源氏物語

源氏物語たより76

 ←源氏物語たより76 →源氏物語たより78
   鳥 とりどり  源氏物語たより77

 庭のヒメシャラの木にメジロが巣を懸け、ヒナを孵(かえ)し、今まさに巣立ちしようとしている。10年ぶりのことである。前回は、ヒナに孵ったところで、カラスに見つけられ、やられてしまった。今度は、ヒナは自分の羽づくろいをしているのだから、もう大丈夫だろう。


 それにしても、こんな狭い庭に巣を懸けるなど、メジロの世界も随分危険に満ちたもののようだ。人間のそばなら安心、というわけだ。さしあたり私は、セコムの社員だ。それでも、彼らなりに万全を尽くしているつもりなのだろう、巣はヒメシャラの葉に完全に隠れていて、上からは絶対に見えない。下からは、丸見えだが。

 源氏物語にも、何種類かの鳥が出てくる。有名なところは、光源氏が、わらわ病みの治療のために、北山に行った時のことだ。垣間見をしていると、可愛らしい女の子が飛び出して来て、
 『雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠の中に籠(こ)めたりつるものを』
と大騒ぎする場面である。それを聞いた女房がこう言う。
 『いづかたへか、(雀は)まかりぬる。いとをかしう(可愛く)やうやうなりつるものを。烏などもこそ、見つくれ』
 ここには、雀とカラスが同時に出てくる。平安時代のカラスも雀の子を食ったようだ。
 残念ながらメジロは源氏物語には登場しない。雁、フクロウ、家鳩、鶴、千鳥、鴛鴦(おしどり)、カッコウ、クイナなどが出てくる。珍しい所ではカイツブリ(鳰鳥)がいる。
 よく登場するのは、やはりウグイスとホトトギスである。これは源氏物語に限らないことだ。
 万葉集などには、ホトトギスはうるさいくらい飛び回っている。古今集を調べてみたら、「春」の巻には、ウグイスが20羽も飛んでいた。これは春の巻の歌の15%に当たる。ホトトギスに至っては、28羽という多さで、これは「夏」の巻の歌のなんと82%を占める。 

 どうも平安人の思考には偏りがあるようで、なんでもパターン化してしまって、一定のもの以外にはあまり興味を示さず意識が行かない。鳥にも一種の「歌枕」のような考え方がったのだろう。どんなに美しい景色でも古歌などに詠われていなければ相手にされない。
 全国各地に景勝地は数多いというのに、島といえば松島や淡路島、山といえば筑波嶺や逢坂山、海といえば淡海の海や須磨・明石なのだ。
 これと同じように、鳥や花は限りなくあるというのに、春の花といえば、梅か桜でなければならないし、鳥はウグイスしかないと思っている。夏になればホトトギスだ。

 枕草子に、
 『五月雨の短き夜に寝覚めをして、いかで人より先に聞かむと待たれて』
とある。ホトトギスの初鳴きを聴きたいと、夜をこめて待っているのだ。夏の到来はホトトギスでなければならなかったのである。
 与謝蕪村は、王朝趣味の俳人で、よく平安の雅を詠っているが、
 『ほととぎす平安京をはすかいに』
と、その雅の一つをホトトギスで代表している。南北5、2キロ、東西4、5キロの平安京をはすかいにホトトギスが飛んで行くというのだから、壮大な歌である。
 また、江戸の川柳にも
 『ホトトギス聞かぬと言えば恥のよう』
とある。平安時代からの鳥の歌枕を、江戸の人々も大切に受け継いできたのだ。

 平安京には、東には鴨川が流れ、西には桂川が流れていて、野鳥の宝庫みたいなものだ。シラサギやカワセミやセキレイなど、美しい鳥が数えきれないほどにいたろう。特にカワセミなどは、あんなに美しいのだ、誰だって歌に詠いたくなるはずなのに、カワセミが古典文学に登場することはない。メジロだって、あの気品のある姿、あの可愛く美しいさえずりなど、例えようがないほどなのに、「歌枕」に入っていない鳥だからと、目も向けてくれず、耳も傾けてもくれない。いにしえ人のこだわりにも困ったものである。

 さて、それではもう一度、源氏物語に登場する鳥のいくつかを見ていってみよう。
 『夕顔』の巻には、何種類かの鳥が登場する。
 源氏が、さあこれから二人だけで誰にも邪魔されず、しっぽりとした時を過ごそうと思って、五条に住む夕顔を、六条のある廃院に連れだす。そして、
 『息長川(おきなががわ)』
と夕顔と契るのだ。「息長川」とは万葉集からの引用である。
 『鳰鳥(にほどり)の息長川の絶へぬとも君に語らふこと尽きめやも』
 (鳰鳥が、いつまでも長々と水中に潜るように、息長く流れるという息長川の水が、たとえなくなってしまったとしても、あなたと睦まじく語らう言葉が尽きてしまうことはありません)
 「鳰鳥(にほどり)」とは、カイツブリのこと。日本のカモ類の中では最も小さな種類の留鳥である。この鳥は、潜水が殊のほか得意で、まるで北島康介みたいに、長々潜っている。私の近くの公園にもいるので、よく見る。いったん潜るとなかなか出てこない。そして忘れたころになって、10メートルも離れたところに、ひょっこりと姿を現す。誠に可愛い鳥で、メジロに次いで、私が好きな鳥である。
 このあと、源氏と夕顔は「息長川」と誓ったとおり、
 『たとしへなく静かなる夕べの空を眺め給ひて・・端の簾を上げて、添ひ臥し給ひ』
て、いつまでも語り尽くすのだが、夕顔の命は、息長川どころか、あまりにもはかないものであった。その夜、彼女は突然死んでしまうのである。
 あまりの出来事に茫然とし、遺骸を前に夜の明けるのを待ちわびていると、
 『気色ある(怪しげな)鳥の空声(そらごえ うつろな鳴き声)にて鳴きたるも、「梟はこれにや」とおぼゆ』
 夕顔の突然の死という不気味な出来事の上に、「ボウー、ボウー」とさらに不気味さを煽るフクロウの声が聞こえてくるではないか。忠臣の惟光がやってくるまで、恐ろしい夜を過ごす。源氏の生涯の最大のピンチを演出したのは、フクロウであった。

 それでは、最後に少し情緒のある場面を上げておこう。やはりここはホトトギスである。
 源氏は、花散里という女性を訪れようとする途次、中川の近くで以前関係したことのある女の邸の前を通りかかる。これから花散里を尋ねて行くのだから、止めればいいのに、例の好色心を発揮して、この女に歌を贈る。
 『をち返りえぞ忍ばれぬ ホトトギス ほの語らひし宿の垣根に』
 (昔に返って、あなたをお尋ねしたい気持ちを抑えることができません。ホトトギスが垣根でほのかに鳴いているように、昔、あなたとほのかに語らったことを思い出して)
 すると
 『ホトトギス言問ふ声はそれなれど あなおぼつかな 五月雨の空』
 (ホトトギスの訪れる声は、たしかに昔のあの声ではありますけれど、でも、五月雨のこんなにどんよりした空のもとでは、どうもはっきりいたしませんわ。ごめんあそばせ)
 見事な肘鉄である。女に肘鉄を食わされるなど、源氏にしては珍しいことである。
 でも、彼は全くへこたれず、花散里の邸まで行く途中、もう別の女のことを頭に思い描いているのだ。もちろん花散里のことではない。

 ようやく目的の花散里のところに到着した。そこで、彼女にこんな歌を詠いかける。
 『橘の香を懐かしみホトトギス 花散里を訪ねてぞ問ふ』
 「昔のことが懐かしく、とても忘れられない。こういう時には、こちら(花散里)におじゃまするのが一番だなあ」というのだから、何とも厚かましいこと。こういうのを鉄面皮という。さっきの中川の辺りの女は、一体なんだったのだ。やはり昔を忘れられなかったからではないの。

 紫式部や清少納言が、勤め先のお邸から、郊外に出ることは稀であっただろう。たとえ鴨川がすぐ近くを流れていたとしても、そこまで足を延ばすことなど、ほとんどなかったのではあるまいか。だから、物語や日記に記されたことどもは、多くは人から聞いたもの、あるいは、書物から得たもの、あるいは想像したものばかりであったはずである。
 しかし、だからこそ自然の移り変わりには、彼女たちは一層敏感だったのかもしれない。その自然の移り変わりを、彼女たちにまず一番に届けてくれるのが、鳥たちであった。
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより76】へ
  • 【源氏物語たより78】へ
 

~ Comment ~

 

このところ、ブログを拝見させて頂いているremongrass222222と申します
さて、今回『鳥』をテーマになさってますね
だとしたら、尾長鳥(束帯の君達)をお忘れではございませんか?

私も源氏物語が好きですが周りに共感してくれる人がいないのでここを覗くのが楽しくなりました

Re: タイトルなし 

> このところ、ブログを拝見させて頂いているremongrass222222と申します
> さて、今回『鳥』をテーマになさってますね
> だとしたら、尾長鳥(束帯の君達)をお忘れではございませんか?
>
> 私も源氏物語が好きですが周りに共感してくれる人がいないのでここを覗くのが楽しくなりました

 コメントありがとうございます。
 尾長鳥については気が付きませんでした。これから見ていきます。あそこに上げた以外にも、たくさんの鳥がいるものと思いますが、鳥が物語を左右するほどの役割を演じている場面は少ないようです。
 鳥や虫よりも、むしろ天然現象が、重大な役割を演じています。たとえば、風、雪、露、雲、雨などですが、風と雪についてはすでに述べたところです。これからも物語の筋を側面から支えている、これらのものについて、詳しく見ていこうと思います。
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより76】へ
  • 【源氏物語たより78】へ