源氏物語

源氏物語たより104

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  奇妙な巻 “雲隠”  源氏物語たより104

 源氏物語には奇妙な巻が一つある。『幻』の巻の次にある“雲隠”である。おかしなことには、巻名はあるのに、そこには一文字の文章もないのである。これは紫式部が当初から何かの目的をもって創作したものであろうか。あるいは、後世、誰かのさかしら(お節介)で、挿入したものであろうか。


 この不思議は、古来さまざまな憶測を呼び、多くの研究者により追及されてきたが、未だに確たる理由は見つかっていない。
 “雲隠”とは、多くは月が雲に隠れることを言うが、人がいなくなることの比喩としても使われる。百人一首でおなじみの紫式部の歌
 『めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜半の月かな』
にも登場する言葉である。せっかく久しぶりに訪ねてきたのに、それ(その人)と認識するひまもないほど、束の間に帰って行ってしまった幼友達、それを口惜しく思う気持ちを詠んだものである。この場合は、人が姿を隠してしまう(帰ってしまう)ことを、月が雲に隠れてしまうことで喩えたものである。

 また時には、人がこの世から姿を消すこと、つまり“死”を意味することもある。
 光源氏は、『幻』の巻をもって物語から姿を消した。したがって、この“雲隠”の巻は、源氏が物語から姿を消すことを暗示しようとしたことは確かである、ただ、それが源氏の逝去を意味するものか、あるいはこの世を逃れて出家することを意味するものか定かではない。あるいはその両者を暗示しているのかもしれない。
 『幻』の巻には、源氏がすぐにも出家するであろうことが書かれている。が、出家したとはっきり書かれているわけではない。
 そもそも源氏は、若い時からしばしば「出家をしたい、出家したい」と口にしている。あたかも、それが彼のモチベーションのようでもあるし、ステイタスシンボルのようでもある。あるいは出家は平安上流貴族の概ねの思いだったのかもしれない。
 でも、源氏にはさまざまな「ほだし」があって、実行できないできてしまった。源氏の最大の「ほだし」は、紫上であった。『御法』の巻で、その紫上が死んでしまった。源氏には、もう「ほだし」になるべきものがなくなったのだ。したがって、すぐにも出家すべきであるのだが、
 『(紫上に)遅るとも、幾世かは経べき。かかる悲しさの紛れに昔よりの(出家の)御本意も遂げまほしく思ほせど、心弱き後の謗(そし)りを思せば、この程を過ぐさんとし給ふ』
 紫上が死んですぐにも、出家するつもりではいるが、愛するものが亡くなったから出家したのだ、などという女々しさ(心弱さ)が、後の世のそしりとなるのも困るので、紫上の死の当座を過ごしてから、出家しよう、と彼は考えるのである。

 『幻』の巻は、その考えを受けて、紫上死後の一年間を、最愛の人を亡くした悲しみやその他さまざまな思いを抱いて過ごす巻である。一年間の自然の移り変わりと源氏の心理とが、美しいハーモニーをもって奏でられる佳編である。
 この巻の最後は、孫の匂宮が、
 「鬼やらい(節分の前夜行う 当時は十二月に節分の日があった)をする時には、大きな声(音)でするのがいいのだ」
などと言って、駆け回っている姿を見ながら
 『をかしき御有様を見ざらんこと』
と、さすがに感傷的になる。出家すればこの可愛い姿を見られなくなるということなのだが、そのすぐ後には、
 「正月の支度を、例年に無く特別にしっかり準備するよう」
家人にきびきびと申し付けている。源氏にとって孫の匂宮はもうわずかな「ほだし」でしかないのだ。彼の心は画然と決まった。この一年間を過ごすことで、彼の心はすっかり澄み切ったのだ。出家の用意は万端である。

 そして、“雲隠”の次の『匂宮』の巻の冒頭には、
 『光、隠れ給ひにし後』
とある。鬼やらいに駆け回っていたあの匂宮も、今では十四歳。あれから既に八年を経過したことになる。この間に源氏は隠れ(死去し)たのだ。出家したのが五十三歳。後の文章からすると、源氏の享年は五十六、七歳になる。

 さて、それでは“雲隠”の巻は、巻名だけあってなぜ文章がないのだろうか。紫式部が、当初から巻名だけを制作したのであろうか。また、どうして源氏の最期の姿を描かなかったのだろうか。古来さまざまな学者が追及しても結論の出ない問題であるので、私の手の及ぶものでもないのだが、想像することだけは許されるであろう。
 この巻名は、鎌倉時代のいろいろな文献にも出てくるのだそうだが、だからと言って源氏物語創作当初からあったとは言えない。
 私は、後世の人のさかしらが、この巻を創作したものだと思う。凡人は、稀代の貴公子・源氏の最期はどんなであろうかと、よこしまな考えを起こす。その最期の姿が描かれないのはおかしいという思いが、そんなさかしらを生んだのだ。

 ところが、紫式部は、描かないことで物語の効果を上げようとする作家である。
 たとえば、源氏と藤壺宮との最初の不倫については一切語られていないのだ。二人の不倫は、源氏物語のもっとも重いテーマであり、源氏物語は、ここからスタートし、これをもって貫いているというのに、それが描かれていない。柏木と女三宮との不倫の様が、はっきり描かれているのとは、対照的である。柏木の場合は、契りの後の添い寝の夢に、「猫」の夢まで見ている。猫の夢を見るということは妊娠をしたということである。いかにもセックスをしましたというような生々しさである。
 それは二つの不倫のレベルが違うからである
 藤壺宮は、仏道の世界に入ってから勤行三昧であった。それが死を迎えた時に
 『ともし火の尽きる』
ように消え入った。それは釈迦入滅の姿なのである。(たより103)
 ところが、女三宮は、仏道に入って九年、それでも仏道修行の成果は更にないようで、息子の薫に、こう見られているのだ。
 『あけくれ、(仏道に)勤め給ふやうなめれど、はかもなくおほどき給へる、女の御悟りのほどに(はとても至らず)』
 「はかもなくおほどき」とは、「頼りなくおっとりしている」ということで、これでは悟りの世界など程遠い。薫が、自分で代わってあげたいとさえ思うほどなのだ。

 同じ宮でも、もう藤壺宮と女三宮は人間の質が違うのである。源氏と柏木もまた同じことである。源氏と藤壺宮の不倫の様を生々しく描かなかったのも、当然のことである。
 このように、源氏物語は、肝心なところが隠されて始まった。それなのに、どうして源氏の最期の姿を生々しく描く必要があろうか。源氏の死は、五十六・七歳。今でいえば八十近い高齢である。いくら永遠に若い源氏とはいえ、その死の姿を描くことは、源氏に対する冒涜である。源氏物語は、光り輝くようなあてで艶なる若者の恋の物語なのである。老いや死の物語ではない。また、あの英雄・平清盛が業火に焼かれて死んでいくのとは本質的に違うのである。
 描かないことでより内容を深くし、価値を高めようとしたのが、紫式部である。それによって、かえって読者の心をつかみ、さまざまな興味を生み、さまざまな世界に誘うことができるのである。

 私の『源氏物語たより』は、“104”にまでなってしまった。原稿用紙にすれば千枚を越えている。それは源氏物語が描かない部分を残したからだ。それによって何度読んでも、新たな疑問や興味を湧かせるからだ。書きたいことを噴出させるからだ。
 それが稀代の文学者、紫式部の紫式部たるゆえんである。
 『雲隠』の巻など、もともとなかった。
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