源氏物語

源氏物語たより159

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  無駄のない筋の運び 『帚木(空蝉)』を読む その1

 空蝉の登場は、誠に突然のことである。『帚木』の巻の途中に、ふっと出てくる。


 『帚木』の巻といえば、いわゆる「雨夜の品定め」として有名で、鬱陶しい長雨の続く日、内裏に籠っていた光源氏のところに、ある夜、三人の貴公子がやって来て、女性論に花を咲かせる、という内容である。
 この巻は、文章が極めて難しい上に、話も理屈っぽくて面白味がない。特に左馬頭の話はあまりに冗舌で飽きが来る。長広舌を披歴するにもかかわらず、結局何を言っているのか分からないのだのだ。源氏は、女性論には興味津々でありながらも、居眠りを装っていた。それは、左馬頭の冗舌を煩わしいと思ってのことでもあろう。
 そんな難解な巻に、空蝉は突然現われるのである。
 雨夜の品定めの翌日、やっと天気も回復し、左馬頭の冗舌からも解放された。たまには葵上のところに行かなければならない。そこで内裏から左大臣邸(葵上宅)に向かうことにした。左大臣邸は
 『けざやかに、気高く、乱れたるところまじら』
ない邸である。きちっとしていて品位があり崩れたところが微塵もないのである。まるで葵上を思わせる堅苦しさだ。せっかく雨も上がり、左馬頭の冗舌からも解放されたというのに、また鬱陶しくなる。案の定、葵上は例の通り
 『あまりうるはしき御有様』
である。「うるはし」とは「きちんとしていて端麗」という意味である。隙がないのだ。これでは源氏の心は少しも打ち解けない。仕方なく、心許せる女房の中納言の君や中務の君などのところに行って、たわぶれごとを言って打ち解けていた。ところが、なんとそこに左大臣がやって来てしまった。これではますます鬱陶しい。苦々しく思ってつ
い舌打ちまでしてしまう。
 こんなところの長居は禁物、彼は、早速その宵、左大臣邸からの脱出を図る。うまい具合に女房がこう言う。
 『今宵、中神、内裏よりは、塞がりて侍りけり』
要するに、左大臣邸は、内裏からの方向が塞がっていて、今夜は縁起が悪い、というのである。どこかに所を変えなければならない。これが源氏にとっては救いの神の言葉になった。幸い自宅の二条院も方角が塞がっていた。実は源氏は方塞がりであることは、先刻承知していて、それを計算して左大臣宅にやって来たのだ。何しろ隙のない源氏のことだから。
 しかもそこに供人から嬉しい情報が入った。
 「日頃から源氏に親しく仕えている紀伊守が、最近、中河(京の町中を流れていた川、今はない)の水をせき入れて涼しい庭園を造っている」
というのだ。まさに渡りに船である。彼は『いとよかなり』とこの話に飛びついた。
 さらにそこには、紀伊守の父親である伊予介の若き妻女が来ていたではないか。こうして空蝉を相手の好色沙汰が始まるのである。
 まるで「物語のような」筋の運びである。しかし、話が実に滑らかに流れているもので、少しも「物語のよう」には感じさせない。紫式部の構成の巧みさであり、彼女の筆の魔術である。
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