源氏物語

源氏物語たより131

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  スーパーヒーロー光源氏 源氏物語たより131

 光源氏が、何事に関しても超一流であることは今更言うまでもないことである。彼の容姿は、誰が見ても「はづかしくなる」ほどであった。「はづかし」とは、「相手があまりに優れていて、こちらがきまり悪くなるほどだ」という意味で、それほどに素晴らしいということである。管弦、書、舞踊、絵画、漢詩、香道・・どの道にしろ、彼の場合は一流ならざるはなしなのである。


 その上、弁舌爽やかときているので、「鬼に金棒」という言葉は彼のためにあるようなものである。『花宴』の巻に、漢詩の
「題」を頂戴した時に、源氏が
 『“春”という文字たまわれり』
と、群衆に向かって告げる。その声が、また『例の人に異な』る素晴らしい声だったという。声までもいいのだ。前年の、『紅葉賀』で、源氏は「青海波」を舞った。彼の舞の凄さに、人々は涙を禁じえなかったのだが、その時、彼が歌を詠じた声も、『仏の迦陵頻伽の声』だったと表現されている。「迦陵頻伽(かりょうびんが)」とは、極楽に住む鳥のことで、その声は微妙甚深にして「妙音鳥」とも言われ、仏の響きを持つのだそうだ。源氏の声は、その迦陵頻伽の如くであったというのである。

 さて、「花の宴」とは、紫宸殿の前の左近の桜の満開を祝して行われる宴である。「“春”という文字たまわれり」とは、この宴で「探韻」が行われた時のことである。
 花の宴では、管弦はもとより舞踊、酒宴など、王朝の雅を尽くしたさまざまな催しが行われる。その中の一つに
 『探韻』
という催しがある。漢詩を作るのである。ただし、各自勝手に漢詩を作ればいいというわけではない。紫宸殿の前に設置された箱の中から、それぞれが、帝が用意した「題」を探し出し、その題に則って詩を作らなければならないのである。したがって、事前に準備をしておくというわけにはいかず、参加した貴族たちにとっては難儀なことである。
 しかも、漢詩にはルールがあり、『韻』を踏んだ詩を作らなければならないのだ。
 源氏の場合は、「春」という文字を天皇から賜った。したがって「シュン」という韻を踏んだ漢詩を作らなければならないということである。それでは、「韻を踏む」とはどういうことなのか、杜甫の『春望』という漢詩を例にして見てみよう。
 
 国破山河在 (国破れて 山河在り)
 城春草木深 (城春にして 草木深し)
 感時花濺涙 (時に感じては 花にも涙を注ぎ)
 恨別鳥驚心 (別れを恨んでは 鳥にも心を驚かす
 峰火連三月 (峰火 三月に連らなり)
 家書抵万金 (家書 万金にあたる)
 白頭掻更短 (白頭 掻(か)けばさらに短かく)
 渾欲不勝簪 (すべて簪に勝(た)えざらんとほっす)
 
 この詩は、唐詩の中でもとりわけ有名な詩で、高校の教科書などにも必ず載せられているし、芭蕉も『奥の細道』の「夏草や兵どもが夢の跡」のところで、この詩を引用しているほど、日本人にはなじみのものである。
 この詩は、一行(句)が五文字でできていて、全部で八行(句)ある。これを五言律詩という。ついでに、七文字、四行(句)のものを七言絶句という。
 律詩の場合は、偶数行の最後の文字(句脚という)の韻を揃えなければならない。
 『春望』で見てみると、二、四、六、八句の句脚は、
 「深(しん)」「心(しん)」「金(きん)」「簪(しん)」
で、いずれも音の最後が「ン」である。このように偶数句の音を揃えることを「韻を踏む」という。
 源氏の場合は「春」という文字を賜ったので、「シュン」の「ン」で偶数句を揃えていかなければならないということである。

 実は漢詩を作るには、韻だけでなく、三句と四句、および五句と六句は対句になっていなければならないという決まりもある。『春望』で見ると、三句は「時に感じては花にも涙を注ぎ」とあり、四句は「別れを恨んでは鳥にも心を驚かす」とある。これ全体が対句になっているのだが、個々にもみな対である。「時」に対して「別れ」が、「感じて」に対して「恨んで」が、「花」に対しては「鳥」が、「濺涙」に対しては「驚心」が・・という具合である。
 このように漢詩を作るには、さまざまな制約があって簡単なものではない。

 ところが、源氏は見事な詩を作り上げてしまうのである。漢文の博士どもが、できた詩を一つ一つ講評をする。やがて源氏の詩の番になった。
 『源氏の君の御をば、講師も、え読みやらず、句ごとに詠(ず)しののしる。博士どもの心にも、いみじう思へり』
 源氏の詩が、あまりにも優れているので、漢学の博士どもは、すらっと読むことができずに、一句ごとに、感に堪えたように「この韻の踏み方が、実に独特である」とか「この文字をここに配したことは、誠に信じられないテクニックである」とか言って大騒ぎをしているのである。
 講師どもには、源氏が天皇の寵児であり、天皇になる可能性さえあるので、「褒めておけば間違いない」という思惑は多分にあったであろう。それに、彼を誉めておけば、天皇からの「禄」はたっぷりという計算もある。だから、探韻の出来をもって、安易に「源氏は凄い!」と考えてはいけないのだが、それでも、五十四帖という超長編小説の主人公たるものは、欠点の多い人物ではとても持ちこたえられない。光源氏は、常に「望月」の如くであるべきで、欠けているところがあってはならないのである。

 彼の唯一の欠点と言えば「好色」ということであろう。好色は、彼の善処であるとともに、彼自身を斜陽の境遇に引き込んだ元凶でもある。朧月夜との関係で、須磨でのわび住まいを余儀なくさせられたし、後年、やはり朧月夜との密会が、紫上を苦悩の淵に追い込んでしまった。また、紫上を発病させ死に至らしめたのも、女三宮との無理な結婚、いわば彼の好色が原因である。
 でも、その好色でさえ、源氏の「超人」たるしるしで、好色なくして源氏なしで、それこそもっとも彼に相応しい資質の一つなのである。
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