源氏物語

源氏物語たより168

 ←源氏物語たより167 →源氏物語たより169
  妖艶、雅な王朝絵巻 『夕顔』の巻を読む その1

 2008年、横浜の美術館で行われた「源氏物語千年紀 絵画展」を見にいった時、その夥しいまでの源氏絵にすっかり圧倒されてしまった。絵巻、屏風、扇面、画帳、色紙、調度・・とさまざまな物に、雅な源氏の世界が描かれていた。描かれた時代は安土桃山から江戸にかけてのものが多かった。
 その時不思議に思ったのは、
 「源氏物語はどうしてこれほど絵に描かれるのであろうか」
ということであった。江戸時代で言えば、大名や豪商などからの需要が多かったからであろうが、それにしても、なぜ「源氏物語」でなければいけないなのかという疑問は解けないままでいた。

 その後、源氏物語に深く足を踏みこむようになって、そのわけが分かった気がする。それは源氏物語のどこを切り取っても、一幅の絵になるからだ。そこには妖艶で雅な王朝のドラマがあり、夢があるからだ。
 『夕顔』の巻も、いたるところ絵になる。今、手元の『王朝の雅 源氏物語』(平凡社 別冊太陽)を開いてみたら、『夕顔』の巻は、あやしき家から夕顔の花を扇に乗せた乙女が出てきて、それを源氏の供人に差し出しているところであった。光源氏が、家臣の惟光の家を尋ねようとした時、暫時五条の大路に車を止めていると、あやしの家の塀に白い花が咲いているのが目に留まった。その花に興味をもって『をちかた人にもの申す。(そこに咲いている白い花の名は何と・・)』と、ひとり言を言っているのに応えて、その家の女主が,乙女にその花を扇子に乗せて持たせたのだ。『夕顔』の巻冒頭の場面である。

 もし私が絵師であったら、『夕顔』の巻のどの場面を描くだろう。
 光源氏が、夕顔を六条の廃院に連れて行き、その翌朝、源氏が自ら格子を上げている場面などはどうだろうか。
 『日たくるほどに起き給ひて、格子手づから上げ給ふ。(庭は)いといたく荒れて、人目もなく、はるばると見渡されて、木立いとうとましく、もの古りたり』
 この廃院は、嵯峨天皇の子・源融が別荘にしていた広大な邸がモデルになっているという。物語ではその院は管理人がいるだけで、庭も荒れ果てている。昨夜二人はこの廃院に来て、ひたすら「息長川」と契りあった。「息長川」とは、万葉集から引いたものである。
 『鳰鳥の息長川は絶えぬとも 君に語らふ言つきめやは』
 「鳰鳥(にほどり)」は、カイツブリのこと、水に潜るのが得意な鳥でいつまでも潜っている。つまり息が長いということである。滋賀県にあるという「息長川」は、名の通りいつまでも息長く流れ続ける川である。もしその川の水が絶えたとしても、君との関係は永遠に絶えることはありません、という意味である。と同時に、昨夜は、床を共にしながら、いつまでもいつまでも睦まじく語り合って、いくら語り合っても言葉が尽きるということがなかった、という意も含まれている。源氏と夕顔は夜を徹して睦まじく話し込んでいたのだ。
 そのため、翌朝は「日が高くなって」起きた。源氏は自ら格子を上げる。夕顔も源氏の後ろにそっと控えているのであろう。そして格子の上がった戸外に見渡される庭の様子は、鬱蒼としてなにか怖いような感じもする。当代一の美男の貴公子と源氏が深く愛した美女を中心にして、その背後にはあやしい雰囲気の庭、何かが起きるのではないかという不安感を孕んだドラマのワンシーンのような、まさに一幅の絵になる。

 さて、もう一つ描くとしたら、やはり六条御息所であろう。
 源氏は、身分もよく美貌で教養豊かな、故東宮の妃・六条御息所を口説き落として自分の女にした。しかし、自分のものにした途端に、彼の御息所に対する感情は冷めていった。女は、あまりにも気位が高く、心休まることとてなかったのだ。次第に源氏の足は遠のいていく。
 それでもある時、久しぶりに御息所を尋ねて行った。その夜二人の間にどういう営みがあったのかは、例によって一切書かれていない。夜の様子は描かれないまま、霧の深い朝を迎えていた。源氏は
 『いとそそのかされ給ひて、眠たげなる景色に、うち嘆きつつ出で給ふ』
のである。女房に何度もそそのかされるまで寝ていたのだ。それでもまだ眠い。この時女房の一人の中将の君が
 『御格子一間上げて、「見たてまつり送り給へ」とおぼしく、御几帳引きや』
った。源氏が、御息所の邸からご帰還になられるのに、格子はさながらになっていたので、中将の君が上げた。さらに彼女は、「源氏の君をお送りなさいませ」ということであろう、御息所の前の几帳を横に引きやった。そこに御息所の姿があった。
 『御ぐしもたげて、見いだし給へり』
 なんと彼女はまだ床の中にあって、頭をわずかにもたげただけで、帰って行く源氏の姿と戸外をもの憂そうに眺めているではないか。前栽には朝顔やら何やらいろいろの花々が咲き乱れている。源氏の前を案内する中将の君は、時季にあったセンスのいい紫苑色の上の衣に、薄ものの裳を鮮やかに着こなしていて、その腰つきは、しとやかでしかも優雅である。源氏は思わず彼女を勾欄の隅にひき据えて、手をとらえた。前栽の中には朝顔の花を折っている女の童がいる・・・。
 これが絵にならなくて絵師と言えようか。物語でも、『絵に書かまほし』と言っているほどの光景である。
 御息所が、まだ床の中で起きもせず、たゆそうに頭だけをもたげて、源氏を見送っているというのは、昨夜の二人の営みがそれなりだったことが想像されて可笑しい。恐らく二人の間では、源氏と夕顔とが夜を徹して睦まじく語り合ったというようなことはなく、ひたすら相手をむさぼっていたものと考えられる。

 ところで、『源氏絵』を見ると、おしなべて人物に表情がない。目は、すーっと横に引かれただけ。鼻は直角に曲がって、口は小さくすぼめている。これを「引目鉤鼻」というのだそうだ。特に、藤原隆能の国宝『源氏物語絵巻』はすべてそうだ。
 口を開いて笑っているとか、目を見開いて驚いているとか、鼻をうごめかして興奮しているとかいう姿はまったく描かれていない。まことに没個性的である。徳川美術館にある『柏木』の巻の絵に、柏木と女三宮との間に生まれた不義の子・夕霧を、源氏がわが子として抱いている場面がある。源氏の顔はなんとなく渋い表情をしていると言えなくもないが、それにしても自分の子でない子を自分の子として抱くという深刻で複雑な雰囲気は伝わっては来ない。赤ん坊の夕霧まで、「引目鉤鼻」で「、世の中はつまらない」といった表情をしている。

 私が、先に上げた二つの場面は、国宝には描かれていないのだが、私が絵師であったら、先の場面は、口をにんまりとさせ充実しきった源氏の顔と、その後ろに控える満足したような何か不安なような夕顔の目つきを強調して描くことであろう。
 後の場面は、もちろん御息所のもの憂げな表情を誇張し、格子のかげで、中将の君の手を捉えてうずくまる源氏のキラキラした目、そして迷惑そうでしかも嬉しそうな中将の君の表情をクローズアップして、その背景に、紫苑やら朝顔やら撫子やら竜胆やらをまき散らす。

 徳川美術館発行の『源氏物語絵巻』の解説にこんなことが書かれていた。
 「(源氏物語は執筆当時から好評を博していたが)十二世紀を迎へたころの宮廷サロンでは、源氏物語といえば、当然にして人々の備へてゐるべき知識であり教養であつたばかりではなく、「世にもめでたい、優れた物語」との評価が、すでに固定観念化されるに至ってゐた」
 そのために人々の源氏物語に対する観念は固定化してしまって、それを越えることができなくなっていた。絵も自ずから固定化する。それで人物の表情が没個性化し、目といえば横にすー、鼻といえば直角、口はみんなおちょぼ口、になってしまったのだ、という。
 とすれば、私が描こうとする絵は邪道ということになる。
 でも、六条の廃院で夕顔が急死し、狼狽える源氏とお付きの右近、また夕顔の死骸を惟光と右近が、月明かりの下、東山に運ぶ姿、さらに死骸置き場に最後の別れに行った源氏が、その帰り、賀茂川のほとりで馬からまろび落ちる姿,などなど、『夕顔』の巻のいずれの場面も、すべて『絵に書かまほしき』個性に溢れた場面ばかりなのである。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより167】へ
  • 【源氏物語たより169】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより167】へ
  • 【源氏物語たより169】へ