源氏物語

源氏物語小さなたより10

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  引歌は揺曳する 源氏物語小さなたより10

 薫は、自らの出生に対する疑惑から、生きることにも懐疑的になり、宇治に隠遁生活を送っている叔父であり光源氏の弟である八の宮を尋ねる。そして、八の宮に仏法に関する教えを受け、求道的な生き方を求めるようになっていった。


 しかし、八の宮の二人の姫君・大君と中の君を知るや、彼の求道心も随分怪しいものになり、姉の大君にいたく心惹かれていくのである。ところが、薫のこよない思慕にもかかわらず、この大君は急逝してしまう。その後、彼は大君の面影を求め続ける。
 ところで、この二人の姫君には腹違いの娘がいた。「浮舟」という。大君に生き写しであることを知った薫の心は揺らいだ。日頃は女に対しては極めて消極的であった薫が、珍しくこの時は積極的に動いた。
 実は、薫の無二の友であり好色な匂宮も、浮舟の美しさに魅了されていたのだ。匂宮は、厚かましくもいやしくも激しく浮舟に迫っていたのである。匂宮の好色から逃れるために、浮舟の母は、彼女を京、三条の小家に身をひそめさせた。
 それを知った薫は、突如その小家を訪れる。かつてなかった果敢さである。その日は、
 『雨、少しうちそそぐに、風はいと冷やかに吹き入る』
日であった。しかもしばらくすると
 『雨、やや(だんだん)降りくれば、空いと暗し』
という状況になった。そこで彼はこうつぶやく。
 『佐野のわたりに、家もあらなくに』
 これは万葉集の
 『苦しくも降りくる雨か 三輪が崎 佐野のわたりに家もあらなくに』
からの引歌である。「三輪が崎の佐野」とは、和歌山県の牟婁(むろ)の辺りである。
 歌の意味は、旅でもしていたのであろう、その途次たまたま雨にあってしまった。しかしここは全くの田舎である。雨宿りをすべき「家」とてない索漠たるところである。さてさて困ったものだ、という心情を詠ったものである。薫はこの歌を借りた。
 浮舟が隠れているこの家は、仮の住まいで「小家」である。また浮舟の父は常陸などの受領をしていたので、時折聞こえてくる用人たちの話声も、東言葉の訛(なま)りが甚だしい。それはまさに紀伊の牟婁の田舎を彷彿とさせるわびしさである。
 こんな小家に訪ねてきたものの、これから浮舟との関係は一体どう展開していくものやら、暗澹たるものである。まさに「苦しくも降りくる雨」である。思わず、安らかに宿りすべき場所がないものだろうかと、「家もあらなくに」とつぶやいたのだが、それは呟きだけでは終わらなかった。
 この後、匂宮の好色を危ぶんだ薫は、浮舟を宇治にかくまう。しかし、匂宮の好色の嗅覚は鋭く、すぐ探し出してしまう。そして、浮舟は匂宮のとりこになってしまい、やがては宇治川へ投身するという結末に導かれていくのである。
 ふと漏らした引歌であるが、物語を左右する大きな意味を持っていたのである。
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