源氏物語

源氏物語たより172

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  滝廉太郎の『花』のこと 源氏物語たより172

 「源氏物語を読む会」のメバーの一人がこんなことを言った。

 「滝廉太郎の『花』の歌詞って、源氏物語からとっているって言うんですけど、本当ですか?え、やっぱり本当なのですか。だとすると源氏物語って凄いですね」

 「読む会」では、源氏物語を『葵』の巻まで読んできているが、この方は、源氏物語の凄さやその魅力について、今一つ理解できず、なにか釈然としないままここまで来ていたのだろう。誰かから得た情報が本当だと分かって、やっと「源氏物語って凄い」と思ったようである。

 『花』は、滝廉太郎が作曲し、武島羽衣が詞を作った明治33年の歌である。以来、この歌は日本人に愛唱され続けてきたが、その本歌については知る人は少ない。でも間違いなく源氏物語からとった歌である。改めてその詩を掲げてみよう。
 
  春のうららの隅田川   のぼりくだりの船人が
  櫂のしずくも花と散る  ながめを何にたとうべき

 太政大臣にまで上り詰めた光源氏は、六条に四町(よんまち)にも及ぶ広壮な邸を造った。源氏の栄華が極まった時である。
 この邸を「六条院」という。これを四つに区割りし、それぞれ春、夏、秋、冬の町にしつらえた。そして「春の町」には紫上が住み、「秋の町」は秋好中宮の里帰りの時の居所とした。
 昨秋は、秋好中宮が、自分の居所の秋の景色がいかに素晴らしいものであるかを誇って、紫上に得意の消息を贈った。
 さて今春は、紫上が「春の町」を中宮に誇る番である。

 源氏は、龍頭鷁首(りゅうとうげきしゅ)の舟を池に浮かべ、かじ取りの童たちには、みなみずらを結わせて、唐土風に仕立てた。その舟に、秋好中宮付きの女房たちを乗せ、春の町にまで漕ぎ廻らせようという趣向である。
 季節外れの桜がここでは咲き乱れ、藤の花や山吹の花が、今を盛りと笑み栄えている。そして、霞にけぶる木の梢や青々と色を増した柳や、水の上に遊ぶ鴛鴦(をし)などの水鳥が、女房たちの目を楽しませる。あまりの見事さに、女房たちは
 『ものの絵様にも描き取らまほしき』
ほど感動する。彼女たちはその感動を思い思い歌に詠み継いでいく。その一つが、

 『春の日のうららにさして行く舟は 棹のしづくも花ぞ散りける』

である。まるで『花』の歌詞そのものである。それは当然のことで、武島羽衣が、源氏物語の『胡蝶』のこの歌の場面をそのまま写したのだから。二番、三番に出てくる「桜木」や「青柳」や「錦」なども『胡蝶』に出てくる言葉からとっている。

 ところで、佐々木信綱作詞の『夏は来ぬ』も、源氏物語などから引いた歌である。

 卯の花の 匂う垣根に
 時鳥 早もき鳴きて
 忍び音もらす 夏は来ぬ

 桐壺帝が譲位し、朱雀帝に代わると、世は右大臣の天下となり、源氏は何かと心が晴れない。さらに帝の寵姫・朧月夜(右大臣の娘)との密会が右大臣に見つかってしまい、源氏は自らピンチを招く。そんな鬱屈した心理状態の時には、心を和ませてくれる女・花散里に逢うに限る、と彼女の家を尋ねる。
 彼女の元に通う途次、ささやかな家だが、なかなか風情のある邸が目に付いた。そこからは琴の音まで聞こえてくる。そういえば、昔、源氏が関係を持った女の家である。行き過ぎがたく思って、車を戻す。と、
 『折しもほととぎす鳴きて渡る』
のが、いかにもこちらを誘っているようである。そこで、女に歌を贈る。
 『をち返へり えぞしのばれぬほととぎす ほの語らひし宿の垣根に』
 (昔の気持ちに返って、訪問したい気持ちを抑えきれずにおります。かつてあなたとほのかに語り合ったその垣根に、ほととぎすがほのかに鳴いていますもので)
ところが、この女はつれない歌を返すだけであった。源氏は、そのまま花散里のところに行く。すると、
 『橘の薫り懐かしう匂ひて・・ほととぎすありつる(先ほどの女の家の)垣根のにや、同じ声にうち鳴く』
ではないか。先ほど女の家の垣根で鳴いていたほととぎすが、ここまで追いかけてきて、今度は橘の匂うところで鳴いているのである。
 ここでは、「卯の花」ではなく、「橘」であるが、ほととぎすが「ほのかに(忍び音で)」鳴いているなど、『夏は来ぬ』は、源氏物語の世界とほとんど同じである。
 もっとも、当時ほととぎすと言えば「垣根の卯の花」であり「橘の薫り」である。万葉集や新古今集などにもよく歌われる歌材である。たとえば
 『ほととぎす来鳴きとよもす 橘の花散る庭を見む人や誰   万葉集』
 『卯の花の垣根ならねど ほととぎす月の桂のかげに鳴くなり 新古今集』
などがあり、『夏は来ぬ』が、必ずしも源氏物語からとったものとは言えないが、それぞれの情趣は極めて近いものがある。

 源氏物語は、日本人の心の中に流れ続け、日本人の心を作ってきた。藤原俊成や藤原定家は、源氏物語を歌のバイブルとして尊重した。俊成などは
 『源氏物語読まざる歌詠みは、歌詠みにあらず』
とさえ言っているほどである。新古今集など、後の歌集にも、源氏物語からとった歌が多い。
 このような傾向は、明治時代まで流れていたのだ。ところが、今では『花』が源氏物語からとられていることを知る人も少なくなってしまった。


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