源氏物語

源氏物語たより160

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   抜け目のない光源氏 『帚木(空蝉)』を読む その2

 光源氏は、「方違え」の幸運を生かして、まるで絵に描いたように具合よく紀伊守の邸に行くことができた。さて今度はどのようにして空蝉に逢うことになるのだろうか。方違えのような幸運が再びやって来て、彼の好き心を満足させる機会に恵まれるのだろうか。
 

 紀伊守は、源氏というお偉い方のにわかな御来訪にはさすがに困惑する。何しろ今日は父親である伊予介の若い妻が、慎むことがあって紀伊守のところに来ているのだ。源氏さまを迎えるには手狭である。
 しかし、源氏はそんなことに頓着する男ではない。そこでこう言う。
 『その、人近からんなむ、嬉しかるべき。女遠き旅寝は、もの恐ろしき心地するべきを。ただその几帳の後ろに』
 「女が近くにいた方がいい」というのだ。源氏の好き心が、臆面もなく炸裂した言い分である。十七歳の男が、「女遠き旅寝は、もの恐ろしき心地する」とは、よく言ったものである。もっとも、源氏のことだから、夜は常に傍らに女がいて過ごしてきたのかもしれない。それにしても「女がいる几帳のすぐ後ろがいい」というのだから、あきれるしかない。源氏の供人もふざけていて、こう言う。
 『げに、よろしき御座所(おましどころ)にも』
 主人が主人なら、部下も部下である。日頃の源氏さまの行状をつぶさに見ているから、こんな言葉が飛び出すのだ。この言葉から、周りに控えていた供人どもの哄笑が聞こえてくるような気がする。
 紀伊守にすれば、日頃から親、子で世話になっている源氏さまである。それ以上逆らうわけにはいかない。
 紀伊守の邸に来てみれば、庭園に引かれた遣水の具合といい、前栽の草花といい、申し分がない趣である。涼しい風がやってくるし、虫の声は聞こえてくる。蛍まで飛んでいるではないか。鬱陶しい長雨や内裏で続いていた物忌みや左馬頭の冗舌などの記憶もすっかり吹き払ってくれるほどの爽やかさである。
 しかも、近くから若やかな女の忍び笑いや女房たちの動く衣のおとないか漏れてくる。アバンチュールの条件はそろった。源氏の好き心が騒がないはずはない。供の者どもは、泉水から湧き出る渡殿のところで、酒の馳走にあずかっている。彼は寝殿の東廂の間にいて、早速女を垣間見でもできないかと、行動を起こし始める。
 そこに紀伊守が『御果物ばかり』を持ってやってきた。するとすかさず源氏はこう言うのである。
 『とばり帳もいかにぞは。さる方の心もなくては、めざましきあるじならん』
 実はこの言葉、まことに意味深な言葉なのである。直訳すると
 「寝室の用意はできているかね。そういう心構えがないのでは、どうも饗応といっても味気ないのでは?」
ということになるが、これは催馬楽から借りてきた一種の引き歌である。催馬楽の歌の内容は、
 「私の家では、几帳台(寝台)にカーテンも垂れているし、どうぞおいでください。おいでになったら我が家の婿にしましょう。ところで、その時の御馳走の肴には何がいいですか?あわび?サザエ?それともウニ? そう、ウニがいい、ウニにしましょう」
という相当危ない内容なのである。なぜなら「ウニ」は、女陰を表わす隠語なのだから。源氏は、あからさまに女を要求したのだ。もちろん冗談で言ったのだろうが、彼のことだから、冗談だけとは言い切れない。
 まして聞いた紀伊守の方では、冗談ごとで済ますわけにはいかない。源氏は、まだ近衛中将とはいえ、帝の寵愛と信頼が厚く、政界の隠然たる実力者なのである。それに左大臣の婿様でもある。左大臣様にも大層世話になっている。そういうお偉い方だから、その意に添わなければ、次の除目の時が思いやられる。御無理御もっともにならざるを得ないのだ。
 私は、源氏がこの後、空蝉のところに忍んで行って、契りを結ぶことができたのは、紀伊守の気働き、いわゆる源氏に相応の「あるじ」をしたからだと考えるのである。こんなことは誰も言ってもいないし、考えもしないことなのだが、そう考えないと、理解できないことがあるのだ。
 というのは、「好き者」の評判高い源氏の寝間を、空蝉と同じ寝殿にしつらえたことが信じられないからだ。たとえ部屋は別々であるとしても、源氏のいる建物に女を寝かせれば、狼の檻の中にウサギを放ったと同じことで、問題が起こるのは必定である。紀伊守といえば「上国」の国司である。屋敷も相当の広さがあるはずだし、対の屋だってあるはずだ。なぜ空蝉をそちらの部屋に寝かせなかったのか。紀伊守がそれとなく気を働かせたとしか考えようがないのだ。
 空蝉は、父親の妻、つまり紀伊守にとっては義母である。まさか義母を売るなどということはありえないと思うのだが、平安時代の貴族の間には、そのくらいのことは、当然のこととしてまかり通っていたのではなかろうか。「受領に任命される」ため、あるいは「官位を上げてもらう」ためには、彼らは「手段を選ばず」だったと思われる。
 『枕草子』に、除目の日のことが、滑稽に描かれているが、受領階級の者にとっては、笑われようが非難されようが、「大国」「上国」の国司に任命されることは死活問題だったのである。そのためにはあらゆる手段を講じることが彼らの絶対的な必要条件だったのだ。
 でも、紫式部は、そんなことはあからさまには描かない。一番大事なところはいつも絶妙に伏せるのだ。それは、源氏と藤壺宮の一回目の密通が全く描かれていないことでも証明済みである。ここでも冗談のように流しているが、実は催馬楽の「ウニ」にことよせて、心の中で彼女は隠微に笑っているのである。
 ともあれ、前回は「方違え」の幸運にことよせて、左大臣の邸を抜け出したのだが、今回は冗談にことよせて紀伊守を強要し、自分の力で、空蝉をぐっと引き寄せた。

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