源氏物語

源氏物語 たより1

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   夕顔の正体見たり 源氏物語とはず語り1 

 藤沢にジュンク堂という大きな書店がある。この書店には古典関係の書籍も多く置かられているのでよく行く。今日も、二冊買ってきた。その一冊が清水婦久子という人の『光源氏と夕顔』(新典社新書)である。
藤沢駅で快速急行に乗るやさっそく読みだした。これが誠に面白く、私が日頃疑問に思っていたことが見事に解き明かされている。

 「そうか!」「やぱりな!」「どうもおかしいと思ったよ!」
と、膝を打ち足を踏み鳴らして読みふけっていた。湘南台駅で各駅に乗り換えなければならないのも忘れるほどに読みふけっていて、あわてて席を立ったら、隣にいた奥さんに声をかけられた。
 「忘れ物ですよ。」
もう一冊の本を座席に置いたまま降りようとしたのだった。
 各駅に乗り換えるや、また読み出し「そうか!」「やっぱり!」を繰り返していたら、いつの間にか桜ヶ丘駅に着いていた。
 「あれ、“桜ヶ丘”?桜ヶ丘って、なんだけ?」
なんと桜ヶ丘駅は私の降りるべき駅であった。それほどに『光源氏と夕顔』の魅力に引き込まれ没頭していたのだ。

 『夕顔』の巻は、雨夜の品定めで、頭中将や左馬頭の語る「中流階級の女性の魅力」の話に触発された光源氏が、さっそく受領階級の妻である“空蝉”に関心を寄せ、盛んに働きかけをしていたのと時を同じくして、京の五条あたりでふと見出した女性に心惹かれていくという、美しくもはかない好短編である。
 この巻は、内容的にもサスペンスふうの奇妙さと不可解さを含み、解釈上でも多くの問題点を持っている。なんど解説書や現代語訳を見ても、いつも疑問は残ったままでいた。清水婦久子の『光源氏と夕顔』は、従来の解釈上の問題点を容赦なく暴き出し、見事に、そして明快に解き明かしてくれた。「これこそ間違いのない解釈だ」と、溜飲の下がる思いであった。

 それではこの巻の内容をもう少しみておこう。
 ある夏の日、源氏は、忠実な家臣・惟光の母(源氏の乳母)が病気だということで、これを見舞った。惟光の家の門が開くまでの間に、隣家の切懸け(板塀)に咲く白い花に心惹かれる。今までに見たこともない花である。こんなむさ苦しい通りの賤しい家の切懸けに咲く花、一体なんという花であろうかと思い、源氏はふとひとりごつ。
 「をちこち人にもの申す」
 これは古今和歌集の旋頭歌(1107番)
 『うちわたすをちこち人にもの申すわれ そのそこに白く咲ける花はなにの花ぞも』
を引いたつぶやきで
 「そちらの遠くにいる方!そこに咲いている白い花は、なんという花の名か教えください」
という意味である。さらに興味を示した源氏は、その白い花を一枝所望してまいれと従者に言いつける。すると隣家の女童(めのわらわ)が、女主(おんなあるじ)の言いつけで、うるわしく香をたきしめた白い扇を差し出し、
 『これに置きて参らせよ。枝もなさけなめげなる花を』
 (花もはかなげなものだし、その枝も風情がなさそうに見える花でございますから、この扇に乗せてあなたの御主人様に差し上げて下さい)
という意味である。扇には気品にみちた趣のある筆致で次の歌が書かれていた。
 
 『心あてにそれかとぞ見る 白露の光添えたる夕顔の花』

 女主のこの歌と所作の風趣にひかれた源氏は、この女にいたく心惹かれる。そしてその後、互いに身分を隠したまま交際を続けていく。その秋、この女を六条にある広大な荒れ屋敷に誘い、そこでようやく身分を打ち解けて恋を語り合うが、その夜、物の怪に襲われ、女は急死してしまう。わずか一月ばかりの逢瀬であった。この巻を“夕顔”という。

 ところで、この歌の解釈に問題があり、はたしてこんな訳でいいのだろうかと、いつも不審な思いにかられながら読んでいた。たとえば、
 「あて推量で、源氏の君かとどうも私は見ます。白露が光沢をそえている夕顔の花の如き顔の美しい方を」 
                                (岩波書店 山岸徳平校注 日本古典文学大系 )
 「あるいはあのお方 源氏の君ではないかしら。白露に濡れ濡れてひとしお美しく光をました夕顔の花のようなお顔は。」                                 (講談社 瀬戸内寂聴)
 また、最近刊行された林望の『謹訳源氏物語』(祥伝社)も同じような訳だったので、その個所に「x」をつけておいたほどである。
 そもそも通りすがりの男を、即《光源氏だ》と判断できるものだろうか。確かに当時源氏は、美男の貴公子として有名で、世間に知れ渡っていた。しかし、この時の源氏は、愛人の六条御息所を訪れるということが本当の目的であり、
 『御車もいたくやつして、先もおわせ給わず(目立たないようにみすぼらしくし、先払いもおかずに)』
いたのだ。おそらく衣装もやつしたものであったはずだし、源氏自身『誰とか知らなむ』(このあたりの人は、私を誰だと知ることもあるまい)と思っていたのである。しかもたそがれ時でもある。いくら家の門に、光り輝くほどの美男が立ったとしても、そう簡単に光源氏だと判断できるはずはない。

 この箇所は、女主(以下夕顔という)の妖しい行動、つまり、女の方から歌を男に読みかけるということ、また、夕顔の屋敷の女房達が盛んに通りを覗いているなどという理由から、《夕顔娼婦説》まで出ている。三省堂の『源氏物語ハンドブック』(鈴木日出男編)には次のよう記されている。
 「互いに自分が誰であるかを知らせないまま、逢瀬を繰り返すようになり、二人は次第に官能の世界にのめりこんでいく、それは、素性を口にしないまま旅人の一夜の歓楽の相手となる遊女のあり方とも似ている。」
 また、服飾の専門家で服装の面から源氏物語を説いている近藤富枝は、『服装から見た源氏物語』(文化出版局)の中で、
「(夕顔は)なぜ白い扇に歌を書いて光に渡したのかということである。その答えとして二つある。
 1は、新しいパトロンを見つけようとした夕顔の娼婦性 
 2は、夕顔が、五条通りに車を止め我が家をうかがっているかに見えた車の主を、頭中将(かつての夕顔の愛人)と間違えた    ため」
と上げ、近藤自身は、2の考えを推しているが、夕顔の娼婦性についても否定してはいない。さらに『源氏物語評釈』(角川書店)の著者・玉上琢弥は、女から男に歌を読みかけることなどはありえないのだからということで、
 「この女あるじは、『源氏物語』の中でも無類のはにかみ屋であって、一目見た路上の人に、こんな歌を贈るべき人ではない。が、この歌がなくては、この巻の話は起こらないので、この一事は作者の無理、失策なのであろう」
と述べ、さらに別のところでは、ご丁寧にも次のように言っている。
 「この女が、こう積極的に出たろうとは思えないので、作者の失策であろうと考えられる。この巻では、無理な筋の運びがないではないので、これもその一つかと思われる。」
 なんと、この歌のやり取りを紫式部の“失策”としてしまった。
 一方、山岸徳平は、『日本古典文学大系』(岩波書店)の中で、次のように述べている。
 「紫式部の構想には何ら矛盾も混乱もない」
 実は、『日本古典文学大系』は、私が大学時代に、鈴木一雄氏の源氏物語の授業のテキストとして使ったもので、当時は大層権威ある源氏物語解説書と信じていたのだが、今使ってみると、疑問だらけ間違いだらけで、訳文そのものが日本語としてこなれていず、何を言っているのかさっぱり意味の通じないところが無数にある。そういう山岸徳平でさえ、紫式部の物語の構想がいかに確かであるかを言っているのだ。

 この部分が失策であろうはずはない。それは、解釈の不十分さからくる、身勝手な解釈にしか過ぎない。まして夕顔が、遊女や娼婦などであろうはずはないのだ。鄙なるもの、不粋なるもの、非常識なるものを徹底して排斥した源氏が、娼婦風情に心惹かれるはずはない。ここには何か大きな間違いがある。この疑問を清水婦久子は見事に解明してくれた。その論求はひとまず置くとして、この巻にはもう一か所不可解な部分がある。やはり歌に関するものである。

 『光ありと見し夕顔の上露はたそがれ時のそら目なりけり』

 二人は、深く付き合うようになっても、互いに身分を隠して逢い続けていた。特に源氏は顔を隠して逢っていたのである。ある日、源氏は、狭苦しい五条の屋敷から、六条にある広大な荒れ屋敷に彼女を連れだした。そこで初めて素顔を夕顔に見せた。
 「初めて会った時にあなたは、私を『光あり』と見てくれましたが、こうして顔を見せて、袴の紐を解くほどに親しくなった今、どういう印象を私に対して持ちましたか」
と、その印象を尋ねた時の夕顔の返歌である。この歌の「たそがれ時のそら目なりけり」の部分が、従来のどの解説書も、どの現代語訳も、みな一様にまこと不可解な訳し方をしているのだ。
 中央公論社の谷崎潤一郎訳では
 「たそがれ時の見損ないで、今お目にかかってみれば、たいしたことありません」  
と訳し、先の日本古典文学大系や源氏物語評釈あるいは小学館の『 日本の古典』などはみな、
 「あのほの暗い夕暮れに見た私の見損ないでした」
と訳している。そして、橋本治著『窯変源氏物語』(中央公論社)ではなんと次のように訳している。
 「“たいしたことないのね。”“こら!” 私は女を抱きしめた」
と訳しているのだ。

 多くの学者や作家が、この歌は夕顔が「戯れに言ったもの」と捉えているのだが、夕顔は戯れを言うような女であったのか。彼女の人となりを本文の中からいくつか拾ってみよう。
 「人のけはいいとあさましくやはらかにおおどきて(従順でおっとり)」
 「ひたぶるに従う心はいとあわれげなる人(しみじみとしっとりした)」
 「細やかにたおたおとして(小柄でしなやかで)」
 「世馴れたる人ともおぼえね」
 このような女が、稀代の美男の貴公子・光源氏を前にして、「たいしたことないのね」などと言うはずはない。この時源氏は自分の身分を明かしたはずで、初めて夕顔の目の前で素顔を見せた。それは、まさに光り輝くほどの清らな姿で、彼女は、容姿といい身分といい、自分とのあまりの隔たりに愕然とし、言葉もなかったはずだが、それでもかろうじて答えた。
 「たそがれ時のそら目なりけり」
 ~最初にお見受けした時は、あやしき大路の賤しい我が家の切懸けに咲いていた夕顔の花(私)に、あなた様は目を止めてくださいました。誰からも顧みられることのない花(私)風情に、光を添えてくださったことに、たとえようもなく嬉しさを感じたのですが、今こうして清らな、そしてこのうえない高貴なお姿を拝見してみますと、私ごときに目を止めていただいたと思ったこと自体、とんだ思い違いでありました~。
 この後、源氏は夕顔の素性を問う。が、彼女は決して自分の身を明かそうとせず、ただ『海人の子なれば(貧しい身の上で名もありません)』と答えるだけで、その夜、夕顔の花のようにはかなくなってしまった。

 ここまで来て、最初の『心あてに』の歌とともに、二つの歌の意味が、大分はっきりしてきた。従来みな“夕顔の花”を“光源氏”と捉えてきたところに大きな間違いが起こったのだ。清水婦久子が言うように、名も知らないような、場末に咲く花を光源氏と見立てるのは失敬千万というものである。つまり夕顔の花は、この家の女主に他ならないのだ。 
 それでは、二つの歌に対する清水婦久子の解釈をここに意訳しておこう。
 
 『心あてに』の歌は、
 夕顔が道行く男に図々しく歌を贈ったものではなく、源氏の『をちこち人にもの申す』というひとり言に対して、「たそがれ時で、しかも白い花の上に素晴らしい光(源氏)が当たっていて、はっきりとはいたしませんが、あて推量で言えば、その花は《夕顔の花》と申すものでございます」
と答えたものである。貴人の問いに答えるのは当然の作法であり、しかも「あなた様は、日ごろ誰からも顧みられることのないはかない夕顔の花(私)に素晴らしい光を与えてくださいました」と自らを卑下するとともに、相手を讃えて答えたものである。
 夕顔の花を光源氏としたりしている通説は、物語の流れと歌との関係を無視して、複雑に解釈しすぎたものである。
 『光ありと』の歌は、
 「あなた様は、私と親しい関係になったとおっしゃいますが、光に輝く露が、夕顔のような卑しい花(私)の上に注がれるはずはありません。前に『白露に光そえたる』と申しましたのは、人の顔の区別もつかないたそがれ時の見間違いだと気づきました。」
と高貴な男の愛にたいして、疑いの気持ちを持って応えたものである」  

 ともかく、夕顔は、図々しい女でもまして娼婦などでもなかったのである。むしろ自らを知る控えめな女性で、しかも古今和歌集を熟知し、その筆跡も見事な、教養豊かで、時と所を心得えた女性であったのだ。それゆえ源氏の心を深く捉えたのである。それが夕顔の正体であった。
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