源氏物語

源氏物語たより161 

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  空蝉に突入! 『空蝉(帚木)』を読む その3

 条件はすっかり整った。女は同じ寝殿のすぐ北隣の部屋に寝ている。先ほど渡殿の泉水のところで酒の御馳走にあずかっていた供人も、
『酔ひ進みて、みな人々簀子に臥しつつ静まりぬ』
で、あとは女のところに突入するばかりである。

 源氏は、
 『解けても寝られ給はず、「いたづら臥し」とおぼさるるに、この(寝殿の)北の障子のあなたに人のけはひ』
がするのだから、まんじりともできない。「いたづら臥し」とは、「わびしい一人寝」のことで、「あわや今夜は一人さびしく寝るのか」と思っていたところなのだから、隣の部屋に女の気配がしたのでは、彼の好き心が騒がないはずはない。
 どうやら相手は寝静まったようだ。人の寝静まったのを待ちわびていたゴキブリがごそごそうごめき始めたようなものである。
 なんと襖の掛け金を開けてみると開いたではないか。女に近寄り、上の衣を押しやるまで女は気が付かない。初めは、女房の一人が来たのかと思っているようだったが、さすがに男と気付いて『や』と驚く。源氏は彼女の口をふさいでこう言う。
 『中将召しつればなん。人知れず思ひのしるしある心地して』
 これは源氏お得意の機知とおふざけと甘言である。実は先ほど、空蝉が
 『中将の君はいづこに。人遠き心地して、もの恐ろし』
と、言っていたのだ。「中将の君」とは、空蝉お付きの女房で、広い部屋に一人で寝るのは怖い感じがするからと、その女房を呼んでいたのである。それを源氏は聞いていた。何とも具合のいいことに、源氏はこの時「近衛の中将」であった。
 「中将をお召しになっていられたから、その中将が参りました」
と言うのである。確かに言うことに間違いはない。
 このあたりの機知と諧謔の紫式部の冴えは抜群である。あたかも源氏が「中将」であったからこの話を造りだしたかのようですらある。とにかくすべての機会や状況を物語の中に生かす才能は驚嘆するばかりである。紫式部のその能力が最も発揮されるのは「引き歌」においてなのだが、これについては、いずれまた述べることにする。
 さらに、「人知れず思ひのしるしある心地して」というのだから、空いた口がふさがらない。「人知れず、ずっと以前からあなたのことを慕っていました」と言のだ。この後も「長い年月にわたるあなたへの恋心をお伝えしようとして今宵やって来たのだ」と綿々として女に訴えるのだ。
 「嘘をおしゃい、突然今日やって来て、初めて会った女だろうに!」
 しかし、源氏は、この程度の嘘で心の咎めを感じる男ではない。そもそも、女に逢ったら「好きだ!」と言い「美しい!」と言わなければならないものと確信している男だし、それが礼儀だと思っているのだから、処置なしである。
 しかもその言い方が凄い。
 『鬼神も荒だつまじきけはひ』
なのである。彼の言葉は、どんな女でもころりと参ってしまう甘い言葉になるのである。
ともあれ一つの恋が成就した。
 しかし、空蝉の偉さは、この後のことである。いかに源氏が迫ろうとも、決して身をゆだねようとはしなかったのである。内心では源氏に魅かれながらも靡こうとはしなかったのは、夫に対する貞操だけであったのかどうかは分からない。源氏との噂がたてば、たとえ「濡れ衣さえ着まほしき」女ばかりであったのを考えると、不思議な女である。
 源氏は、このようにそれとない機会を巧みに生かして次々と恋を成就させていくのだが、唯一空蝉だけは思い通りにはいかなかった。長雨から解放され、葵上から解放されと、とんとん拍子に事は運んだのだが、肝心なところで彼の恋は頓挫した。彼にしては珍しく意のままにならなかった恋である。でも、全ての女が源氏のものになってしまったのでは、それこそ「物語めいて」しまうから、これもまた良しなのであろう。彼は
 『負けてはやまじ』
と再チャレンジに燃えるのだが、さてどうなることやら。
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