源氏物語

源氏物語たより112

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  浮舟 投身自殺への軌跡 源氏物語たより112

 浮舟は、薫と匂宮(以下 宮)の二人の男の板挟みとなって、宇治川に投身自殺を図った。



 薫は、宇治に住んでいた八の宮(桐壺帝の第八皇子で源氏の弟)の娘・大君に心を奪われ、結婚を申し出るのだが、大君は、父の言葉(宇治で静かに生涯を過ごすように、ということ)を守って、薫の申し出を頑なに拒否する。そして、自分の代わりに妹の中の君を薫に勧めるばかりである。
 間もなく、大君は若くして亡くなってしまう。薫はその形代として、中の君に心を寄せるようになるのだが、中の君は、すでに宮に譲ってしまった人妻である。いかんともしがたい相手である。にもかかわらず、「まめ」人間であったはずの薫は、なにかと口実をもうけては、中の君に会い、自分の気持をほの見せる。彼女の方は、その執拗さが煩わしい。

 そこで、異腹の妹・空蝉を薫に紹介することにした。薫は、大君に生き写しの浮舟にすっかり惚れ込んでしまい、結婚しようとする。しかし、同時に宮も浮舟の美しさに魅せられていた。そこで、これを何とか自分のものにしようと画策する。
 危惧を感じた薫は、浮舟を宇治の邸にかくまってしまい、そこで結婚する。
 ところが、宮は、宇治に隠れ住んでいた浮舟を探し出し、強引に契りを結んでしまう。宮は、その後も何度か宇治を訪れ、奔放な情を彼女に注ぐ。浮舟は、宮の官能的な行為に次第に溺れていくようになる。中でも雪をおして、京から宇治まで忍んで行った彼の行動力は、浮舟を感動させた。
 『「あさましうあはれ(驚きあきれるほど、情けが深い)」と、君も思へり』
 さらに、宮は、小舟に彼女をかき抱いて乗せ、雪の宇治川を渡河し、対岸の小屋で二夜を過ごす。このいわゆる「雪の夜の逃避行」は、彼女をすっかり宮のとりことにしてしまい、その呪縛から逃れられなくしてしまうのである。
薫の真面目で誠実な人柄と、宮の官能的・情熱的な愛情の間で、彼女は激しく揺れ動き、煩悶する。薫への罪の意識は、彼女をいても立ってもいられなくする。しかも薫から、宮との関係を知っているかのごとき手紙まできた。

 いかがすべきか。二人のいずれを選んだとしても将来の展望は見えない。暗い深淵が待ち構えているだけである。宇治川の水の音は次第に恐ろしい響きを増してくる。
 「渡し守の子供が、棹をさすのを誤って川に落ちて死んだ」
 「この川で命を落とす者は多い」
などと言う女房たちの話が聞こえてくる。彼女のとるべき道は、もう自らを亡き者にするしかないのである。
 『とてもかくても(どちらにしても)一方一方(薫、宮)につけて、うたてある(嫌な)ことは出で来なん。わが身一つの亡くなりなんのみ、目やすからめ(無難なことであろう)。
 昔は、懸想する人(男)の有様の、いづれとなきに(どちらの愛情が勝っているか決められない時に)、思ひ煩ひてだにこそ、身を投ぐる例もありけれ。永らへば必ず憂きこと見えぬべき身の、亡くならんは、なにか惜しかるべし』
 どちらかを選べばどちらかを裏切ることになる。そうかといって、両方の男を手玉に取るようなそんなしたたかさは、浮舟にあるはずはない。彼女は、「やはらかに(従順で)おほどき(鷹揚)すぎる」女なのだ。方法はただ一つ。

 彼女をここまで追い込んでいったのは、もちろん直接的には宮である。彼は子供の頃から人のものを手に入れようとする「さがない」性格の持ち主であった。親友である薫が、あえて隠しておいた浮舟を探し出し、官能のテクニックをもって、彼女を籠絡してしまったのだから。
 しかし、薫の優柔不断も、また問われなければならない。人の目から隠すまでしなければならないそんなに大切な人であるならば、どうしてもっと頻繁に宇治を訪れなかったのか。この間(浮舟をかくまって、彼女が投身自殺をするまでの半年間)、薫は、たった一度の訪問しかしていないのだ。消息もほとんどしていない。権大納言兼右大将という身分では、そう軽々しい行動はとれなかったとでもいうのだろうか。しかし、第三皇子という匂宮の方が、もっと行動を束縛されていたはずである。

 そもそも薫は、浮舟を本心愛していたのだろうか、疑問である。宇治に彼女を隠したのは、宮から守るということよりも、むしろ大君の形代として見るのには、宇治が格好の場所だと思っただけなのではなかろうか。そこに時折訪ねていって、大君を偲べばいい、くらいにしか思っていなかったのではなかろうか。彼の言葉がそれを現わしているような気がする。
 『細やかにあてなるほどは、(大君を)いとよう思ひ出でられぬべし』
 『(扇に)さし隠して、つつましげに見出だしたるまみなどは、(大君に)いとよく思ひ出でらる』
などと、何かと言えば大君なのである。
 その点では、宮の一途で情熱的な行動の方が、はるかに潔い。
 いずれにしても、今を時めく二人の貴公子に愛されてしまった彼女の美しさが、不幸を呼んでしまったのだ。そうでない女なら問題は起きなかったのだ。もっともそれでは物語にならないが。

 浮舟が宇治川に投身せざるを得かくなるまでの物語の展開は、実に用意周到である。浮舟の行動を誰が責められようか。また浮舟が取ったそれ以外の方法を誰が思い描けるだろうか。紫式部は、そのように、寸分の狂いもなく筋立てをし、浮舟を間違いなく宇治川に追い詰めていったのだ。それは、まさに必然性の蓄積のたまものである。

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