源氏物語

源氏物語たより132

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  贈り物に宿る霊  源氏物語たより132

 『古事記』の講義で面白い話があった。古代においては「贈り物」がどういう意味を持っていたかという話である。源氏物語にも贈り物の話が盛んに出てくるので、大変参考になった。


 古代において、人から人への物の授受は、「物々交換」から始まったというのが常識であるが、講師は、そうではないという。『贈与交換』こそ、最も古い授受の形であったのだそうだ。さて、どういうことであろうか。
 古代においては、人が物を贈る際は、必ず相手からの見返りを求めていたというのだ。見返りなしの贈与はありえなかった。というのは、贈り物には一種の「霊」がついていて、その「霊」は贈り主のところに帰りたがっているからなのだそうだ。
 贈られてきた物は素直にいただいていい。煮ても焼いても食べてしまってもいい。ただ贈り物に宿っている霊まで食べてしまってはいけない。贈られた者は、その霊をつけて必ず相手にそのお返しをしなければならないものだったというのである。
 講師は、古事記の「海彦・山彦」を例に上げて説明された。
 海彦が貸し与えた釣り針を、山彦がなくしてしまうという有名な話だが、山彦が、なくしてしまった釣り針の代わりに、それ以上素晴らしい針を作って返すからと言っても、海彦は決してそれを許そうとしなかった。それは、貸した針には霊が宿っていて、持ち主のところ(海彦のところ)に戻りたいという念を持っているからだというのである。山彦は、釣り針に宿っていた霊までもなくしてしまったのだ。その霊に代わるものはないのである。

 まことに示唆に富んだ話で、現代にも十分生きる教訓である。
 「物をもらったらお返しをせよ」
 現在のお歳暮にしてもそうだ、という。お歳暮は単に相手に物を贈るというのではない。贈り主は、必ず何らかの見返りがあることを期待している。バレンタインのチョコレートも同じ意味を持っている。チョコレートをもらった人は、それを食べていいことは当然であるが、そのお返しを忘れてはならない、というのである。

 源氏物語にも実にさまざまな「贈り物」の場面が出てくる。多くは上位の者から下位の者への贈り物である。たとえば帝から臣下へ、あるいは光源氏から目下の者へ、という具合である。ただ、源氏物語の場合は「上から下へ」の贈り物がおもなので、その逆のことが語られることは少ない。
 とにかく上の者は、下の者に対して贈り物をしておくことで、いずれ何らかの「お返し」がなされることを意識していたはずである。この問題は最後に述べることにする。 

 彼らの贈り物はみな超一流のものばかりであったのだが、それではどんな場面で、どんなものが贈られているのかをまず見てみることにしよう。
 贈る場面は、管弦や舞踊の折や御賀の折や祝宴の折、あるいは手紙などを持ってきた使いに・・などさまざまである。
 贈り物の多くは『装束』である。それも女の装束をかずけるのが「重い禄」であったようである。男も、女の装束を戴いて、それを肩に掛けて退出する。装束を肩に被(かず)けるところから、これを「かづける」という。
 源氏が、大堰川(おおいがわ)の明石君を尋ねていた時に、上達部などが、「源氏の君が大堰にいる」というのを聞き込んで大挙してやってきた。そして桂川のほとりで大宴会になった。
 ところが、源氏には、せっかくやって来た上達部などへの「かづけもの」の用意がなかった。そこで、明石君にありあわせのものでいいから何か用意するようにと伝える。
 『ここにはまうけの物(かづけもののこと)もさぶらはざりければ、大堰にわざとならぬまうけの物や、と言ひ遣りたり』
 すると明石君のところから「衣櫃(きぬびつ)ふたかけ」が届いた。装束が入った櫃が二棹も届いたというのだからすごいものである。明石君の父親・明石入道は、元播磨の受領なので、経済的にはこればかりは物の数ではないのだ。櫃の中の衣物も超一流のものばかりであったことであろう。源氏はこれをみんなに贈った。
 『(禄の)物ども、しなじな(身分ごとに)かづけて、霧の絶え間に立ち交じりたるも、前栽の花に見えまがひたる色合ひなど、ことにめでたし』
 かづけものを戴いた連中は、それを肩に掛けて退出して行く。それがあたかも前栽の花のように美しく見えたというのだから、その豪華さのほどが想像できる。
 源氏は、これとは別に歌のうまい舎人に自ら着ていた衣を脱いでかづけている。源氏の着ていたものだから、どれほど上等なものであるかは言うまでもない。もらった舎人は今後も一層歌に精進し、その声をもって源氏に仕えることであろう。
 巻絹(一反)をかづけることもある。この場合には、腰にさして帰る。

 贈り物に関する面白い場面を紹介しよう。
 源氏の子・夕霧が大学に入り、「大学寮の試験」を受けることになった。その結果、素晴らしい成績だったので、夕霧を指導した漢学博士を呼んで、源氏が禄を賜う場面がある。
 『御かへりみを賜りて、この君(源氏)の御徳にたちまち身をかへたると思へば、まして行く先は並ぶ人なきおぼえぞ、あらんかし』
 漢学博士などと言えば、もともと貧乏で、食うや食わずの状態である。それが、源氏からまたとないほどの禄(かへりみ)を戴いたので、この博士、今までの困窮からすっかり立ち直っ(身をかへ)てしまったというのである。それだけではない、今後の生活も安泰だというのだから、脅威の贈り物だったのだ。
 お陰で、夕顔はわずか半年で大学を卒業することができた。

 何かの使いをしてくれた者に、酒を振る舞うことも多い。酒も一種のかづけものである。源氏の手紙を明石君に運んできた使いに、明石入道は酒を振る舞う。
 『いとまばゆきまで酔はす』
のである。この手紙で、源氏と娘が間違いなく結婚するであろうことを喜んだ明石入道は、使いをいたく酔うまで歓待したのだ。酒好きにとってはたまらないし、酒以外にもたんまりかづけものがあったことだろうから、使いの者は、ひと財産ができたかもしれない。この使いの者、今後も源氏や明石入道のために、一意専心働き、身を投げ出すことであろう。
 上の者が下の者に厚くかづけものをしておけば、いずれ見返りがある。下の者もまた同じである。上の者に贈り物をしておけば、何かの時に役に立つのだ。ギブ&テイクである。
 源氏が六条院をわずか一年で完成させてしまったのも、彼が日頃目をかけていた受領たちが率先して請け負ったからだ。受領たちもまた、源氏のために働いておけば、さらに実入りのいいお返りがあるのだ。たとえば大国の受領などが保証される。

 最後に奇妙な贈り物の話を上げておこう。
 源氏が、紀伊守の家に方違えに行った時に、たまたまそこに来ていた空蝉と情を交わすことができた。しかしあれは「たまたま」であろうか。
 空蝉は、紀伊守の父親・伊予介の妻である。つまり、紀伊守にとっては義母にあたる。恐らく紀伊守が、こっそり義母を源氏に捧げたのだ。というのは、源氏が、その夕、紀伊守に妙な要求をしているからだ。
 「せっかく私が来ているというのに、お肴の用意もないというのでは、殺風景というものであろう」
と言うのである。この「お肴」は「女」ということを暗示している。これを聞いた紀伊守は、権力者・源氏の前にかしこまらざるを得ない。その夜、源氏の「御座(おまし)」を空蝉の隣の部屋に設けたのである。そして二つの部屋を仕切るふすまのカギを外しておいたのも紀伊守である。
 もし、空蝉が源氏へのかづけものだったとすれば、前代未聞の「贈り物」ということになるのだが、私の思い過ごしであろうか。とにかくその後の紀伊守の将来は安泰だったのである。

 『贈与交換』は、現代の社会でも、さまざま形を変えて生きている。特に政治家への贈与などには、大変な「霊」がついているはずである。
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