源氏物語

源氏物語たより140

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  星はいずこへ  源氏物語たより140

 源氏物語にあれほど頻出する月に比べて、星の影のなんとまばらなことか。源氏物語に星が登場するのは、わずかに八回にすぎない。しかもそのいずれもが星をまともに描いたものではない。


 まず『末摘花』の星を見てみよう。こうある。
 『八月二十余日、宵過ぐるまで待たるる月の心もとなきに、星の輝きばかりさやけく、松の梢吹く風の音、心細くて』
 光源氏が、初めて直接末摘花に会うという宵のことである。ここでは、光源氏が待っているのは月であって、星は“刺身の妻”に過ぎない。いやむしろ、星は「輝きばかりさやけく」といわれているように、どちらかと言えば余計な存在として扱われているのだ。この後『月やうやう出で』きてから、光源氏の本格的な好色が始まるのである。
 『明石』の巻では、光源氏が須磨に退去している時の嵐の場面に星は登場する。何日も荒れ狂う風、雨、波に翻弄されていた光源氏は、
 『やうやう風なほり、雨の脚しめり、星の見ゆる』
時になって、やっと落ち着きを取り戻した。でも、光源氏が本当に落ち着くのは『月さし出でて』からである。まだ名残りの波は岸に荒く打ち寄せているものの、柴の戸をおし開けて、月に映える外の気色を見回す余裕が出てきたのである。
 また、『浮舟』の巻に、雪の降った様子が、星の光に頼りなく見える様が描かれ、『薄雲』の巻には、太政大臣の死にあたって『天つ空に例にたがえる月日星の光見え』とあるくらいである。
 『幻』、『総角』、『東屋』の巻にも星は登場するが、いずれも「七夕」にまつわるもので、星そのものとは言えない。そしてもう一つ『末摘花』の巻に出てくる星は、比喩として利用されているだけである。

 源氏物語では、純粋に星の美しさを鑑賞したり、その情緒に浸ったりするなどということは皆無である。これはどういうことなのだろうか。月に比べたら、星など問題にもならないものということなのだろうか。
 確かに月の表情は、星に比べればはるかに豊かであり微妙である。夜毎の満ち欠けは言うまでもなく、毎晩月の出は違う。そのため「十六夜」になったり「立待ち月」になったりするのだ。それも、雲や風や雪や靄などの気象状況によってさまざまに姿を変えて行く。また所により時により、月は刻々と表情を変えて止まない。平安人は「移りゆくもの」に異常なほどの関心を示しているから、それを象徴するような月に心惹かれるのは当然である。

 でも、星だって、捨てたものではなかろう、と思う。冬の夜のオリオンの輝き、オリオンの近くに仲良く並ぶ双子座や、狼の瞳のようにらんらんと全天一明るく輝くシリウスなどは、見る人に「あはれ」を深くさせる星ではないか。
 秋のスバル、夏の大三角、あるいは北極星や北斗七星、カシオペア、また流星、数え上げれば、魅力ある星に限りはない。
 特に平安時代の夜空は、我々の想像を超えた清澄さであったはずだ。おそらく、五等星や六等星、いや七等星まで、誰の目にも鮮やかに見えたのではなかろうか。それらの星に、感性豊かな紫式部の関心が向かなかったはずはない。

 そこで当時の書物をあれこれ引いてみた。『枕草子』は今更引くまでもなく、あの有名な一節がある。二百五十四段である。
 『星は、すばる。ひこぼし。ゆふづつ。よばひ星、少しをかし。尾だになからましかば、まいて。』
 「すばる」とは、プレアデス星団の六つの星を指す。別に「六連(むつら)星」とも言う。ものをぎゅっとまとめることを「すべる(統べる)」というが、そこからきた名である。「スバル」と書くと何か西洋的なニュアンスがあるが、これは純粋な日本語なのである。清少納言が、まず最初に上げたとおり、特色のある秋の星である。
 「ひこぼし」はもちろん『彦星』で、わし座の主星・アルタイルのこと。天の川を挟んで織女星(琴座のベガ)と毎年七月七日にラブラブを演じる男星で、古代人に大変人気のある星である。「ゆうづつ」は、宵の明星のこと、つまり金星である。「よばひ星」とは、流星のこと。流星になぜ「尾がついていなければ、なおいい」のかは、不明。
 清少納言は、星のためにわざわざこうして一段をもうけたのだが、枕草子で星が取り上げられているのはこの段だけなのである。十段に
 『月いとあかく、星の数も見えたる』
とあるが、これは「七月七日の夜空はこうありたい」という願望を述べただけのものである。また百五十三段に『ほこ星(彗星)』とあるが、これは「おそろしい名」の比喩。
 このように、源氏物語と同様、枕草子にも、月は何回となく描かれているのに対して、星の影は、なことにまばらであると言うしかないのである。
 次いで『古今集』をめくってみたが、なんと1,111首の中に、菊の花を星に喩えた一首を除いて、星はまったく読まれていないのだ。これは驚くべきことである。
 そこで今度は、意地になって『新古今集』もめくってみた。「ない、ない、無い」そしてついに、1,589首目に至ってやっと星の姿を見つけ出した。
 
 『晴るる夜の 星か川辺の蛍かも 我が住む方の海士の焚く火か』
 
 残念なことに、この歌は「星」を詠ったものではなかった。遠く見える『火影』を、星だろうか、蛍の火だろうか、漁火だろうか、と推測しているもので、星そのもではない。結局は、 
 「私が住んでいる海に明滅する漁火の、なんと美しく見えることか」
という誇りかな気持ちが、歌の主旨で、漁火であった。
 新古今集の「秋 上」には、「月」が連続57首も詠まれているというのに、星は一首もないのだ。何と可哀そうな「お星さま」であることか。
 もっとも「七夕」の歌は、新古今集「秋 上」に15首、古今集「秋 上」には11首、『万葉集』には数知れず読まれているが、それは、いずれも「星」そのものを賛美したものではない。概ね、彦星と織姫が年に一度しか会えないように、男女が会い難いことを嘆いた歌ばかりである。

 いずれにしてもこれは異常な事態である。星にはなにか忌まれるわけでもあったのだろうか。あるいは、中国文学からの影響ででもあろうか。
 私のこだわりは、ついに中国の『唐詩』にまで至ってしまった。
 まず、最初に見てみたのは、紫式部が、あれほど何回も源氏物語に引用した白楽天の詩(中国詩人選集 岩波書店)である。しかしここには星はほとんど詠われていなかった。この選集の詩には、月が31回も登場するのに、星はわずか3回だけである。杜甫も圧倒的に月が多いし、李白はもっぱら月と酒である。韓愈も同じようなもので、星を探していると、逆に月の姿ばかりが目につく。たとえば白楽天の『客中の月』
 『客 江南より来る  来る時 月は上弦なりき  
  悠々たる行旅の中  三度清月の円なるを見る・・』
 「旅人(白楽天のこと)は江南からやって来たが、旅立ちの時は弓張りの月であったが、長の旅行中に、その月は三度もさやかな真ん丸い月になっていた。・・」という意味である。月を真正面から詠い、長い旅をする者の心情が切々と迫る歌である。こんな唐詩を見ていると星のことなど忘れてしまう。その他にも、日本人の人口に膾炙(かいしゃ 知れ渡っていること)されている月の詩ばかりが目に飛び込む。
 『三五夜中 新月の色  二千里外故人の心 』    白楽天
 『牀前月光を看る  疑うらくはこれ地上の霜かと』  李白
 『長安一片の月  万戸衣を打つ声』         同
 『月落ち 烏鳴いて 霜天に満つ』          張継
 『春宵一刻値千金  花に清香あり 月に陰あり』   蘇軾(北宋の人)
 しかし、中国の詩に月が多く読まれているからと言って、日本の歌が、その影響を受けているとは必ずしも言えないが、中国の詩人たちも、星にはさほど関心を示していないということは確かである。それほどに月の魅力が勝るということなのであろう。

 日本の近代に至って、このことはどうなっているのだろうか。正岡子規によって、
 『古今集はくだらぬ集に有之候』
とお墨付きを戴いてしまったのだが、それは「雪月花」の歌ばかりを持てはやす、いわゆる「月並み」の歌が弾劾されたということである。それではその結果、星が、より多く詠われるようになったのだろうか。子規の門下生であった伊藤左千夫や長塚節、あるいは左千夫の門下生であった斉藤茂吉や島木赤彦などの歌を見てみた。しかし、この人たちの歌にも相変わらず星の歌は少ない。そのわずかな星を拾ってみると、
 『天の原流らふ星もわがごとく けだしや迷ふ 見つつ哀しも』   左千夫
 (大空を流れていく星も、私と同じようにもの思いに迷っているのだろうか・・)
 『星のゐる夜空のもとに赤々と ははそはの母は燃えゆきにけり』  茂吉
 (母を亡くした時の歌)
 『星月夜さやかに照れり 風なぎて波なほ騒ぐ湖の音』        赤彦
くらいのもので、これ以外には特別星の名歌があるわけではない。また、月の歌も、万葉集や古今集、新古今集ほどにはもてはやされてはいないのだ。これらの歌人の作品を見ていくうちに、彼らの歌の題材が限りなく広がっているということに気づいた。星や月があまり詠われなくなったというよりも、詠われる題材が豊富になったということである。平安人は、「花、鳥、風、月」を多く題材とし、ややパターン化していたが、現代歌人は、なんでも歌にした。長塚節などは、まるで「歌材の博物館」のようである。たとえば彼が詠った植物の一部を上げてみると
 『撫子、桔梗、鶏頭、酸漿(ほおずき)、薊(あざみ)、蕎麦、糸瓜,カボチャ、紫蘇、秋海棠、枇杷,木賊、おおばこ、なたまめ、カヤツリグサ、ザボン、ベコニヤ、・・』
と、もう見境もなく、手あたり次第。目に入ったものはすべて歌の題材にしている。現代人は、パターン化していた題材から自由を得たようである。それはそれなりに歌の世界を広くした。 

 しかし、逆に「共通の認識からくる情」というものを失ったともいえないだろうか。「木賊(とくさ)」や「紫蘇(しそ)」や「なたまめ」などから、誰にも共通に引き出される情緒というものがあるだろか。そもそも「木賊」などという植物に対してはあまり知識がないものだから、それらから与えられる一定の感情というものはない。各自バラバラの感想を持つであろうし、個々の感性の問題になってくる。それ故に、現代短歌には、誰もが唱和するような歌、いわゆる「人口に膾炙される歌」がないのだ、といえるのかもしれない。
 月から受ける印象は、相当部分共通な情というものがある。もちろん見る者の、その時々の心情や場の状況によって微妙に変わっていくものではあろうが、底に流れる感情にはあまり差がないのではなかろうか。

 今、月、星は、歌謡曲の世界にしか好んでは詠われなくなってしまったようである。歌謡曲の世界では、月と肩を並べて星が健闘しているから可笑しい。
 『星は何でも知っている』 『星影のワルツ』 『見上げてごらん夜の星を』 『昴』『星のフラメンコ』 『いつでも夢を』 『星の流れに』 『さそり座の女』 『UFO』
 ここまで、意図的に随分無理をして星の肩を持ってきたのだが、やはり月の存在感は圧倒的で、星の話をしているうちに、話はつい月に流れていってしまう。実は歌謡曲にも月の名曲は多いのである。
 『大利根月夜』『名月赤城山』などの任侠物、『月よりの使者』『月の法善寺横丁』などのお涙物、『荒城の月』などの名曲、『月の砂漠』などの童謡、それに『月がとっても青いから』など。
 やはり古代がそうであったように、素直に月の魅力に惹かれているべきなのであろう。
 
 話は、源氏物語とはずいぶん離れてしまったが、最後に源氏物語『須磨』の巻の月の名場面を上げて「星」の話を終わろうと思う。光源氏が須磨に退居して半年後の夜のことである。
 『月、いと花やかにさし出でたるに、「今夜は十五夜なりけり」と思し出でて、殿上(内裏)の御遊び恋しう、所々(女たちは)ながめ給ふらん(物思いに耽っていることだろう)かしと思ひやり給ふにつけても、月の顔のみ、まぼられ(じっと見つめ)給ふ。「二千里の外 故人の心」と誦じ給へる。例の涙もとどめられず』
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