源氏物語

源氏物語たより69

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  揺れ動く女心 その2 藤壺宮の場合 源氏物語たより69

 光源氏と藤壺宮(以下 宮)の最初の契りが、いつどのようにして行われたかは、物語上には一切記述がなく、二度目に源氏が突然宮の部屋に忍んできた時の、次の言葉から想像するしかないのである。


 『あさましかりしを思し出づるだに』
 「あさましかりし」とは、「思いもかけない出来事だった」ということ。「かり」は“けり”と同じで、過去に起こった事実を回想する助動詞、「し」も過去を表わす助動詞で、その過去を宮は思い出した、ということで、
 「ああ、かつて二人の間にそれなりのことが行われたのだな」
と想像するしか方法はない。

  二人の間の子(後の冷泉帝)が生まれたのが、次の年の「二月十余日」とあるからことがあたのは四月ということで、これは二度目の密会のときである。
 さて、この最初の密通はどのようにして行われたのだろうか。これも二度目の逢瀬の様子で想像するしかない。源氏は、宮のお付きの女房である王命婦を籠絡して、宮の部屋に入り込んだ。
 恐らく最初の時も王命婦の手引きであろう。勿論宮の意志ではない。「あさましかりし」とあるから、宮の意図しない突然の出来事であったことは確かである。しかし、宮は、源氏の求愛を拒否してはいない。むしろ宮の方でも、源氏の行為を喜んでいたふしがある。それも二度目の逢瀬の場面で知ることができる。

 二度目、宮はさしたる抵抗もなしに源氏の愛を受け入れているのである。
 源氏が忍び込んできた時、宮は、かつての出来事を思い出し、あの一回の過ちだけで二人の関係はおしまいにしたいと思っていたので、源氏の求愛はなんともつらく情けないと思う。しかしそれでも、
 『なつかしう、ろうたげ』
に振る舞ってしまうのである。「優しく情のこもったかわいらしい」様子で源氏の愛を受けいれたということである。 源氏が、
 「もうめったに逢うこともできないのだから、この夢のような逢瀬の中にそのまま消えてしまいたいものです」
と歌を詠みかけると、宮はこう返す。
 『世がたりに人や伝えん たぐいなく憂き身をさめぬ夢となしても』
 (二人の関係は、後の世までの語り草になるのではないでしょうか。たとえ辛く情けない私の身を、永遠に冷めない夢の中に消してしまったとしても)
 この返歌で、源氏の一方的な求愛だけではないということが分かる。むしろ源氏と一緒に、
 「夢のように嬉しい思いの中に私もこのまま消えてしまいたい」
と思い詠っているのである。
 まして、一度目の時は、さらに「なつかしう、らうたげ」に振る舞い、喜びに震えながら源氏を迎え入れたことであろう。
おそらく源氏が17歳の時だ。(藤壺宮223歳)

 二度目の密会の年の秋、桐壺帝の一院(桐壺帝の父親か)への行幸が行われることになった。その行幸の席で、舞楽が行われる。桐壺帝は、宮がその舞楽を見ることができないことを残念に思われ、内裏でその試樂を行うことにした。
 ここで、源氏と頭中将は、「青海波」を舞った。源氏の舞い姿は『世に見えぬ』ほどに素晴らしいもので、見ていた上達部や殿上人などすべての人たちは、感涙を禁じ得ず、讃嘆し合うのである。
 源氏の舞を見た宮は、思う。
 『「おほけなき心なからましかば、ましてめでたく見えまし」と思すに、夢の心地なんし給ひける』
 「おほけなき心」とは、「身分不相応な恋心」ということなのだが、この箇所の解釈が学者によって異なっている。「おほけなき心」を持っているのは、源氏なのか宮自身なのかということである。宮自身であるとすれば、
 「私(宮)に、源氏に対する不相応な恋心がなければ、どんなに素晴らしい舞だと思って見ることができたことだろうに。でも、私に妙な恋心があるものだから素直に見ることができない」
と取れる。事実「夢の心地なんし給ひける」とあるから、宮は、源氏の舞を夢見心地で見ていたのだ。宮に不埒は恋心があったと取ってもいいようである。それにこの解釈の方が、宮の、のっぴきならない揺れる心がよく出るのだが、でもあまりにストレート過ぎる感じはする。
 前者の解釈であれば
 「源氏に、人妻(しかも義理の母)である私に対して身分不相応な恋心がなければ、心から「素敵な舞だ」と称賛できたのに」
と取れ、この方が、素直な解釈で、宮には不埒さがないことになるのだが。さて・・。

 試樂が終わって、宮は
 『やがて、御宿直なり』
で、試楽の場からそのまま帝に従って、ご一緒にお休みになるのであるが、この「やがて、御宿直なり」が、誠に意味深長である。このことについては、どの学者も注目していないのだが、紫式部の創作に対する細やかさが、見事に表れているところだと思う。
 宮が去っていく姿を見ているのは誰であろう。勿論源氏である。源氏の目は試樂の間中、終始宮の一挙手一投足に注がれていた。身も焦がれるほどいとしいその女性が、別の男性(父)に手を取られんばかりにして去って行く。そして、そのまま几帳台(寝所)の中に入って行くのだ。源氏にとってはやりきれない光景である。
 その夜、帝は寝所で、
 『(源氏の舞を)いかが見給ひつる』
と宮に聞く。宮は
 『御いらへ聞こえにくくて、「ことにはべりつ(特別でした)」』
とだけ答えるのである。なんとも複雑な心境である。

 翌朝、源氏から消息が来た。
 「あなたの前で、切なく、乱れ心地のまま青海波を舞いましたが、舞の中で袖を振っていたのは、あなたに向かっての愛のサインだったのです。その気持ちがお分かりになりましたか」
 これに対して宮は答える。
 「袖を振ったことの意味は分かりませんが、あなたの舞の一挙一動、しみじみと感慨深く拝見いたしました」
 源氏はこの宮の返事を
 『持経のやうに引き広げ見居給へり』
というほどの喜びようであった。宮の手紙をあたかもお経のように捧げ持って、いつまでもじっと見入るのである。

 しかし、この恋は、絶対あってはならないものなのである。そのことが一番わかっているのは、宮自身である。それでも抑えきれないのが、恋というものなのだ。
 翌年二月、皇子が誕生した。不義の子である。帝はお人良しにも
 「何と源氏によく似ていることか、小さい時はみなこのように似通うものなのだな」と喜んでいる。しかし宮にとっては、帝の言葉は針の筵である。

 さすがに三度目、源氏が忍んできた時には、逃げに逃げるという修羅場を展開する。源氏への愛が無くなったわけではない。いとしくて恋しくてならないのだが、子供は、東宮になった。その東宮を守らなければならない。それが宮の使命になったのだ。もうこれ以上の過ちは許されない。
 それに帝はもう亡くなっているとはいえ、道ならぬ行為への恐れもある。来世の報いもあるかもしれない。
 ついに宮は出家を決意する。時に藤壷宮29歳。

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