源氏物語

源氏物語130

 ←源氏物語たより129 →源氏物語たより131
  朧月夜との出逢い 偶然を必然に 源氏物語たより130

 光源氏が、朧月夜と出逢ったのはほんの偶然である。しかし、物語を読んでいるとそれを偶然と感じないのだ。二人は会うべくして会った、と思わせてしまう魔力のようなものが紫式部の筆にはある。


 二人が出逢ったのは、
 『月いと明うさし出でて、をかしき』
晩であった。美しく輝く月は、人の心を浮き立たせ、この世のものではない幻想世界を演出する。以前、
 「月がとっても青いから 遠回りして帰ろ」
という歌があったが、この歌が、そのあたりの事情をよく語っている。情緒豊かな月の光は、人を尋常な気持ちではいられなくさせてしまい、このまままっすぐ家に帰ってしまうには忍びない思いにさせてしまうものだ。この夜の源氏もまさにそういう気分にさせられていたのだ。
 でも、二人の出逢いを演出したのは月だけではない。細かに見ていくと、二人が出逢うための条件が実に周到に張り巡らされていることに気づく。
 源氏はこの日の昼、紫宸殿で行われた『花の宴』に参列し、華やかな楽を聞き、また自らも「春の鶯さへずる」という舞を舞っている。そのために非常に高揚した気分でいたのである。それに、宴の
 『ゑひ心地』
まで加わっていた。「酒」を聞こし召していたのである。酒は、月以上に人の心を浮き立たせ、尋常ではない心理状態にさせる。
 月、宴、酒と、これでそぞろ歩きの条件は完璧にそろった。これだけ条件がそろっていて、「遠回り」もしないで、自分の家に帰ってしまうような野暮はいない。
 昼、源氏の舞った「春の鶯さへずる」舞を、藤壺宮も紫宸殿の特等席で見ていられた。源氏がこの上なくお慕いしているお方である。今は中宮として帝のお隣に席を取られている。中宮と言う立場になってしまっては、源氏もやすやすお会いできるものではない。しかし源氏の舞を、宮も複雑な気持ちで見ていてくれたはずである。

 花の宴が果てて、藤壺宮は、自分の殿舎である藤壺に戻られた。彼は思う。
 『かやうに思ひかけぬ程に、もしさりぬべき隙もやある』
 こんな機会に偶然あのお方にお会いできる機会がありはしまいか、というのである。月もよし、酔い心地も手伝って、彼は藤壺の殿舎の辺りをさ迷い歩く。しかし、殿舎の戸はどこもピタリと締まっていて、付け入るすきもない。「さすがに注意深く思慮深いお方である」と感心しながら、それでもこのままわが部屋に帰ってしまうわけにもいかない。それではお月様に笑われてしまういというものである。
 彼は、藤壺の殿舎に隣接する「弘徽殿」の殿舎に回った。すると、なんと三の口が開いているではないか。しかもその奥の「くるる戸」さえ開いている。
 『かやうにて、世の中のあやまちはするぞかし』
 「こんな不用心なことだから、男女(世の中)の間違いが起こるのだ」と彼は内心思いながら、こともあろうに、弘徽殿の殿舎に上がり込んでしまい、自ら積極的に「世の中のあやまち」を犯してしまうのだから、語るに落ちるである。

 細殿に上がり込むと、あなたから若々しい声で歌を詠いながらやってくる女がいるではないか。
 『朧月夜に似るものぞなき』
などとのどかに詠ってやって来る。彼女も、美しい月の情趣に忍びがたくて、弘徽殿の細殿を彷徨っていたようである。源氏は、
 『いと嬉しくて、ふと袖をとらへ給』
いて、甘やかな過ちを犯してしまうのである。
 二人が出逢うまでのいきさつには、いささかの無理もない。実に自然に会うべくして会ったのである。三の口の戸が開いていたのは、朧月夜が開けたものであろう。おそらく先ほどまで月を眺めていたのだ。そこで源氏はこんな歌を彼女に詠いかける。
 『深き夜のあはれを知るも入る月のおぼろげならぬ契りとぞ思ふ』
 月を愛でる者同士が、今夜ここでこうして巡り合うというのは、半端ではない前世からの宿縁があるからですよ、というのである。「おぼろげならぬ」とは「いい加減でない」と言う意味で、「朧月夜」の「おぼろ」と掛けてある。確かにこれだけ条件がそろっていたのでは、二人が巡り会わない方が不自然というものである。

 私は旅行が好きで、日本全国行っていないところがないほどなのだが、これほど旅行をしていても、旅行先で知り合いに出会うことはまずない。出会ったのはわずかに一度だけである。それは飛騨高山に行った時のことである。
 前の晩は宴会で酒が随分まわっていて、その朝は、仲間はみんな眠りこけていた。私も酒の残りはまだまだあったが、「せっかく高山に来たのなら朝市を」と思っていたので、押して早朝の宿を出た。
 川のほとりを歩いていると、向こうから来た男がこちらに向かって手を振る。なんとそれは教え子であった。彼も「せっかく高山にきたのだから」と朝市を見てきたところだという。
 これをもって、源氏と朧月夜の巡り逢いになずらえるのには、いささか気の引ける例ではあるが、それでも、その後、彼の結婚の仲人などをしたところを見るとやはり「おぼろげならぬ」宿縁のようなものがあったのだ。つまり、私と彼とは「高山=朝市」という興味関心と認識を共有していたことが、必然の巡り合いを可能ならしめたのだ。もちろんいまだに彼とは付き合いがある。

 いずれにしても、朧月夜と源氏の偶然のような巡り合いには、このような「必然性」の積み重ねがあったのだ。
 それにこの巡り合いには、もう一つ、光源氏という男の、大胆さ、不逞さ、好色さが作用している。
 弘徽殿の女御は、源氏の宿敵である。後に源氏が須磨に流されたのも、弘徽殿の女御によってである。つまり弘徽殿の殿舎は、敵の巣窟なのである。
 そこに平気で乗り込む不敵さ大胆さ。そして弘徽殿の女御の姉妹のだれかであることを承知の上での狼藉、不逞さ。また、彼女を抱き下ろして戸をぴたりと閉めてことに及ぶという不埒さ、好色さ。これは源氏でなければできない芸当である。この大胆さ不逞さ好色さは、若き源氏の御本性なのである。朧月夜に限らず、空蝉もこの御本性によって犯された。でもこの御本性があったからこそ、出逢いが可能だったのだ。
 このように、二人の出逢いは見事な軌動の上に成り立っていて、何の奇異さも不審も感じさせないのである。
 『玉鬘』の巻に、二十年も筑紫にいた玉鬘が、やっと上京してきて、長谷寺でかつての女房・右近と劇的な再会を果たすという場面がある。そんな奇跡的なことがあろうかと思ってしまうのだが、それは単なる奇跡ではなかった。右近は、玉鬘を探すべく
 『この寺になむ、たびたび詣で』
ていたのである。一、二度来たというのではないのである。それに、何としても玉鬘を探し出したいという強い願望が、長谷観音の験を引き出したのであって、この巡り合いは奇跡でも偶然でもないのである。

 紫式部は、物語の筋の展開に、執拗なほど神経を使った。読者から「え、そんな馬鹿な!」と指摘されることを非常に恐れていたようである。偶然に偶然を重ねていくような物語は三文小説かおとぎ話である。源氏物語が世界に優れた作品といわれる所以はこんなところにもあるのである。

もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより129】へ
  • 【源氏物語たより131】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより129】へ
  • 【源氏物語たより131】へ