源氏物語

源氏物語たより95

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  『梅ちゃん先生』それでいいの? 緻密の権化・紫式部 源氏物語たより95

 NHKの朝のドラマ『梅ちゃん先生』が人気で、視聴率21%だという。それで見ていたのだが、ここにきておかしくなってしまった。肝心な登場人物を次々消して行ってしまうのだ。


 まずは、梅ちゃん先生の父親が、何の病気なのかも不明のまま、長期入院生活に入ってしまった。ドラマ上は、もう不要の人物になってしまったのだろう。
 二人目は、大学病院の同僚で、いずれは梅ちゃん先生と結婚かと思っていた若い医者である。突然アメリカ留学を命じられたという。そして、どういうわけか
 「これからは別々の道を歩いてゆこう」
などと、きざなことを言ってアメリカに去ってしまった。留学から戻ってからでも結婚できるはずなのに。
 そして三人目の犠牲者は、梅ちゃん先生がいたく心酔していて、人生の師とも仰いでいるように見えた型破りの町医者である。それが、こともあろうに、彼の誕生祝いのその日に、交通事故で突然死んでしまったのである。
 これではもうめちゃくちゃ。いかにも交通事故にあいそうな状況を事前に設定しておかなければいけないのに。たとえば、この町医者は酒がこよなく好きだったようだから、飲んだくれてよく道端で寝ていた・・とか。そもそも交通事故で亡くなる人など、総人口の0,001%に過ぎないのだ。年間の死亡者に締める率だって、限りなく少ない。交通事故で殺すな。

 都合の悪いものは次々消していくというのは、三文小説の常套手段である。こんな展開では先が思いやられるし、何より紫式部にどれほど軽蔑されることか。おそらく、
 清少納言が、式部に言われたように、こんな作品の作者(脚本家)は、
 『行く末、うたてのみ侍れ(ろくでもないことになるばかりだ)』
ということになってしまうことだろう。

 紫式部の筋立ては、それはそれは緻密で、水も漏らさぬ注意深さである。彼女は、読者の反応や批判を極端なほどに気にしていたようで、「そんな馬鹿な!」と言われることのないよう万端意を尽くした。その面では病的なほど神経質である。
 『若菜下』の巻の、柏木と女三宮の密通事件に、そのことが顕著に見られる。
 柏木は、太政大臣(昔の頭中将)の嫡男で、将来の太政大臣間違いなしという若きホープである。
 一方、女三宮(以下 三宮)は、朱雀院の愛娘である。院が出家するに当たり、この娘の将来を大変心配し、二十七歳も歳の違う光源氏に託すことを決意した。源氏に降嫁後、二品内親王の位をも賜る。この上ない身分である。
 この三宮に、若いころから下心のあった柏木が、三宮の乳母子であり女房でもある小侍従を責めて、密通の罪を犯してしまうのである。
 源氏の邸である六条院に忍び込み、准太上天皇(源氏)の妻であり、取り巻きの女房も多い二品内親王という女性と密通するなどありえないことである。町医者が交通事故で死ぬのとはレベルが違うのである。それこそ
 「そんな馬鹿な!」
と、読者の批判は轟轟たるものとなってしまう。
 しかし、そこは紫式部である。ここに至るまでに、実に用意周到な伏線を設定するのである。それも十重二十重に伏線を張り巡らすのだ。
 女三宮が、源氏に降嫁したのは十四歳であった。当時の結婚年齢からすれば、さして若すぎるというものではない。ただ、彼女は、あまりに幼かった。物語は、彼女の人となりをこう記している。
 『まだいと小さく、かたなり(未熟)におはするうちにも、いといはけなき(幼稚な)けしきして、ひたみちに(まるで)若び給へり、』
 したがって、三宮に仕える女房たちも、みな若く、思慮の浅い者ばかりである、彼女らは、華やかに遊び騒ぐことのみを好ましいことにしていた。
 三宮、女房もろともに教育しようと思っていた源氏だが、呆れて、これでは今更若いお付きの女房たちを教育しても仕方がない、それなら三宮だけでもきちんとしつけようと、方針を変更してしまったほどである。
 その三の宮が、あまりに幼いのである。源氏とは世界が違いすぎて、話し相手にもならない。次第に三宮のところに通うのもおっくになって行く。ただ朱雀院への面目があるから、義理で通うだけになってしまった。

 ある春の一日、六条院の寝殿前の庭で、蹴鞠の会が行われた。柏木も参加していた。
 しばし蹴鞠を休んで、階のもとで、夕霧(源氏の嫡男)と話し込んでいると、柏木たちの近くの御簾が、突然めくれ上がった。部屋から飛び出してきた唐猫の首の紐が、御簾の端に絡まってしまったのだ。 
 するとそこに、袿を着た女性が立っているではないか。まぎれもない件(くだん)の女三宮である。上流貴族の女性が立ち姿でいること、しかも廂の端近くに居ること(外の蹴鞠を見ていたのだろう)などは、あり得ないことなのである。まして男に素顔を見られることなど決してあってはならないことである。三宮の幼いがゆえの油断であった。またそれを制止できる女房もいないのである。
 とにかく、柏木は、一瞬のうちに、
 『袿姿にて立ち給へる人』
の、御衣はもちろん、御髪や全体の御姿つきまで、ばっちり見てしまったのである。
 柏木の恋心は、再び激しく燃えあがった。

 それから六年、柏木は、三宮の姉・女二宮と結婚していたが、三宮を忘れることができない。悶々と日を送るうちに、ついに我慢しきれなくなり、例の小侍従を、逢う機会をたばかれと責め続ける。
 丁度この頃、紫上が重く患っていた。六条院ではいくら加持祈祷をしても、その験が現れないと、かつて紫上が馴染んでいた二条院に移って養生することにした。
 源氏や紫上お付きの女房たちは、こぞって、二条院に移っていった。六条院はすっかり人少なである。
 小侍従が、柏木を三宮のところに導いたのは、そんな条件下であった。
 しかも、その夜は、賀茂祭の禊の日の前日である。三宮方の女房たちのうち、十二人が祭りの手伝いのために派遣されてしまい、六条院は火の消えたようになった。残った若い女房たちは、明日の禊の行列を見んと、着物の繕いや顔のお化粧に余念がない。
 「絶好の機会到来である」
 そして、さらにチャンスは膨らんだ。いつも三宮のもっともお近くでお仕えしている按察の君のところに、時々通ってくる男(愛人)が、折悪しく(折好く?)その夜も通ってきたのである。按察の君は、自分の局に入り込んで、男としっぽりということになった。三宮の周りに残るは、小侍従くらいになってしまったのだ。
 『(小侍従は)よき折と思ひて、やをら、(柏木を三宮の)御帳の東おもての御座の端に、すゑつ。・・宮は、なに心もなく大殿籠りにけるを・・床のしもにしも抱きおろしたてまつりる』
 世紀の密通はこうして成し遂げられたのである。

 このように、紫式部は、何重の伏線を張り巡らせた。何重であったか数えていただければ、
 「これなら世紀の密通も可能!」
と納得いくことであろう。
 しかし、こんな無法を、天が許すはずはないのである。やがて、三宮の油断がもとで、柏木からの手紙を源氏に見つけ出され、将来の太政大臣候補は、あえなく源氏のひと睨みにあって、命を落とすことになるのである。
 時に、柏木、三十三歳。
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