源氏物語

源氏物語たより114

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  再び囲碁のこと  源氏物語たより114

 最近の若者の生活様態の調査結果が発表された。それを見て驚いた。一日平均9時間も「スマホ」をしているという。

寝る時間と仕事の時間を除いたほとんどをスマホに費やしているということである。一瞬、間違いではないかと思ったが、しかし、電車に乗るとほとんどの若者が、スマホを操作しているのを見れば、調査結果は肯けるというものである。私が、車内で携帯電話を操作している若者が多いのを見て、こんな川柳を作ったのは、随分以前のことだ。
 『車内みな親指体操余念なし』
 「一億総白痴」と言われたのは、日本人がテレビ漬けになったころの危惧の言葉だ。でも、テレビは持って歩けないので、後期高齢者以外9時間も見ている人はなかったのではなかろうか。それに比べて、スマートホンは持ち歩き自在だ。歩きながらでも操作できる。
 彼らがどんな内容のものを見ているなのかは知らないけれども、夢中になっているのは、どうもほとんどがゲームのようである。それもテレビで見る限り、怪獣や戦士が出て来て、切った張ったの大立ち回りをするのが大半のようである。その他、自動車レースやスポーツものや恋愛ものなど、いろいろあるようだが、おそらくそこには彼らを夢中にさせるだけの要素があるのだろう。
 一方で、若者たちを夢中にさせるゲーム開発のために、優秀な人材が開発企業に流れているともいう。「あたら優秀な頭脳を・・」と、何かもったいないような気がする。
 とにかく車中で本を読んでいる人などは、絶滅危惧種になったしまったようである。こんなことでいいのだろうか。

 平安人も遊びは好きであった。双六、貝合わせ、弾碁(たぎ おはじきのような遊戯)、偏つぎ(漢字の旁〈つくり〉を出して、それに偏を付ける遊び)、琴、笛など各種楽器・・。

 中でも貴族たちの遊びの中では、囲碁が最も盛んにおこなわれていたようで、源氏物語にも何度も登場する。しかも物語の展開と密接にかかわる重要ものとして出てくるのだから、彼らがいかに囲碁を愛していたかという証明になる。
 囲碁は、縦横19本の線で囲われた361の目を、白、黒の石を交互に打って、地を多く占めるという、まことにシンプルな遊びであるが、それでも打つ人の血を湧きたたせる遊びである。「静かなる肉弾戦」と言ってもいいかもしれない。『碁に凝ると親の死に目に逢わぬ』ということわざがあるほどである。私も以前夢中になった時期があったが、親の死に目には会えた。

 先だって、NHKテレビで子供囲碁大会の決勝が行われていた。棋士は、小学六年生の男の子と女の子である。中盤までは女の子が圧倒していたが、男の子が捨て身で、女の子の地を荒らしに行った。それに対して、解説者が、「ここにだけは打ってはいけませんね」と言っているまさに「ここ」に女の子は打ってしまった。そのために、9目半も彼女は負けてしまった。
 一瞬のことである。一瞬にして天地がひっくり返るドラマが囲碁にはあるのだ。そんな「変化」を平安人は愛したのかもしれない極めて知的なゲームである。スマホのゲームも知的センスを必要とするのかもしれないが、とにかく、それらは一方的に与えられた受け身のゲームである、というところが寂しい限りで、「若者たちよ、そんなに受け身ばかりで大丈夫なの?」と思ってしまうのだが、それは杞憂であろうか。 
 囲碁の良さは、指先だけの反応ではなく、自らの頭脳をフルに働かさなければならないことである。
 また、相手があるということがなによりのことで、相手の心を読み相手の顔色を見ながら、一手一手打つのは、他にない醍醐味である。これこそスマホにはない楽しみであろう。人間関係が希薄になっている現在、何よりも若者に推奨できるものであるし、誰にもあの醍醐味を味わってもらいたいものである。
 中国から伝来したものではあるが、千年以上も昔から打たれ続けてきた日本の伝統的ゲームといっていい。小・中学校の授業や職場の慰安に導入されればと思っている。

 源氏物語には、筋の展開に重要な役割を持つ囲碁の場面が、四つある。
 一つは、『空蝉』の巻で、空蝉と、彼女の義理の娘に当たる軒端荻が打つ場面である。これについては、『賭けごと好きな天平人 たより55』で書いたところである。
 軒端荻は
 『胸あらはに、ぼうぞくなるもてなし』
で打っていたとある。「ばうぞく」とは「だらしない」ということで、乳のところまで胸を広げてだらしない恰好で打っていたということだ。軒端荻が自分の身だしなみにも無頓着な状態になってしまうほど、人を夢中にさせてしまう要素が碁にはあるということでもある。
 光源氏は、この二人の女性と関係を結ぶ。

 二つ目は、源氏の子供・薫が、今上天皇と碁を打つ場面である。天皇は自分の娘・女二の宮を賭けて争うとういうのだから、凄まじい勝負である。これも『たより55』で既に述べたところである。

 三つ目は、玉鬘の娘たちである。娘の大君と妹の中の君が、「桜の木」を賭けて戦っている。この桜の木は、二人にとっては因縁の木で、子供の頃から「私のものよ!」「いえ、私のもの!」と言って争ってきた木である。今は亡き父親は、この桜を大君にと定めて逝ったものであるが、ここで再び、領有権を賭けて争いましょうと言うわけである。まるで尖閣湾である。
 二番勝負は、中の君の勝ちになり、中の君お付きの女房たちは、
 「勝鬨(かちどき)のファンファーレはまだ?」
などと大騒ぎをする。左大臣(故)の邸とは思えないはしゃぎようである。しかし碁を打っている二人は、次の通りしとやかな姫君である。
 大君 「気品に満ち、華やかで、たしなみ深い。桜襲(かさね)の細長の下に山吹襲の袿を着ている」
 中の君「落ち着いていて、思慮深い。すらっとして優美。薄紅梅の小袿(こうちぎ)を着て、柳のようなつややかな黒髪を垂らしている」
 それを、夕霧の子供・蔵人の少将が、廊下の戸の開いているところから覗き見ている。
 『かう、うれしき折を見つけたりけるは、仏などの現はれ給へらんに、参り会ひたらむ心地する』
と、にやりとしながら見ているのだが、彼が、大君にいくら懸想しても、母親の玉鬘は、決して娘を彼に与えようとはしない。そして結局は、歳のはるかに離れている冷泉院に嫁がせてしまう。蔵人の少将は、しぶしぶ現左大臣の娘と結婚する。

 薫と今上天皇の碁の場面と、玉鬘の娘たちの碁の場面は、国宝『源氏物語絵巻』に克明に描かれている。前者は、黒番の帝(?)が、右手をグイと差し延ばし、碁盤の中央にまさに打たんとしているところだ。劣勢を挽回すべく、あの小学六年生の男の子がやったような奇襲作戦に出ているのだろうか。
 後者の絵は、白番が碁石を指に挟んで打とうとしているところである。それを迎え打つ黒番は、既に碁笥の石に手をのばし、「どこにでもお打ちなさい」と、臨戦態勢をとっている。相当の早打ちと見た。
 それを取り巻いて応援している女房たちの表情が、生き生きしている。もっとも戸の陰から、にやりとして見ている男もいるが。とにかく碁は打つ者ばかりか、周囲の者をも燃え上がらせる。
 いずれの絵も非常に緊迫して状況をリアルに描いている。
 さて、最後に、宇治十帖のヒロイン・浮舟の囲碁の場面を見てみよう。

 薫と匂宮という二人の男の愛の間(はざま)で煩悶した浮舟は、ついに宇治川に身を投じる。しかし、対岸に流れ着いて一命を取り留め、初瀬帰りの横川の僧都の妹尼上一行に助けられる。そして、尼上の住まいである比叡山への登り口にある小野の山荘にあずかりの身となる。
 すっかり生きる気力をなくした浮舟は、山荘の人たちの琴の誘いや何にやかやの、温かいもてなしにも応じず、鬱々としているばかりである。
 一方、尼君は、自分の娘を亡くして悲嘆に暮れていたが、浮舟と巡り合い、「娘の生き返り」と喜び、再び、初瀬にお礼参りをすることになった。浮舟も誘ったが、もちろん彼女に行く気はない。
 尼君が留守の時である。浮舟のつれづれを慰めてあげようと、少将の尼という女房が、碁に誘ってみた。なんと予期に反して、浮舟は
 『打たむ』
という様子である。あわてて碁盤を取りにやらせて、二人で打つことになった。自分が後手(実力のある方が後に打ち、白石を持つ)になって打ち出した。するとなんと浮舟の強いこと、手もなくやられてしまった。今度は先手になって打ってみたが、結果は同じこと。驚いた少将の尼は
 『(初瀬に行った)尼上、とく帰らせ給はなむ。この碁見せたてまつらん』
 尼上に早く初瀬から帰ってもらって、浮舟の碁の実力を見てもらいたいということである。尼上は、碁がこよなく強いのだという。兄の横川の僧都も
 『僧都の君、はようより、いみじう好ませ給ひて、「けしゅうはあらず(下手ではない)」と思したりしを、いと棋聖大徳(碁の名人のお坊さん)になりて』
であるという。僧都は昔から碁が大層好きで、「俺は下手ではないと」棋聖気取り。ところが、妹の尼上と打ってみたら、二番打って二番とも負けてしまった。だから
 『棋聖が(僧都の)碁には(あなたは)勝らせ給ふべきなめり。あないみじ』
と、この少将の尼さま大興奮。「べき」には「必ず勝つ」という確信の意味が含まれている。琴に誘っても何に誘っても全く反応しなかった浮舟が、碁には応じてくれただけではなく、何とも強いのである。「あないみじ(ああ、すばらしい)」とこの尼さまが興奮するのも当然である。

 それでも、結局浮舟の心は晴れることはなかった。尼上が初瀬詣での不在の間に、たまたま比叡の山から下りてきて、山荘に立ち寄った僧都に頼み込み、出家してしまうのである。そこで初めて浮舟は精神の安定を得ることができた。

 ここで面白いのは、『往生要集』の著者・恵心僧都源信がモデルだといわれている横川の僧都を、「棋聖」と言っていることだ(もっともそれは自称で、妹の尼上には軽く負けてしまうのだが)。「僧都」と言えば、比叡山では「僧正」に次いで偉い位である。   
 また、横川と言えば、比叡山の中でも最も厳しい修行をするところである。その僧が、好んで碁を打っているというのだから、愉快である。
 はしゃぎ屋の少将の尼さんのことである。浮舟が碁に強いことは、早速尼上に言ったであろう。また、それは僧都にも伝わったはずだ。山籠もりをしながらも、横川の僧都は、浮舟と碁の勝負がしたくて、そわそわしていて、修行もおろそかになったのではあるまいか。そして、その後、山荘に下りてきて、御簾を挟んでの、僧都と若き尼君との碁の勝負が展開されたかもしれない。
 この僧都のモデルになった恵心僧都は、せっかく朝廷から頂戴した僧都の位を数年後には返上してしまうという融通無碍(ゆうずうむげ)の僧侶であった。浮舟と僧都二人の碁の対決は間違いなくあったはずだ。妹尼上や少将の尼なども一緒になって、
 「ファンファーレはまだ?」
などとやっていたかもしれない。
 囲碁は、思わぬ恋を成就させたり、男の心を切なく締め上げたり、人と人との絆を深くさせたりしてきたのだ。
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