源氏物語

源氏物語たより103

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死の諸相  源氏物語たより103

光源氏は、契りを交わした多くの女性の出家(空蝉、藤壺、朧月夜など)や死という現実に直面している。彼は、その都度、深い悲しみや悔恨やあはれを味わわされるのだが、その時々の源氏のかかわり方はさまざまである。ここに主な女性の死にゆく姿がどのように描かれているか、まず見ていってみよう。



 【夕顔】   『この女君、いみじくわななき惑ひて・・汗もしとどになりて、我かの気色(正体を失った状態に)なり・・         ただ冷えに冷え入りて、息はとく絶え果てにけり』              (二十歳ほどの秋)
 【葵上】   『例の御胸をせきあげて、いといたう惑ひ給ふ。(内裏などに消息きこえ給ふほどもなく)絶え入り給ひぬ』                                             (二十五歳の秋)
 【六条御息所】『(七日八日ありて)、うせ給ひにけり』                  (三十六歳の秋)
 【藤壺中宮】 『ともし火などの消え入るやうにて、はて給ひぬれば』            (三十七歳の春)
 【紫上】   『消えゆく露の心地して・・明けはつるほどに、消えはて給ひぬ』       (四十二歳の秋)

 この世のものはすべて変化してゆく。永遠に変わらないものなどはありはしない。我々は、物事が変化するがゆえに、「もののあわれ」を感じるのだが、特に死ほど、変化の劇的なものはない。死ほど人の心を揺するものはない。
 人は死に際してさまざまな姿を見せる。立派に往生する人、みっともない死にざまを見せてしまう人、それぞれである。「死をもって人の価値は決まる」などとさえ言われるほどである。
 心静かに死ねるかどうかは、この世に対する「ほだし」のいかんに依ることが多い。「ほだし」とは、「人の身の自由を束縛するもの」という意味で、元もとは、馬の足を絡ませて、歩けないようにする綱のことである。源氏物語にはこの言葉がしばしば登場する。
 人間にとってのほだしは、さまざまである。子供であったり、妻(夫)であったり、愛人であったり、金銭であったり、権力であったり、時には「ああ、あれを食べなければ死ねない」などと思う人もいるかもしれない。
 中でも子供がほだしになることが多いようで、「子ゆえの闇」などとよく言われる。また美しい妻をもっている男も、死ぬに死にきれないのではあるまいか。源氏が出家の本意をなかなか遂げられなかったのは、愛する紫上ゆえである。

 ほだしが少ない人と言えば、出家人であろうか。昔は僧侶は妻帯などもしなかったから、子ゆえの闇もないし、妻へのしがらみもない。物欲を離れているから、金銭への未練などはないはずだ。ところが、源氏物語には妙な僧侶がいろいろ登場する。僧侶といえども、物欲や権勢欲というほだしからは逃れられないようである。
 一切のほだしが無くなった状態で死ねることほど、爽やかのものはあるまいが、なかなかそうもいかない。誰もみな、いろいろの思いを残して死んでいくのだろう。思いを強く残した人ほど、中空を彷徨うことが長くなり、成仏できずに、六条御息所のように死霊となって現われ出るたりするようである。
 また、死が身近に迫ってきた時には、なかなか思い切りがつかないことがあるようで、たしか曾呂利新左衛門だったかと思うが、
 『(死ぬのが)今まで人のことと思っていたのに、自分の番とは、こりゃたまらん』
と、言ったという。死を目前にすればこんな感慨を持つ人も多いのではなかろうか。我が家のトイレに、日野原重明氏(百歳の現役医師)の言行録の載ったカレンダーがかかっている。七月の言葉は、
 『君も、散るまでの時を読み、身支度をするんだな』
というものである。ほだしを整理し、死の観想でもしておきなさいということであろうか。

 さて、改めて、先に上げと女性たちの死にざまと源氏のかかわりを見てみよう。
 [夕顔]の死にざまは、凄まじい。
 「いみじくわななき惑ひて・・汗もしとどになりて」という状態である。「ひどくわなわなと体を震わせて怯え、汗もぐっしょりかいて」いたのだから、相当苦しみ怯えていたということだ。源氏が、寄り添って起こしてみると、
 「ただ冷えていくばかりで、息はとうに絶え果ててしまっている」
のであった。恐らく心臓発作であろう。
 この日、源氏は、夕顔を六条の某院に誘った。この院は荒れ果てた廃院で、木々は茂りフクロウなども鳴く薄気味悪い所であった。もともとむやみにものおじする女性であった夕顔は、雰囲気に気おされてしまったのだろう。源氏という素晴らしい男と馴染むことができ、幸せをつかんだかに見えたが、わずか一カ月ほどの逢瀬の後、あたら二十歳という若き命を散らしてしまった。源氏が殺したと言えなくもない。
 彼女には、玉鬘という三歳の子もいた。それもほだしになったことだろう。なんとも、無残な死にざまであるが、最期は愛する男の腕の中だったのが救いである。

 【葵上】の死の描写はそっけない。
 「例の御胸をせきあげて、いといたう惑ひ給ひ〔内裏に御消息きこえ給ふほどもなく〕絶え入り給ひぬ」である。
 葵上は、出産に際して、六条御息所の生霊に悩まされたが、ともかくも男の子を生んだ。これで一安心と、父親の左大臣やその子供や源氏たちは、秋の司召しなどに内裏に行ってしまった。その間に再び御息所の生霊が取りつき、取り殺してしまったのだ。内裏に知らせる間もないほどの慌ただしい死に方であった。
 実はこの時、源氏は、内裏に行くことが真の目的ではなかった。藤壺宮との間に生まれた不義の皇子(後の冷泉帝)に会うためだったのだ。もちろん源氏は葵上の死に目に会うことができなかった。最後まで葵上にはつれない男になってしまって、それが「絶え入り給ひぬ」というそっけない表現になったのだろう。
 葵上の場合は、子供がほだしになる暇もなかったが、源氏との夫婦関係があまりにも味気ないものであった。
 葵上の死後、源氏はいかにも彼女と親しく床を共にしていたかのような歌を書き残す。しかしそれは何とも白々しいもので、源氏の心は、一度として彼女の上に注がれることはなかったのだ。その源氏の無関心さこそ、彼女のほだしになったのではなかろうか。葵上は、源氏に対する恨みがましさを持って逝ったはずだ。

 【六条御息所】の場合は、さらにあっけないものである。
 「〔七日八日ありて〕うせ給ひにけり」だけである。御息所は伊勢から帰ったのち、尼になってしまった。それを口惜しく思った源氏は、彼女を訪う。しかし、彼女は重く病んでいた。娘の斎宮(後の秋好中宮)の後見を源氏に頼んで、床に臥せ「早く帰ってくれ」と源氏に言うほどに衰弱していた。
 「七日八日ありて」とは、源氏が御息所を尋ねた七日八日後に、亡くなったということである。彼女はあれほど重く患っていたのだから、その後も、源氏は訪ねてしかるべきであった。しかしそうしなかった。あれほど色事にはまめな源氏が、最後の最後にそれを怠った。そういう呵責が、彼女の娘を、中宮の位置にまでつかせる努力をしたのだが、御息所の心は、それでも晴れることはなかった。二十年近くたっても、死霊として源氏の周辺にまといつくのである。

 【藤壺宮】の場合は、美しく理想的な最期である。
 「ともし火の消え入るやうにて、果て給ひぬ」である。「ともし火の消え入るやう」とは、釈迦入滅の様子を暗示している。法華経・安楽行品に
 『まさに涅槃に入ること、煙尽きてともし火滅(き)ゆるが如し』
とあるそうだ。藤壺宮の死は、まさに釈迦の入滅の如しだったわけである。
 藤壺宮は、源氏のわりなき求愛から逃れるために尼に姿を変えていた。尼になりさえすれば、源氏がそれ以上迫ることがないからだ。ほだしである子供は、今は天皇として安泰である。それを内大臣である源氏が後見してくれている。何の心配もない。
 源氏との激しい恋のやり取り、夫を裏切る不倫、その不倫の子の立場を安泰たらしめようと日々心を砕いてきた。彼女の生涯は苦難と波乱に満ちたものであった。が、入道して勤行を積んだ今、それらの罪は償われたのであろう。「消え入るやうに」とは、いかにも静寂で、清澄で、安穏である。極楽往生は間違いなしであろう。

 【紫上】の場合も静かな死である。
 「明け果つるほどに、消え果て給ひぬ」で、藤壺宮と同じく何の憂いも、ほだしもないように逝った。
 しかし、私は、紫上ほど哀しい生涯を送った女性はいないと言ってきた。静かな死を迎えたようである今も、私の彼女への哀惜の念はかわらない。死への哀惜ではない。彼女の生涯に対する哀惜の情である。
 近衛中将からなり登り、内大臣、太政大臣、准太上天皇、そして四町にも及ぶ六条院という広壮な邸に住む源氏の妻として、世間的には、幸運を極めた女性と思われるであろうが、私は、源氏物語を読んでいて、それを微塵も感じないのだ。むしろ哀しみの同情ばかりが湧いてくる。
 その第一番は、自己を表出できない立場にあったということである。たしかに源氏は彼女をこの上なく愛しはした。しかしいつも一方通行であった。源氏の愛は紫上に届いていない。内親王・女三宮が降嫁した時に、それは極まった。自己の人生を見通した彼女は、出家を何度も源氏に願い出た。しかし一向にそれを許そうとしない。彼女の
 『(出家を)思し許してよ』
という言葉は、叫びにも似た哀しみをもって私の耳朶を打つ。
 でも、最期は「消え果て給ひぬ」という静かなものであったのが、唯一の救いである。また心を込めて育てた明石中宮に手を取られて死んでいたのもわずかな光明と言える。源氏は彼女が死んでしまってから、
 『年ごろの本意ありて思へること、かかるきざみに、その思ひ違えてやみなむが、いとほしきを』
 (長い年月紫上が願っていた出家の本意をかなえてやらないままであったのが可愛そうなので)
 また、冥途の供養にもなるだろうからと、
 『頭下ろすべきよし』
を、息子の夕霧に命じるのである。今頃何を言うのかと怒りを禁じえない。
 あれほど思慮深い源氏がなぜ紫上の願いを頑なに認めようとしなかったのか、未だに理解できないでいる。源氏はさまざまな罪を犯しているが、紫上の出家を認めてあげなかったことを、源氏最大の罪業と私は思う。

 源氏の死については、物語には一切描かれない。ただ、最後に、
 『もの思うと過ぐる月日の知らぬ間に歳もわが世も今日や尽きぬる』
 (もの思いにふけっていて、月日のたっていくのも知らずにいる。その間にこの一年、そして私の人生も、今日でいよいよ終わってしまう)
とあるだけだ。さすがの偉丈夫も、紫上の死には耐えきれず、可愛い孫(匂宮など)というほだしも捨てて出家をしようというのだ。全てのことをやり尽くした源氏のことだ、生前の業障がいかに深かったとはいえ、彼の最期は、案外静かなものなのだろう。が、その後の彼を恐れる。
 紫上の自由を縛った罪は重い。出家できなかったことは紫上にとってどれほどあの世へのほだしになったことか。仏道修行もできず、不義の罪を犯したにもかかわらず「極楽往生間違いなし」の藤壷宮とは違って、この世では何の罪さえない紫上があの世で道に迷っているのではなかろうか。
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