源氏物語

源氏物語たより67

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  形代としての紫上  源氏物語たより67

 『比翼連理(男女の契りの深いこと)』の誓までした最愛の妃・桐壺更衣を亡くした帝は、朝まつりごともしないほど悲嘆に暮れていた。


 光源氏十一歳の年のこと、
 『失せ給ひにし御息所(桐壺更衣のこと)の御かたちに似給へる人』
が入内した。藤壺の宮(以下 宮)である。先帝の娘ということで、押しも押されもせぬ身分で、今度はどの女御も更衣も、桐壺更衣の時のようには、いじめたり中傷したりすることはできなかった。

 ところで、“壺”というのは、壺庭のことで、桐壺更衣が住まわれた建物の庭には、桐の木が植えられていたところから付けられたものである。同じように藤壺には、藤の木が植えられていた。内裏の後宮には七殿(弘徽殿,承香殿など)五舎(飛香舎、淑景舎など)があって、女御、更衣の出身の家柄によってそれぞれ殿舎が与えられた。
 弘徽殿や飛香舎(藤壺)などは家柄のいい妃にあてがわれる殿舎で、天皇の日常の生活空間である清涼殿に近いところに位置していた。宮は、内親王であるから、当然清涼殿に近い飛香舎(藤壺)が与えられたのである。
 一方、桐壷の更衣の住んでいた淑景舎(桐壷)は、清涼殿から最も離れたところにあった。家柄の低い出身であるということである。それにもかかわらず、帝の破格の寵愛を得たので、他の女御、更衣たちの激しいいじめや中傷を受けたのだ。

 三歳の時にその母を亡くした源氏は、
 『(母の)影をだに思へ給はぬ』
のだが、源氏のおそばにいつもいる内侍のすけなどが
 『(藤壺宮はあなたのお母さんに)いとよう似給へり』
などと煽るものだから、「母恋しい」源氏の心が動かないはずはなかった。
 それに、帝は、清らで聡明な源氏をこよなく愛し、いつもおそば近く離さず連れて歩き、女御、更衣の御簾の内にまで入らせるほどの溺愛ぶりであった。宮の部屋にも連れて行っては、こんなことを言うのだ。
 「この子(源氏)は小さい時に母を亡くしてしまったのだが、あなたはその母親に不思議なほどよく似ている。ぜひ疎まず可愛がってあげておくれ」
 もちろん宮は幼い源氏を可愛がった。源氏も
 『をさな心地にも・・(宮に)こよなう心寄せきこへ給ふ』
のである。

 ところが、十二歳で源氏が元服するや、帝は
 『大人になり給ひて後は、ありしやうには、御簾の内にも入れ給は』
ないようにしてしまったのである。当時は、夫以外の男が、女性の顔を見るということはありえないことだったので、それは当然のことであった。
 しかし、急転直下の状況の変化は、源氏には耐えられないことであった。その結果、源氏の「宮恋しさ」はいや増していった。御簾を隔てての遊び(管弦)の時などには、宮の弾く琴に、切なく笛を合わせ、心を通わせようとした。彼の心の中は、いつも宮のことで占められていた。結婚した葵上のところなどには通おうともせず、宮のより近くにいたいと、もっぱら内裏住みばかりを好ましいこととしていた。
 源氏の里である二条院が立派に改築された時も
 『かかる所に、思ふやうならむ人を据ゑて住まばや』
と思う始末なのである。
 こうして、母(宮)恋しさは、絶望的な不倫への道へと進んでいくのである。
 “母”という存在は、誰にとっても特別なものである。源氏は三歳にして母を亡くしているから、もちろん母の記憶などあろうはずはないのだが、母の面影に似ていると言われれば恋い慕うのは当然の情であろう。その情がいつか激しい恋心に変わって行ったとしてもまた仕方のないことであった。

 しかしその恋情は容易に満たされるものではなかった。
 「空蝉」や「夕顔」は、雨夜の品定めの時に、「中の品に素晴らしい女性がいるもの」という左馬頭や頭中将の言葉に刺激された女遍歴なのだが、いくら求めても満たされることのない宮へのやるせない思いのはけ口であったといえないこともない。
 特に夕顔にはいたく心引かれた。彼女は
 『おほどかにて、やわやわとぞたをやぎ給え』
る女性であった。「おっとりしていて、もの柔らかく、しとやか」な女性であるということである。それは母の面影であり、男が求めるあらまほしき女性の典型的な像である。母というものを仲立ちとした宮への悶々たる思いの遂げられぬ代わりの愛情である。宮は、なんの欠点もない理想的な女性であったのに対して、夕顔には欠点はあるものの、源氏にとっては別の意味での理想の女性だったのだ。いわば母(宮)の形代(かたしろ 本物の身代わり形見)であった

 空蝉、夕顔のすぐ後に、「紫上」が登場する。わずか十歳の少女ではあるが、
 『ねびゆかむさま、ゆかしき人かな(成人していったその先を見たい人だなあ)』
だったのである。しかも
 『かぎりなう心を尽くし聞ゆる人(宮)に、いとよう似たてまつる』
少女であった。それもそのはずで、紫上は、藤壺の宮の姪だったのである。
 その後の源氏の行動は、すべて宮の影を追うものであった。紫上は、完全なる宮の「形代」となった。紫上は源氏にこの上もなく愛されるのだが、彼女の生涯にいつも哀しい影が付きまとっているのは、彼女が宮の形代であったが故である。
 紫上を強引に自分の邸・二条院に拉致するというごたごたの間に、源氏は、ついに宮とあってはならない不義を犯す。しかし、その後、源氏の執拗で危険な求愛を断ち切るために、宮は出家という非常手段を取らざるを得なかった。
 それゆえ、源氏は、いよいよ宮に似ている紫上に執着し、理想の女性として完璧なまでに仕立て上げていくのだが、それは宮(母)の形代としてであることに変わりはなかった。
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