただけだ。どうやら、このことを分かっていなかったのは、玉上琢弥や山岸徳平などの国文学者であったようである。

 この帝と更衣の哀切な別れの場面で分かることは、終始「限り」という思想で貫かれているということである。限りとは「制限、おきて、格式」ということである。宮中で死んではならないという厳然たるおきてである。「おきて」や「決まり」は情の介入を許さない非情なものである。
 息も絶え絶えな身でありながら、絞り出すように詠い上げた更衣の絶唱歌
 『限りとて別るる道の哀しきに いかまほししきは命なりけり』
は、まさに『限り』の非情さを詠ったものである。生きたいのだ、もっともっと生きて帝や可愛い子供(光源氏)とともに暮らしていたいのだ。しかし、人の命はいつかは尽きるものと言う非情なる“きまり”がある。それに「宮中で死んではならない」という厳然たる“おきて”もあるのだ。
 「分かっています。命には限りがあるということも、ここで死んではいけないということも。でも、帝とお別れすることが、私にとってはどれほどつらく哀しいことでございましょうか。
生きたいのです、もっともっと命ある世界に生きて、帝とも子供とも一緒に生きていきいのです」

 国文学者という専門家をも迷わす源氏物語は、本当に難しい、そして本当に深く面白い。
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