源氏物語

源氏物語たより89

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  そこが分からない(装束のこと) 源氏物語たより89

 源氏物語全体を通じても、分からないことが多いのだが、特に当時の装束については、はっきりしないことが多い。何しろ千年も経ってしまっているのだから、それも当然のことかもしれない。が、それにしても、
 「この点が分かれば、物語の内容をもっと深く理解することができるのだろうに!」
と、しばしば“口惜しく”思う。


 「絹」の寿命は、五百年ほどだという。平安時代の衣類が全く残っていないのは多くはそのためである。そのため、源氏物語よりも百五十年も後にできた『源氏物語絵巻』(伝 藤原隆能筆)などを参考にして、当時の装束を「こうではなかっただろうか」などと推し測っているにすぎないのである。それでもたびたび物語に登場する「細長」や「汗衫(かざみ)」などの詳細は詳(つまび)らかではないという。
 また、「襲」も分からない。色の違う二枚の布を重ねて縫い、「桜襲」「山吹襲」「柳襲」などのさまざま微妙な色の重なりを演出するものであるが、解説書によって、裏と表の色の解釈が違っていたりする。そもそも当時の色そのものがはっきり掴めていないのだ。

 ところで、平安時代の人々は、寝る時にはいったい何を着ていたのだろうか。季節や身分・階級、あるいは経済状態などによっても違ってくるだろうが、これがまた分からないのである。
 『若紫』の巻にも、この点が明確でないために、状況を的確に把握できないところがある。

 光源氏は、わらは病の治療のために、病気の治癒に験があると評判の北山の聖を尋ねていく。その北山で、源氏が慕い続けてやまない藤壺宮に似た少女、紫上を垣間見る。そこでなんとか彼女を自分の手元に引き取るべく、彼女の祖母である尼上に願い出る。しかし、まだ年端もいかない子供だからと、相手にしてくれない。なにしろ紫上はまだ十歳でしかないのだ。一方の源氏は十八歳、尼上が、源氏の申し出を本気とは思わないのも無理はない。
 病気がちだった尼上が、北山から六条の自宅に戻ったのを聞きつけ、再び源氏は、尼上の病気見舞にことつけて、「紫上所望」のお願に赴く。しかし、相変わらず尼上は、源氏の申し出を拒否し続ける。
 源氏は、仕方なく
 「せめて紫上の声を、一声だけでも聴いて帰りたい」
と申し出る。すると、女房がこう言って断る。
 『いでや(さあ、いかがでしょう)、よろず思し知らぬさまに、大殿籠り入りて』
 何も分からずにぐっすりお休みになっていられるから駄目です、というのである。
 と、その時、突然、紫上が奥の部屋(寝所)から飛び出して来て、こう言った。
 『うへこそ(おばあ様)、この寺にありし源氏の君こそ、おはしたなれや。など見給はぬ』
 (あの北山にいられた源氏の君が、今来ているのでしょ、どうして会わないの)
 これには、「何も知らずにぐっすり眠っているから、会わすことができない」と言って源氏の申し出を断った女房の面目丸つぶれである。あわてて「静かに!」と制するのだが、紫上は不満である。
 「だって、おばあ様は、源氏の君に会えば、身体の調子も良くなってしまうって、言っていられたでしょ。だから・・」
というわけである。
 この時、紫上は、几帳台の中で眠ろうとしていたのだから、寝間着でいたはずである。その寝間着のまま、源氏(お客)のいるところに飛び出してきたのだろうか、あるいは上に何か羽織って出てきたのだろうか。実はこのことが後にも問題になってくるのである。

 その年の十月、尼上は亡くなってしまう。母親はもうとうになく、唯一の後見であった祖母まで亡くなってしまった紫上は、これからどうすべきなのか。父の兵部卿の宮のところに行くべきだろうか。しかし、その父宮には、北の方がいられる。その北の方と、尼上や亡き母上とはしっくりした関係にはなかった。その気持ちを受けて、女房たちも、父宮のところに紫上を移すことには気乗りでない。そうかといって、源氏のところへ・・。
 源氏も、兵部卿の宮に引き取られてしまっては面倒なことになる。そこで、再び紫上を尋ねてみた。
 彼女は大殿籠っていたが、「直衣を着た人が来ている」と聞きつけ、父宮かと思って、寝所からのこのこ出てきた。この時も寝間着のままだったのだろうか。
 そこにいたのは、父宮ではなく、源氏の君であった。源氏が、「この膝の上においで」と誘うと、何心なしに源氏の近くに寄ってきた。そこで源氏は
 『手を差し入れてさぐり給へれば、なよらかなる御衣に、髪のつややかにかかりて、(髪の毛の)末のふさやかに探りつけられたるほど、いと美しう思ひやられる。手をとらへ給へれば』
という具合に、厚かましい行動をエスカレートさせていく。さすがに、親しくもない男に手まで取られたので、
 『寝なんといふものを』
と言って、紫上は寝所に行こうとする。すると、なんと、源氏もこれについて行って、床の中にまですべり込んでしまったではないか。源氏のこの行為には、女房どもも驚きあきれるだけで、止めようもない。何しろ相手は、天皇の子なのである。それで、源氏は、平然としたもので、紫上の寝所に入って、
 『いと美しき御肌つきも、そぞろ寒げに思したるを、らうたく思して、ひとへばかりを、おしつつみて』
抱いて寝るのである。そして、ついに一晩中紫上と一緒に過ごしてしまう。
 
 源氏のなんとも厚かましい行為はひとまずおくとして、この
 『ひとへばかりをおしつつみて』
 (単衣だけを包むようにして着せ)とは、一体どういう状況であろうか。
 「ひとへ」とは、「一枚だけで重ならないこと」である。例の「五衣」などは、みな二枚の布を重ねて縫っている。いわゆる襲である。
 それに対して、「ひとへ」は、まさに一枚だけで仕立てた衣で、通常は一番下に着る、いわゆる肌着である。
 紫上が「そぞろ寒げ」にしているので、源氏は、その単衣だけを紫上の体にまくようにしてかけてあげた、ということである。とすると、紫上はそれまで何を着ていたのだろうか。まさか裸だったのではあるまい。
 時は十月である。今でいえば、十一月の中旬ということで、京の冬は特別に冷えるという。それに、寝床である几帳台は、周囲に薄いカーテンのような布を垂らしているだけで、冬の夜の寒さが忍び入ってくる。
 しかも、慣れない男に抱かれたこともあって、彼女は、ますます『わななかれ(ぶるぶる震え)』ていたのである。恐らくそれまで単衣を何枚か重ねていたのだろう。それでも寒そうにしているので、源氏は、さらにもう一枚、単衣をくるむようにして掛けてあげたのだ、ということであろうか。

 その翌日、父宮がやって来た。するとたいそう艶なにおいが紫上の衣に染みついている。夕べ源氏に抱かれた時に、紫上の衣に付いた源氏の残り香である。父宮はそんなこととはつゆ知らず、
 『をかしな御にほひや。御衣は、いとなえて』
と、感心したり、憐れんだりしている。「いとなえて」とは、衣が大層しわしわになっているということである。父宮は、「こんなにしわしわなものを着て、着替えるものもないのか、可哀そうに」と思ったのだ。

 さて、この「いとなえて」の解釈が、父宮が思ったとおり「貧しいために着替えるものもなく、すっかりしわしわになってしまって」としていいものだろうか。多くの解説書がそうとっているのだが。
 私はそうではないと思う。昨夜一晩中、源氏に抱きかかえられて寝たために、紫上の着物がくしゃくしゃになってしまったのだ。
 そう解釈した時にはじめて、源氏の残り香の問題が、いっそう可笑しみを持ってくるのだ。父宮が、源氏の移り香とも知らずに『をかしな御にほひや』と感心する可笑しみと、源氏がしわしわにしてしまった衣を「貧しくて可哀そうに」と憐れむ可笑しみが、統一性をもってくるのである。
 これこそ紫式部お得意の諧謔である。ただ、こんな解釈は、いままで誰もしていない。私の独創(独走)的解釈である。
 「これこそ私の新学説である」
と得意になっていたら、妻が言った。
 「じゃあ、紫上は昼も夜も同じものを着ていたってこと?」
 うむ、なるほど父宮が来たのは、確かに昼間である。父宮の前に出るのに、夕べ着ていた夜着のままで出て来るだろうか、ということである。私の新学説も、妻の前にはあえなく潰(つい)えてしまったようである。

 そこで、再び「ひとへばかり」の問題に戻らなければならないことになった。
 源氏がさらにくるむように掛けてあげた単衣とは、一体なんだったのだろうか。おそらく、源氏が撫で回した例の「なよらかなる」衣であったはずである。
 紫上は、それを引きかけて、父宮や客(源氏)の前に出てきたのだ。そしてそのまま寝所に戻り、寝床に入る寸前に、その衣を脱ぎ捨てるのだ。
 それは、「肌着とは違う単衣」と考えてもいいのではなかろうか。だとすれば、それを着て父宮や客の前に出たと考えても、さしておかしくはないわけである。
 源氏は、几帳台のそばに脱ぎ捨ててあったその衣を掛けてあげた、そう考えるのが自然である。
 それに、相手は子供である。女房の思惑など考えもなしに、客(源氏)の前に飛び出して来て、あどけないことを言う子供である。なえた衣でも男の残り香がついた衣でも平気である。

 翌日、「父宮が、紫上を迎えに来る」と聞いた源氏は大いに焦る。そして、なんとその晩のうちに、突然紫上の邸に押しかけ、
 『何心もなく寝給ひつるを、(紫上を)抱き驚かし(目を覚まさせ)』
牛車に乗せ、自分の邸・二条院に拉致同然につれてだしてしまうのである。
 この時も、紫上に、やはりあのなよらかな単衣を掛けてあげて、抱き上げたはずだ。

 ところで、この場面に、妙な描写がある。
 源氏が強引に紫上を車に乗せて、「ひとりだけ紫上とともにまいられよ」と命じると、少納言が、あわてて車に乗り込む。その時になぜか彼女が抱えていたのが、
 『よべ、縫ひし御衣ども』
であった。主人の紫上が連れ去られるという危急存亡のときに、なぜ縫いさしの御衣にこだわり、後生大事に抱えて車に乗り込んだのだろうか。
 その「御衣」は、勿論紫上の着物であろう。父宮に「いとなへて」と憐れがられたために急に縫いだしたものであろうか。あるいは、源氏に「なよらかな」単衣をさぐられてしまって源氏の匂いが付いてしまったからあわてて新調したのだろうか。いずれにしても、その様子を想像すると、可笑しみがにじんでくる。

 一語一語、一文一文を大切にし、それらを抜かりなく紡ぎ合わせていく紫式部のことである。なにか私が捉えた意味よりもずっと深い意図があるのかもしれない。それを紫式部自身に聞くことができたらと思う。

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