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源氏物語

源氏物語たより146

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  古代人の息吹き 源氏物語  源氏物語たより136

 この二月に原文で源氏物語を読み終わったが、これで十三回目になる。平成19年2月に始めたのだから、わずか六年あまりで十三回も読んだのだ。我ながら凄い精力だったと思う。その執念と根気には、十分「自分を褒めてあげたい」気持ちになれる。 


 この間、『謹釈源氏物語』の作者・林望氏の講演を聞いたことがある。150人ほどの聴衆であったが、林氏は、講演の冒頭でこう切り出された。
 「皆さんの中で源氏物語を原文で最後まで読まれた方はいらっしゃいますか?」
 すると三人ばかりが手を挙げた。私もその中の一人で、おずおず手を上げながら
「あれ、これしかいないの・・」
と驚かされた。この結果に対して林氏はこう言われた。
 「すごいですね!」
 「すごい」とは一体どういうことだろう。やはり私と同じようにあまりに少ないのに驚かれたのだろうか。源氏物語に興味を持っている人ばかりの集りだから、もっと大勢読んでいていいはずだ。ところが、林氏は続けてこう言われた。
 「凄く大勢いらっしゃったので、びっくりしました。日本人で源氏物語を原文で最後まで読んでいる人は、0,0001%くらいのものなのですから。」
 「0」が、いくつ付いていたかは忘れてしまったが、いずれにしてもきわめてわずかな人しか読んでいないということである。にもかかわらず今日の参加者は、150人のうち3人も読んでいたということは、「2%」にもなるわけだから、確かに比率は高い。「すごいですね!」と言われるゆえんである。我々は、源氏物語が、
 「日本が誇る最高の文学作品、世界でも稀な優れた文学」
と分かっていても、あまりにも膨大な小説であり、難解な文章であるために、誰もみな敬遠してしまうのだ。読み始めてもせいぜい『須磨』の巻あたりで戻ってきてしまうそうだ。読むたびに、その素晴らしさや凄さや面白さに圧倒されている私にとっては、「あたら貴重な宝物を・・」と残念な気がしてならない。

 確かに源氏物語は難しすぎる。十三回も読んだというのに、まだ分からないところが山ほど残っている。さすがに古語には慣れてきたし、登場人物の関係もほとんど分かった。あれほど苦労していた官位や有職故実(特に衣裳)についても概ね理解できてきた。
 相変わらず分からないのが、「格」である。特に「主格」の「誰が」にあたるものが未だに捉えきれないでいる。
それに会話の部分も難解である。なかでも光源氏の話し言葉はまことに論理高尚で、回りくどい。光源氏と言う男は、相当「しふねき(しつっこい)男」のようである。

 そして、最後まで大きな抵抗になったのが「歌」である。本文中の歌はもちろん、なかでも「引き歌」が私にとっては厄介な代物になっていた。そのため最初のころは、分からない歌は飛ばしたり、適当な理解の上で先に読み進めていったりしていた。
 それが分かるようになってきたのは、ごく最近のことである。歌がいかに重大な意味を持っているか、また引き歌が物語の内容をどれほど深めているか、ようやく分かってきた。いや歌が分からなければ、源氏物語の醍醐味は分からないと言って過言ではないことに、今さら気付かされている。特に引き歌は重大な意味を持っていて、これを飛ばして読んでいたのでは、源氏物語の価値や面白さは半減してしまう。引き歌にこそ、紫式部の力の出しどころがあったのである。翻訳文でも、源氏物語の味は結構味わえるわけだが、残念なことには、翻訳ではこの「引き歌」の魅力が出てこない。
 藤原俊成が
 『源氏物語読まざる歌詠みは、歌詠みにあらず』
と言ったそうだが、こんなところにその意味があるのであろう。つまり、物語の展開に合わせて古歌などから適切なものを引いてくる能力があるか、いわば言葉を選ぶ感覚が優れているかどうかを、歌詠みの条件と考えたのだろう。そしてそれは人事や物事の機微が分かるということにもつながる。源氏物語を読むことによってその機微を学ぶことができると俊成は言いたいのではないだろうか。
 紫式部は、「どこから取り出して来るものやら」まさに言葉の手品師と言っていい。 
 おかげで今では、『古今集』や『新古今集』や『万葉集』にまで私の興味は及んでいて、その魅力や価値や面白さが分かってきた。正岡子規が『歌詠みに与ふる書』の中で  
 『貫之は下手な歌よみにて、古今集はくだらぬ集に有之候』
と言っていることが、いかに荒唐無稽な論であるかが分かってきた。古今集も新古今集も実にすばらしい歌集である。この子規の論については、私の今後の研究課題にしていこうと思っている。

 さて、十三回読み終わったところで、それぞれの巻、巻に特徴があることも分かってきたので、ここで整理しておこうと思う。易しい巻、難解な巻、面白い巻、美しい巻、あるいは単調で退屈な巻などである。
 多くの人が、せっかく原文を読んでも『須磨』あたりで戻ってきてしまうのは、几帳面に最初からすべてを読もうとするからではなかろうか。『桐壷』から逐一読んで行けば、あれほど膨大な物語である、疲れてしまうのは当然である。正直面白くない巻もあるのだから、そういう巻はカットして読んでいけばいいのだ。そして古典に慣れてきたら、再びそこに挑戦すればよい。

 源氏物語を読み始めて、まず強烈なショックを受けるのが『帚木』の巻である。三人(光源氏は人の話を聞いているだけ)の若者が、女性論や女性体験談などを披歴するいわゆる「雨夜の品定め」として有名な巻であるが、とにかく難解である。特に話の中心人物になっている左馬頭の話などは、あまりに冗舌で、一人で喋り捲っているのだ。それも難しい論理を振り回して。で、その結論はと言うと、よく理解できない。教科書裁判で有名な家永三郎氏は、こう述べている。
 「帚木などは、くどいうえに晦渋(かいじゅう)で閉口した印象だけが残っている」
 とにかくこの巻で激しい打撃を受けてしまうものだから、『須磨』あたりで力尽きてしまって、「源氏物語はとても・・」と言う印象ばかりが残ってしまうのだ。「帚木」などは、ぜひ「割愛」されるよう忠告したいところである。この巻は、次の『空蝉』や『夕顔』の巻に関連していくから、「割愛などとんでもない」と言う人もいるかもしれないが、やはり割愛すべき巻である。それでも十分以下の巻を味わうことができるのだから。帚木の巻は、光源氏が空蝉のいる邸に「方違い」に行くところから読んでいけば十分である。

 さて、それではまず比較的に易しくて面白い巻から上げていこう。
 『空蝉』 『夕顔』 『若紫』 『花宴』 『葵』 『賢木』 『明石』 『蓬生』『松風』 『少女』 『玉鬘  (後半難解)』 『篝火』 『野分』 『御法』 『幻』『橋姫』 『早蕨』 『東屋』 『浮舟』 『手習』 
 『夢の浮橋』

 次に、やや難しいが、飛ばすわけにはいかない面白い巻
 『桐壷』 『紅葉賀』 『須磨』 『薄雲』 『真木柱』 『藤裏葉』 『若菜上』『若菜下』

 難しいけれど面白い巻
 『末摘花』 『柏木』 『夕霧』 『総角』 『宿木』 『蜻蛉』
 
 さして面白くない巻
 『澪標』 『絵合』 『蛍』 『常夏』 『行幸』 『梅枝』 『横笛』 『鈴虫』『匂宮』 『紅梅』 『竹河』 『椎本』

 最後に、難解なうえに面白くない巻
 『花散里』 『関屋』 『初音』 『胡蝶』 『藤袴』
 
 これはあくまで私の感じたものであり、私の一存である。
 「なぜこんなに大事な巻を飛ばすのか」
 「この巻こそ最も面白い巻ではないのか」
など、さまざまな意見や感じ方や批判はあるだろうが、しかし、素人としての正直な感覚でまとめてみたものなので、意外に参考になるのではなかろうかという自負はある。  

 とにかく我々日本人に残された貴重な宝としての源氏物語が、その難しさがゆえに敬遠されたり、せっかく読み始めたのに途中で投げ出されてしまったりしたのでは、それこそ「宝の持ち腐れ」になってしまうのを残念に思うからあえて上げてみたものである。翻訳文でなくて、まずは分かる所から読んでいってもらいたいと思う。古語の難しさや現代人には理解できないさまざまな制約や習慣があるのは、どうにもならないところであるが、少しでも古文の響きに触れることで、古代人の息吹を感じとることができればいいと思う。 
 私たちは、十人ほどのささやかな会であるが、『源氏物語を読む会』を月二回開いている。そこでは必ずみんなで「声に出して読む」ことにしている。少しでも古代人の息吹を感じ取れればと思うからである。そしてこんな順に読んできた。
 桐壺~夕顔~若紫~紅葉賀~花宴~葵~(以下予定)~賢木~須磨~明石~蓬生~松風~薄雲~少女~玉鬘~篝火~野分・・
 さてどこまで行きつけることやら。
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~ Comment ~

NoTitle 

突然失礼します。この源氏物語を読む会は、どこでやっていますか。当方横浜市在住です。

NoTitle 

>>豊嶋さん
 「源氏物語を読む会」は、現在十二人ほどでささやかにやっています。
 場所は小田急桜ヶ丘駅から2分ほどの大和市桜ヶ丘学習センターです。
 今年で五年目になりますが、「松風」まで進んでいます。
 なお、会員の方は、大和市の方が五名、以下藤沢市三名、綾瀬市二名、川崎市一名、横浜市(港南区)一名です。
  • #54 「源氏物語を読む会」の会場について 
  • URL 
  • 2016.03/23 23:29 
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