源氏物語

源氏物語たより82

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  こだわりという言葉 源氏物語小さなたより82

 最近の私の源氏物語へのこだわりは相当なもので、頭の中が源氏物語に占領されてしまっている。人と話をしていても、つい相手を源氏の世界に引き込んでしまう。自重しなければいけない、こんなことでは人様に嫌がられると思っているのだが、病膏肓(やまいこうこう)に入るというのか、自然に話はそこに帰着している。


 京都に旅行だと言えば、明石の君ゆかりの大堰川(おおいがわ)とか、六条御息所ゆかりの野宮神社とか、あるいは、源氏物語の世界を再現した京都風俗博物館(井筒呉服店)などばかりを歩き回っている。
 また、神田の古本街を歩いていても、『源氏物語の○○』とか『◇◇の源氏物語』などという書名を見ると、「お!」と反応してしまう。『源氏蛍の秘密」などという本にまで、思わず手が伸びてしまうのは困ったことである。
 でもまあ、こういうこだわりがあるのも、人生に潤いがでていいものだ、と自分を納得させていた。

 ところで、ある会の時に、
 「“こだわり”という言葉は、“いいこと”を言う場合には使ってはいけないんだって。たとえば、“私は最近○○にこだわっています”とか、“職人のこだわり”とか言うでしょ。あれは間違った使い方なんだって。」
 「え、そんなはずが?」
と、一瞬疑ってしまったが、言われてみればなるほどそうかもしれない。今ではすっかり使い慣れてしまっているから、何の疑問も持たずにいたのだが、たしかに何かおかしい。そこで広辞苑を引いてみた。
 『些細なことにとらわれる。拘泥する』
 拘泥は、
 『小さいことに執着して融通がきかないこと。物事にこだわって、自由な判断・行動ができないこと』
とある。“拘”の字のつく言葉を上げてみると、「拘束」「拘留」「拘禁」などで、確かにいいことでは使われないようである。
 “泥”は字の通り“どろ”のことで、恐らく拘泥は、泥の中にはまり込んでしまって、身体の自由が利かなくなっている状態からきているものであろう。
 こだわることで、広い視野を失ってしまい、自分の世界から抜け出せなくなる。そのために寛容性がなくなって、他人との関係がぎくしゃくしてくる。そうして、ついには「何と融通がきかない奴」とか「頑固者」などと言われるようになってしまうのだ。
 なるほど、源氏物語にこだわっていて、つい人を源氏物語の世界に引き込んでしまうなどは、人にとってははなはだ迷惑なことで、相手は内心「いい加減にしろ!」と思っていることだろう。また、京都には源氏物語以外にも素晴らしい文化財がいくらもあるというのに、それらの多くを見落としてしまっているはずだ。

 しかし、さらによく考えてみると、過去に、個人のものへのこだわりが、いかに素晴らしい文化財を残してきたことか、その例は枚挙にいとまがないほどある。「江戸職人のこだわり」などは、まさにその好例で、頑固一徹のこだわりがあったからこそ、あの江戸切子や江戸紫を生んできたのだ。全国には、陶芸や木彫や建築や・・さまざまの分野で、頑固一徹であったがために、優れた文化財を残し、その技術を継承してこられた例は数多いはずだ。
 クラゲにこだわってノーベル賞をもらった人がいる。木材にこだわって千余年前の五重塔を再興した人もいる。ファーブルなどは、フンコロガシにこだわって、感動的な昆虫記を残した。こだわり以外の何物でもない。
 彼らの、行為を“こだわり”という言葉以外で表現するとしたら、何といったらいいのだろう。
 こだわりの反対は、“適当”ということであろう。適当では何物をも生み出せない。もう少し極端に言えば、ものにこだわらないのは、“いい加減”ということである。「まあ、いいや・・」「明日は明日の風が吹く・・」ということで、これでは価値あるものを創造するなどとうてい不可能なことである。

 ところで、光源氏のこだわりは何といっても、女に対するこだわりだ。それはもう相当なものである。「半端じゃない」と言うが、まさに彼の女遍歴は半端じゃないのである。朧月夜とのアバンチュールでは身を滅ぼす瀬戸際であった。流罪にあった者が政界に返り咲いた例は歴史上ないのだ。たまたま、時世の流れに救われただけである。
 また、藤壺宮との不義密通は、自らの身の破滅のみならず、藤壺宮をも冷泉帝をも破滅に陥れるものであった。
 それらの危険が分かっていて、あえて女遍歴に邁進する(これっていい場合に使う言葉かな?)するのは、もう趣味の域を超えて、こだわりである。物語の中では、彼のそういう行動を「ご本性(ほんじょう 生まれつき、天性)」と表現している。彼の場合は、婀娜(あだ)ごとが、生まれついてのこだわりだったのである。
 光源氏の女へのこだわりが、素晴らしい文学作品を生んだといいたいのではない。紫式部のあくなき人間追求が、特に男観察へのこだわりが、あの大作を生んだということである。
 こだわり、必ずしも「悪いこと」とばかりはいえない。こだわる必要もなさそうである。
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