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源氏物語

源氏物語たより84

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   再び『夕顔の巻』の解釈について 源氏物語たより84

 ①『うち渡すをちかた人にもの申すわれ そのそこに白く咲けるは何の花ぞも』   (古今和歌集 旋頭歌)


②『 心あてにそれかとぞ見る 白露の光そへたる夕顔の花 』
③『 寄りてこそそれかとも見め たそがれにほのぼの見つる花の夕顔 』
④『 山の端の心も知らで行く月は うはの空にてかげや絶えなん 』
⑤『 夕露に紐解く花は 玉ぼこのたよりに見えしえにこそありけめ 』
⑥『 光ありと見し夕顔のうは露は たそがれどきのそら目なりけり 』

 歌を中心とする『夕顔の巻』の解釈は、相当難しいということなのだろう、明らかに誤りであると思われる解釈が今もまかり通っている。このことについては、『源氏物語たより1~4』で詳しく述べたところであるが、再び述べておかなければならないと思わせることがあった。
 今、ある源氏物語の講座に出ているが、この講座でも、上の六つの歌を、従来の間違った解釈にのっとって講義を進め、講師は、従来の解釈を当然のものとして、何の疑問もさしはさんでいないようであった。
 間違った解釈のままでは、源氏物語を正しく理解したことにはならないし、夕顔の巻の面白さや緊迫感、切実感が伝わってこないと思うのである。

 それでは、まず夕顔の巻のあらすじを次に掲げておこう。

 光源氏は、網代車に乗り身をやつして、六条御息所のところに忍びありきに出かけた。途中、五条に住んでいる乳母が、病気だということで、中宿りを兼ねて、見舞いに立ち寄ることにした。
 突然の訪問だったために、門には錠が下りていた。その鍵を探す間に、源氏は五条の見苦しい通りを眺めやっていた。
 すると、通りに面した粗末な家の板塀に、今まで見たこともない白い花が咲き懸っているのが目に入った。こんな粗末な家に咲く花とは、何という花だろうかと、①の古今集の歌『をちかた人にもの申す・・』を借りて、ひとりごち(独り言を言うこと)た。
 すると、その家から女童(めのわらわ)が出てきて、香をたきしめた扇の上に、白い花を乗せて随人に差し出した。扇には、②の歌『心あてに・・』が記されていた。 
 その家の女の、扇に花を乗せてよこした仕草や歌の内容、あるいは筆跡の見事さに感心した源氏は、③の歌『寄りてこそ・・』を女の元に贈った。そのことがきっかけで、やがてこの女と深い契りを結び、女の家に通うようになる。
 しかし、あまりに粗末な家での逢引きに耐えられなくなったのであろう、八月十五夜の夜、源氏は、女を六条のある院に誘い出した。その院は廃院同然で、荒れ果てた、け怖ろしい感じの邸であった。そこで二人はしっぽりとした一夜を過ごす。
 翌日の十六夜の晩、女は、不安な気持ちを禁じ得ず、④の歌『山の端の心も知らず・・』と、自分の気持ちを託して詠う。け怖ろしい廃院でもあり、源氏は、顔を隠したままである。源氏は、自分の素性を女に知らせないまま、今まで女の家に通っていたのである。これでは女が不安に陥るのは当然のことである。  
 そこで、源氏は、ここまで親しくなったのだからと、⑤の歌『夕露に紐解く・・』を詠み、彼女に素顔を初めて見せることにした。それに対して、女は、⑥の『光ありと見し・・』の歌で返したのである。
 ところが、この夜、女は、六条御息所の生霊に襲われ、急死してしまう。
 あまりにもはかなかった女を、源氏は後々まで愛(いと)しく思い続ける。この女こそ、“夕顔”といい、かつて頭中将が「常夏の女」として愛した女性であった。頭中将との間には、女の子までもうけていたのである。
 (二十年近くも経って、この子(玉鬘)が、源氏物語の重要なヒロインとして登場するのだが、それははるか先の話である。)

 夕顔の巻は、波乱に満ちたテンポの速い物語で、しかも濃密な内容を持った佳編である。

 それでは、これらの歌に対して従来どのような解釈がされてきたのだろうか、その問題点を見ていくことにしよう。
 先ず、②の歌に対して、ほとんどの学者が決定的な過ちを犯しているのだ。
 『心あてにそれかとぞ見る 白露の光そへたる夕顔の花』
の歌の解釈において、“光”という文字に幻惑されてしまったのだろう、
 「当て推量で、源氏の君かとどうも、私は見ます」(岩波書店 日本古典文学大系)
というように訳しているのだ。角川書店(源氏物語評釈)、小学館(日本の古典)などいずれも同じように訳している。
 これらの国文学者の解釈に引っ張られたのだろう、瀬戸内寂聴も橋本治も林望もみな同じように訳している。はるか以前の谷崎潤一郎もそうである。与謝野晶子は、歌についての訳はすべて省略してしまっていて、よくは分からないのだが、「夕顔の花の家の人は、源氏を知らなかったが・・」とあり、他の訳者とは違って考えていたふしがある。

 それでは、改めて小学館の『日本の古典』の訳者の一人・秋山虔の『教養文庫 源氏物語』を借りて、この歌全体の訳を見てみよう。
 「置く白露に、いっそう光を添えた夕顔のように美しいお方は、たぶん源氏の君ではないかと・・(推測します)」
 果たしてこんな解釈でいいのだろうか。源氏が、夕顔の家の前で、白い花を見たのは、たそがれ時である。しかも、源氏は網代車で身をやつしていて、牛車の物見(窓)からわずかに顔を出しているだけである。にもかかわらず、家の中にいる女房たちが、一目で「あ、源氏さまだ!」などと、見分けることができるものであろうか。
 こんな単純なことに、従来の学者さんたちは、どうして疑問を感じなかったのだろうか、まことに不思議なことである。
 それは、紫式部に対する侮りからきているとしか考えようがない。つまり、どうせ平安時代の物語だから、『竹取物語』などのように、多少の無理や矛盾があるのも仕方のないことである、という侮りである。しかし、紫式部に限って、そんな単純な無理や矛盾や齟齬(そご)は決してしないのである。

 玉上琢弥の『源氏物語評釈』を見てみると、驚いたことにこうある。
 「この女主(夕顔のこと)は、源氏物語の中でも無類のはにかみ屋であって、一目見た路上の人に、こんな歌を贈るべき人ではない。が、この歌がなくては、この巻の話は起こらないので、この一事は、作者の無理、失策なのであろう」
 信じられない解釈である。それもこれも、歌の意味と物語の筋を誤って捉えてしまったことから起こった罪なのである。
 こういう学者さんがいるから、『夕顔娼婦説』が出てきてしまうのだ。つまり、女から男に歌を詠みかけるなどということは、当時の習慣にはなかった、にもかかわらず、夕顔は、路上の男に自ら歌を詠みかけた、したがって、「そんな女は、娼婦と考えるしかない」という三段論法である。
 それではこの歌の正しい意味はどうなのか。

 『たそがれ時で、あなたさまがお聞きになっている花は、何の花を指しているのか、はっきりは分かりませんが、あて推量でお答えしますならば、夕顔の花のことでなないでしょうか。あんなあやしげな花に、あなた様は光を添えてくださいました』

 歌というものは、まずは素直に捉えてみることが大事である。“光”は、単純にたそがれ時の光と取るべきである。
 この歌の裏に込められた女の下の心は、人の目にあまり触れることもないみすぼらしい花に興味・関心(光)を寄せてくれた人に感謝したい、ということなのである。それは、また最高の尊敬語『光』を用いて、相手を持ち上げているのだ。
 それとなく相手を称える女のセンスと、さらに扇に花を乗せて差し出す雅な仕草に感動した源氏は、下の下の階級の女であると思った夕顔に、心底惚れこんでいくのである。「あ、源氏さまだ。いいカモが来た」などというさもしい気持ちは、夕顔には一切ないのである。

 もう一つの問題は、従来どの学者も、①の『をちこち人にもの申す』の歌を忘れてしまっているということである。
 女は、家の前に車を止めた貴公子に、やみくもに歌を贈ったのではないのだ。源氏が『をちかた人にもの申す』と問うて来たから、答えたのだ。問われて答えないことこそ失礼である。
 源氏は「をちかた人に・・」と『ひとりごち給ふ』とあるから、ぼそぼそと「ひとり言を言った」と思ってしまうのだろう。そうではないのだ。源氏は、この有名な古今和歌和歌集の歌全体
 『うち渡すをちかた人にもの申すわれ そのそこに白く咲けるは何の花ぞも』
と朗詠したはずである。
 この後の『紅葉賀』の巻に、源氏が、頭中将と青海葉を舞う場面が出てくる。源氏の舞い姿が、見る人々の感涙を誘ったのだが、その声も、
 『詠(舞にあわせて歌う詩)などし給へるは、「これや、仏の、御迦陵頻伽の声ならむ」と聞ゆ』
のである。源氏の声は、迦陵頻伽の如き素晴らしい声なのである。「迦陵頻伽」とは、極楽にすむ鳥で、「好音鳥」「妙声鳥」ともいわれ、その声は仏の教えの如く、あまねく響き渡るのである。たとえ「ひとりごち」た声だとしても、凛として響き渡るのである。 だから、随人が、源氏の問を聞いて、即座に
 『ついゐて(かしこまり跪いて)「かの白く咲けるをなん、夕顔と申し侍る」』
と野暮な返事をするのだ。
 あやしの家の中にいた女房たちにも、その声は朗々と聞こえてきた。女房たちは女主のところに急行し、「何やら高貴な感じのお方が、花の名を聞いていますけれど・・」と注進に及んだのだろう。そこで『心あてに・・』と答えたのである。夕顔は断じて娼婦などではないのである。
 また、紫式部に「無理」や」失策」などあろうはずはないのである。

 ③の歌
 『寄りてこそそれかとも見め たそがれにほのぼの見つる花の夕顔』
に対する解釈も、すべて間違った解釈をしている。小学館『日本の古典』はこうである。
 「もっと近くに寄って、誰なのか確かめてみるがよい。夕暮れ時にぼんやりとごらんになった花の夕顔(源氏のこと)を」
 他の訳書もみな同じである。そもそも男が、自分の顔を花にたとえるだろうか。源氏はそんな野暮天ではない。これも②の歌の解釈で、“光”を「光源氏」と捉えてしまったことからきた過ちである。
 歌は、まずは素直にみるべきであることを重ねて言っておこう。正しくは、
 「人の心を引き付けるような名を持つ素晴らしい花・夕顔を、今度は、夕暮れ時のぼんやりした状態ではなく、もっと近くに寄って、ちゃんと見てみることにしましょう」
ということである。源氏の下の心は、「人懐かしい名を持つ夕顔(あなた)に、今度はもっとお近くでお逢いしたいものです」ということである。
 『見め』の「め」は、意志を表す助動詞で、命令の助動詞ではない。
 この後、男(源氏)は、女の家に通うようになるのだが、女の家の者は、男の正体が分からない。そこで、源氏の後を付けたりする。一方、源氏も、顔を隠したまま女に逢い続ける。いずれも源氏の正体が分かっていない証拠である。
 源氏の愛に浸りながらも、女は、不安を払拭できないでいた。そんな状態の中で、廃院に導かれたのである。わりなくものおじする夕顔が、源氏の強引な行動で、人生の終章に進んでいかざるを得なかったのである。

 ④の
 『山の端の心も知らで行く月は うはの空にて影や絶えなん』
の歌は、そんな女の不安感を詠ったものなのだが、従来の訳は、みな「山の端」を光源氏とし、「月」を夕顔としているのだ。岩波書店の『日本古典文学大系』を見てみよう。
 「山の端(源氏)の本心も知らなくて、誘われるままについていく月(私)は、途中の大空で、きっと捨てられて消えてしまうことでございましょう」
 しかし、光源氏を「山の端」に喩えるなどという、そんな失礼なことがあるだろうか。それではなんともしょぼくれた皇子さまになってしまう。それに比べて、下の下の品の女が「山の端」と言うのでは、源氏も随分蔑まれたものである。
 私は、歌の意をこう捉える。
 「私(山の端)の心も知らないままに、あなた(月)は、あの山の端にいざよっている月のように、どこかにふらふらとあくがれていき、やがては姿を消し、私を捨ててしまうのではないでしょうか。何とも心細いことでございます」
 夕顔は、かつて頭中将に捨てられているのである。顔もはっきり見せないような浮気な月(男)は、所詮当てにできないもの、いずれはどこかに姿を消してしまうことであろう、という女の不安を、精一杯愚痴った歌である。
 ここまで女を不安がらせては、ということで、⑤の歌に進んでいくのである。

 『夕露に紐解く花は 玉ぼこのたよりに見えしえにこそありけれ』
 源氏は、これまで顔を隠して逢い続けた。女は『山の端に』と歌ったように不安に駆られている。しかもここまで心許す仲になったのだからと、ようやく、女に顔を見せる。
 「紐解く」とは、今まで固くつぼんでいたものが、ぱっと開くことで、花が開く時などの形容である。夕顔の花が開くことと、ずっと隠していた顔を、夕顔の前に初めて開く(見せる)ということを含めているのだ。また、「紐解く」には男女が固い契りを結ぶ意もある。
 『玉ぼこ』とは道のこと、『えに』とは縁のことである。
 「夕露をおいて花開いていた夕顔は、五条大路の“道”を仲立ちとして、二人を強く結び付けてくれた大切な縁だったということですね。私もここで夕顔の花が開いていたように、顔をあなたにお見せします」
 この「紐解く」を「覆面の紐を解く」などと解釈をしている学者(玉上琢弥、山岸徳平など)が多い。源氏は、覆面をして顔を隠していた、というわけである。そんなことがあるはずはないのだ。
 源氏は、二条院(あるいは内裏)から、網代車に乗って、五条の夕顔の家まで毎夜通っていた。まさか家を出る時から覆面をしていたとは考えられないから、牛車を降りるなり、覆面をつけたということであろう。しかしいくら夜更けての逢引きだとはいえ、五条は人でごみごみした所である。必ず人に見咎められてしまう。そして、
 「お、毎晩のように覆面をつけた貴公子が、あんな家に入って行くぞ。どうだい、北さん、明日の晩、あの貴公子は何者か、一緒に探索でもしてみないか」
ということになってしまう。
 源氏がどのようにして顔を隠していたのかは定かではない。恐らく扇か袖で隠していたのだろう。これも少々無理なところがあるが、少なくとも覆面よりも王朝的である。いずれにしても、ここで夕顔の不安は解けた。
 
 ⑥の歌
 『光ありとみし夕顔のうは露は たそがれ時のそら目なりけり』
は、難解である。『源氏物語評釈』(玉上琢弥著 角川書店)は次のように訳している。
 「光り輝くと見ました夕顔の上に置く露は、暮れがたの見そこかないでした 」
 そして、それは夕顔の甘え、痴情艶態から詠まれたものであるとしている。「痴情艶態」とは、夕顔も随分蓮っ葉な女にされたものである。しかし、他の訳書も概ね同じなのである。
 「今初めて現わした私の光に満ちた顔を、あなたはどう見ましたか」
という源氏の問いかけに対して、
 「あなたの顔は想像したほどに素晴らしいものではありませでした。あれは、たそがれ時の私の見間違いでした」
というのだ。いずれもこの歌を夕顔の甘え、冗談から出たものとしている。信じられない解釈である。そもそも玉上琢弥などは、このすぐ直前で、
 「(夕顔は)源氏物語の中でも無類のはにかみ屋」
だと言っているのだ。そんなはにかみ屋が、相手が「稀代の貴公子・光源氏を前にして、「あなたの顔はたいしたことありませんでした」などと言うはずがないのある。
 確かに夕顔は、源氏が関係した多くの女性の中では、無類のはにかみ屋なのである。そればかりではない。彼女の人となりは
 『わかやかで、細やか、おほどきて、たおやぎ、やはやはとして、ものおじをわりなくせさせ給ふご本性』
なのである。そんな女が、相手が光源氏だと分かった今、冗談など言えるはずはないし、「宵過るほどに」心不全(?)で死ぬようなこともなかったのである。また、源氏が顔を表した途端に、媚び甘えるような女に源氏が惚れこむはずはないのである。
 しかし残念ながら、この歌に対する私の解もまだない。あるいはこんなことかもしれないとは思っている。
 
 『夕顔の花に光りを添えてくださった、などとあの時は口幅ったいことを申しあげてしまいました。あれは、夕暮れ時の間違いだったとしてお許しいただきたいと思います。今こうしてお顔を拝見いたしますに、とてもそんな形容では言い尽くせないほどに、素晴らしくていらっしゃいます』

 夕顔が、初めて源氏の素顔を見た時の衝撃は、想像に余りある。夕顔のかつての愛人・頭中将も並み居る男の中では抜きんでた美男である。それでも源氏のかたわらに並べば、
 『花のかたはらの深山木なり (紅葉賀の巻)』
なのである。
 夕顔の不安は、源氏が素顔を見せてくれたことで、幾分かは、薄らいだことであろう。しかし同時に、これほどの男性が、今後ずっと私のような身分違いの女を愛してくれるのだろうか、という新たな不安も芽生えたはずである。け恐ろしい屋敷で、寝ていてもまんじりともしなかったであろう。
 梟(家鳩?)が鳴く。

 すい星のように消えてしまった夕顔の面影は、終生源氏の脳裏から離れなかった。やがて、彼女の残した「撫子(玉鬘)」に、夕顔の面影を重ね、抑えきれない愛にまどうのは、十八年後、源氏三十五歳の時である。

 誤った解釈は、作品の持つ豊かさを損なってしまう。浅い読みは、作品を浅いものにしてしまう。私の解釈が正しいかどうかは別にして、少なくとも、従来の解釈では、夕顔の人となりを正しくとらえたていることにはならないのだ。『光ありと・・』の歌を「夕顔の冗談」などとしていたのでは、この巻の計算しつくされた筋立て、濃密な内容、緊迫感・切迫感あふれる展開を見落としてしまう。、
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~ Comment ~

 

絡まった糸がほどけたような読後感です。
「(前回のブログの)こだわり」を垣間見させていただいたように思いますが、いかがでしょう?

初めて見させていただきました 

ブログ読んで源氏物語に掛ける情熱がひしひし感じられます。1年半古文の先生について学んだシニアですが、毎日原文2ページほど読んでます。評釈も手に入れて、日本の古典併せてより深い読みができると思ったのが間違いでした。だから源氏物語は永遠の愛読書です。

Re: 小村氏への返信 

>  「源氏物語たより」をお読みいただきましてありがとうございます。しかも私にとっては名誉なご感想をいただき感激しております。源氏物語に触れてそれほど日がたったというわけではありませんが、ただ読んだ回数は人に誇れるのではと自負しております。現在二十一回目で、宇治十帖「東屋」の巻に来ております。それほど魅力的ということでしょう。「がんじがらめ」という言葉がありますが、まさに「源氏がらめ」の状態になっております。
>  源氏物語には、読めば読むほどその底の深さ幅の広さにただただ感嘆させれるばかりです。
>  もう少し詳しくお返事申し上げようと思っておりますが、腰をやんでいてパソコンの前に座るのも苦痛になっている状況ですので、このあたりにさせていただきます。
>  源氏物語の真髄を極められることを期待しております。
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