源氏物語

源氏物語たより142

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  「笹の隈」後日談  源氏物語たより142

 前回、紫式部が「引歌(ひきうた)」を非常に効果的に使っているという話をした。その例として「笹の隈」を上げたが、これは古今集の歌から引いたものである。


 『笹の隈檜隈川に駒止めて しばし水かへ その間にも見ん』
である。いわゆる「車争い」の場で、六条御息所が辛い目にあった時の心情を表現しようとした時に引いたものである。
 その後、なにかこの歌が気になって、歌の詳細をたどってみようと考え続けてきたが、その結果、先に述べた意味以外に、さらに別の意味も含まれているような気がしてきた。

 それではここで、歌の意味をもう一度振り返ってみよう。
 「笹の生い茂った奥まったところを流れる檜隈川に馬を止めて、水を飲ませてあげてください、あなたが馬に水を飲ませている間に、その姿を見ていたいと思いますから」
 朝、女の元から帰っていく男の姿を、少しでも長く見ていたいという切ない女心を詠った、なかなか趣のある歌である。
 源氏物語では、御息所を振り返ってもくれず、つれなく通り過ぎていく馬上の光源氏を見ながら、もしここが『笹の隈』だったら、「その駒を止めて下いませ」と呟くことができるのに、という場面で使われている。しかし、ここは残念ながら檜隈川ではない。だから通り過ぎていく男をむなしく見送るしかない、という心である。これもまた笹の隈の女以上に切ない女心である。

 ところが、この引歌は、単なる「“笹の隈”だったら・・」と言うだけではなく、もっと別の意味も含まれているのではなかろうか、と思うのである。
 御息所のいる場所は、「笹の隈」どころか、京のど真ん中なのである。しかも、年に一度の賀茂の祭の御禊が行われる場である。今回の斎院は、前の帝・桐壺院と弘徽殿大后が寵愛する娘なので、そのために例年にも増した華やかな祭りになった。そして、さらに当代随一の貴公子・光源氏が、随員として供奉し、祭りに花を添えるのだ。一条大路は、車を止めるところとてないほどの賑わいになってしまった。
 その祭りの賑わいは、「笹の隈」とは対極にあるものである。そのために「笹の隈」という言葉の静もりが、祭りの喧騒を一層際立たせるものになった。御息所とすれば、「こんな喧噪の中ではなく、もっと静かなところであなたの姿を見たいもの」という気持ちが、この言葉の裏に含まれているのではなかろうか。
 紫式部がそこまで計算していたかどうかは分からないが、こんな風に読んでいくと、「枕詞」に過ぎなかった「笹の隈」が、生き生きと息吹し始め、女心の切なさが、いっそう伝わってくるのである。

 ところで、この歌の本歌は、万葉集の
 『さ檜の隈檜の隈河に馬止(とど)め 馬に水かへ われ外に見む』
である。「さ」は単なる接頭語である。ということは「檜の隈、檜の隈」と二度同じ言葉を繰り返したということである。これだと内容がやや単調になる。そこで平安人がこれを「笹の隈」と代えたのだ。この改変で、状況がはっきりしてきた。というのは、「笹の茂ったような奥まったところ」ということは、この男女の仲が、人目を「忍ぶ仲」なのだということを暗示するからである。二人は、こんなところで逢瀬をしなければならない立場にあるということだ。この男は恐らく身分のある者であろう。だからそうしばしば女のところに通ってくることはできない。そこで、男は今度はいつ来てくれるものやら、次はいつ会えるものやら、・・と、女は千々に心を乱す。そこで、今朝のこの別れを大切にしなければという思いが、
 「ねえ、その駒とめて!」
と、思わず呟かせてしまったのだ。
 わずかな改作ではあるが、随分内容が豊かになった。

 さて、光源氏と御息所のその後はどうなったであろうか。光源氏は、妻・葵上の心ない仕打ちを聞き、御息所を可哀そうにと思う。しかし、御息所の心は「可哀そう」と同情されるくらいでは、片が付くものではなかった。彼女にとって、車争いの屈辱はあまりに強烈すぎた。打撃は大きすぎた。もし今までの彼女の運命に狂いがなかったら(東宮が死ななかったら)「皇后」の立場に登ったかもしれない女性なのである。それに、時の寵児・光源氏が通ってくる「通い妻」でもあるのだ。それが車の「榻(しぢ)」まで壊され、「ひとだまひ」の奥に押し込められてしまった。もともと御息所は
 『いとものをあまりなるまでおぼししめたる御心ざま』
である。必要以上にものを思い込む性格なのである。彼女の屈辱は怨念となり、物怪となって、葵上に恨みかかり、ついには葵上を取り殺してしまうのである。
 明るく華やかで、楽しくあるべき「祭り」は、一転、悲惨な結果を生むことになってしまうのである。

 光源氏が、つれなく自分の前を通り過ぎて行った時に、御息所はこういって嘆いていた。
 『影をのみしたらし川のつれなきに 身の憂きほどぞいとど知らるる』
 「ひとだまひ」からでは、光源氏の姿はまさに「影」のようにしか見えなかったが、それにしてもなんというつれなさであろうか。我が身の辛さが思い知らされる、という意味である。
 東宮が亡くなった後、光源氏は、執拗に御息所に言い寄った。そして彼女を「わがもの」にするや、途端に通いも途絶えがちになってしまった。そんなつれない男であることが分かっていたのに、祭りの晴れの姿を一目見ようと思ったのが間違いだった、なぜこんな華々しいところに出てきてしまったのだろう、今思えば、自分は源氏の通い妻などにならずに、「笹の隈」にひっそりと過ごしていればよかったのだ・・と彼女の悔恨は尽きない。
 この歌の「みたらし川」の「み」は「御手洗川」の「み」と「見」が掛詞になっている。御手洗川とは、神社の前などを流れる「禊(みそぎ)」のための川のことである。そう、今日は「御禊」が賀茂川で行われる日である。この言葉は、その賀茂川を連想されると同時に、さらに伊勢の「五十鈴川」をも連想させるのである。というのは、御息所は、光源氏のつれなさを思い切り、斎宮になった娘に同道して、伊勢に下向してしまうのだ。
 「笹の隈」は、さまざまなことを連想させてくれる「枕詞」であった。
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