源氏物語

源氏物語たより156

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  恋はあやなし 藤壺宮思慕 『桐壷』を読む その7

 光源氏は幼いころ、父帝の寵愛のままに、父に連れられて女御、更衣の部屋に自由に入っていけた。しかも、
『弘徽殿などにも渡らせ給ふ御供には、やがて(そのまま)御簾の内に入れ奉り給ふ』ほどであった。なんとあの弘徽殿女御の御簾の内にさえ入っていったのである。


 特に藤壺宮のところには、帝はしばしば渡って行かれたので、源氏も自然、宮にお会いできる機会は多くなった。
 ただ、宮が何歳で入内されたかは、物語の中にははっきりとは書かれていない。この時代の女性の結婚適齢期は十四、五歳であったから、宮も恐らくそれと同じほどであろう。後に、源氏との年歳の差は、五歳であることが分かる。したがって、源氏が十歳のころ入内したことになる。ところが、源氏が十二歳で元服すると、
 『大人になり給ひて後は、ありしやうに御簾の内にも入れ給はず』
ということになってしまった。帝の決めごとではあるし、それは当然の処置で、むしろ十一歳まで、御簾の内に入れたこと自体が異常である。それほどに帝の源氏寵愛が厚かったということであろうし、また寵妃・桐壺更衣の子供であり、光り輝くばかりに清らな皇子であったから、帝は、女御・更衣たちに源氏を見せたかったのでもあろう。 
 その気持ちは理解できないではないが、十一歳と言えば、今の十歳、小学校四、五年生である。女、男に対する興味と恋心の芽生える年代である。まして、源氏は早熟そのものである。八歳にして漢詩を立派に作り、高麗の相人をうならせているし、琴、笛では雲居(宮中)を響かすような奏者であった。そのことを帝は念頭に入れておかなかったようだ。この不用意が後の過ちにつながっていく。
 ところで、先の計算で行くと、源氏が藤壺宮の御簾に入っていけたのは、わずかに一、二年の間だったということになる。この間に、彼の宮に対する思いは大きく変化していったのだ。初めこそ、宮が、
 『失せ給ひにし御息所(源氏の母親の桐壷更衣)の御かたちに似給へる』
女性であるということで、母親に対すると同じような思慕の情を募らせていたのだが、宮は人々から「輝く日の宮」と言われるほどの美しい女性である。源氏は、次第に宮に女としての意識を持っていったものと思われる。彼は、いつも宮のところに行って親しく睦みたいと思うようになる。そして、
 『幼な心地にも、はかなき花・紅葉に付けても,こころざしを見えたてまつり、こよなう心よせ聞こえ給ふ』
ようになっていくのである。桜の花の季節にはその枝に文を付けたり、紅葉の時季には紅葉の枝に付けて歌を贈ったりして、自分の気持ちをそれとなく知らせようとしたということであろう。いわゆる秋波を送るようになったのだ。ここまでの源氏の心の動きや行為は手に取るように分かるし、また理解もできる。今の子供でさえ、十一歳にもなれば、バレンタインにチョコレートの贈答をするそうだから。
 バレンタインと言えばこんな話がある。高校一年生の私の孫のところに、バレンタインの日、ある女の子がやってきて、こう言ったそうである。
 「チョコレートが一つ余ってしまったのだけど、これ誰に上げたらいいと思う?」
 すると、孫は「A君がいいんじゃない」とか「誰君がいいよ」とか相談に乗ってあげたのだそうである。これを聞いた母親(私の娘)が、あきれてこう言ったそうだ。
 「馬鹿だね、あんたも。あなたにもらってほしかったに決まっているでしょ!」
 もちろん光源氏の場合は、そんなに幼稚で、純な方法ではない。持って生まれた機知と才覚、それに厳しく養われた教養とセンスを十二分に発揮して、宮の心を揺さぶる方法をとったことであろう。
 宮の御簾に入れなくなって、彼の母親思慕の念は、一気に熱い恋心へと飛躍していったのだ。こうなるともう自分の気持ちを抑え切れるものだはない。御簾を挟んで、
 『御遊びの折々、琴、笛の音に聞き通ひ、ほのかなる御声を慰めにて』
という具合に、彼の恋情は燃え上がっていく。
 「十二歳の子が?五つも年上の女を?」と理解に苦しむところもあるのだが、それが恋なのである。恋はもともと理不尽なものである。
 韓国ドラマ『チャングム』を見ていたら、こんな場面があった。
 医女として優秀であるがゆえに、宮廷で勤めることには厳しさが山積していく。悩んだ彼女は宮廷生活を辞めて、愛する男・ミン・ジョンホと駆け落ちすることにした。船で遠くにと思ったのだが、その船着き場で二人は捕まってしまう。彼を奇貨とする上司は、捕えられたミン・ジョンホを前に懇々と諭して、こう言う。
 「男女の情には、何事をも超える力があるが・・」
 確かにその通りである。理性では考えられないことを恋という力は、考えさせる。そして信じられない行動を起こさせ、時には奇跡をも起こさせる。
 ミン・ジョンホは、若いとはいえ将来を嘱望される宮廷の重鎮である。一方、チャングムは、その能力を買われて王様の主治医に召されようとしている。二人の駆け落などはとても許されるものではなかった。捕まれば当然命はないものと覚悟しなければならない状況である。それを承知で、あえて駆け落ちるというのだ。恋とはなんとも恐ろしい情熱である。
 源氏も、理不尽な行動を取り、許されないことを考え続ける。内裏住みばかりを好ましいものにして、正妻の葵上のところには、週に二日三日しか通わなくなるのだ。そして、やがて源氏の住まいである二条院が、この上なく立派に造り改められると、
 『かかるところに、思うやうならむ人すゑて住まばや』
と思い続けるのである。「思うやうなる人」とは、言うまでもなく藤壺宮である。ありえないことである。
 帝の妃と通じるということは、歴史上何例かあるようだが、それが自分の「母」であるという例はかつてなかったのではなかろうか。たとえ義理の母とはいえ、許されるものではない。死を覚悟の恋である。それでも恋の火を消すことはできないのだ。
 恋は恐ろしいものではあるが、恐ろしいからこそそれに魅かれるのであろうか。古の人々は、それをさまざま歌にしている。
 『恋しきに命にかふるものならば 死には やすくぞあるべかりける』   古今集
 (人に恋する苦しさと、この命とを換えることができるものならば、死ぬことなどはまったくたやすいことだ。 『新潮日本古典集成』新潮社)
 『ほととぎす鳴くや五月のあやめ草 あやめも知らぬ恋もするかな』    古今集
 源氏の恋も「あやめも知らぬ(道理では理解できない)」ものであり、夢の中に自らの身を消してしまってもいいと思うほど激しいものであった。
 そのことが起こるのは、源氏元服の六年後、源氏十八歳の時のことである。
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