源氏物語

源氏物語たより174

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  再々度『心あてに』の歌の意味 『夕顔』を読む その3

 『心あてにそれかとぞ見る 白露の光そへたる夕顔の花』

 この歌の箇所に来るたびに、大の国文学者たちが、なぜあんなおかしな解釈をしてしまったものだろうかと、不思議に思い、つい足を止めってしまう。このことについてはもう何度も何度も述べてきたことだし、近くは「たより170」でも述べたばかりなのだが、ここで再度、またまた別の角度からこの歌の意味を探ってみようと思う。
 この歌は、光源氏が、惟光の母(源氏の乳母)の病気見舞いを兼ねて、五条わたりにやって来て、車の中から民家の塀に咲きかかっていた白い花に興味を持ち、その花の名を尋ねた時に、その家の女が、応えてきたものである。
 多くの国文学者たちは、
 「五条の小家に住む女は、自分の家の前の通りに止めた車の中の男は、光源氏であると捉えこの歌を贈ったもので、夕顔の花は光源氏を譬えたものである」
としている。しかしそんなことがあるだろうか、と言うことを何度も述べてきたのだ。
 「この時は既に夕方、しかも源氏は車の中にいるのである。そんな状況下で、一瞬にしてその貴公子が光源氏さまであるなどと判断できるはずはない。また、天皇の子、光源氏を夕顔の花に譬えるなどいう不敬があるはずはない」
というのが、今まで繰り返し述べてきた私の見解である。

 それでは、もう一度この時の状況を見てみよう。源氏は、五条の大路にしばし車を止めていた。そして、大路の様子を見渡してみると、彼の目には、みすぼらしい小家ばかりが立ち並ぶ、なんともあやしげな(見苦しい)通りと映った。
 ところが、こんなあやしげなところで、源氏は思いのほかに心揺すられる二つのものに遭遇したのである。
 一つは、白露の光りを浴びて咲いている白い花である。
 夕べの光りを受けた白露が、その花に反射し白くくっきりと浮き立たせていた。花は、いかにも心地よさそうに、笑みを湛えているが如くに咲き誇っているではないか。しかもその花は、頼りなげな小家の、頼りなげな塀に咲きかかっているのである。彼はそのアンバランスな趣に、一瞬、淡い幻覚を感じたのだろう、思わず古歌を詠っていた。
 なんと言う花であろうか、
 『をちかた人にもの申す』
 遠くにいる人に、「そちらに咲いている白い花の名は」と尋ねる古今集の歌を、源氏は借りたのである。
 すると、もう一つの意外な光景に遭遇した。頼りない小家から
 『黄なる生絹(すずし)の単袴(ひとえばかま)、長く着なしたる童の、をかしげなる(者が)出できて、(源氏の随人を)うち招く。白き扇のいとうこがしたる(香を深く焚き染めたの)を(差し出して)「これに置きて参らせよ。枝もなさけなげなめる花を」』
と言って、可愛い女童が出てきたのである。
 実は先ほど、源氏は、随人にその白い花の枝を一枝折らせていたのである。女童は、深く香をたきしめた扇を随人に差し出し、「これに乗せてご主人様のところに持って行ってください、何とも頼りなげな枝でございますから」というわけである。
 後で、見てみると、その扇には『心あてにそれかとぞ見る・・』という冒頭の歌が書かれていた。
 あの家の女は、源氏が詠みかけた古歌の下(しも)を心得ていて、「通りの車の中の貴公子はこの花の名を聞いているのだろう」と察して、扇に花の名を書いて応えたのだ。女の歌は、凡河内躬恒の次の歌を本にしている。
 『心あてに折らばや折らむ 初霜の置き惑はせる白菊の花』
 「白菊の花は、今秋初めて降りた真っ白な霜のために、“いずれが菊か”と心惑わせるほどに渾然として咲いているではないか。でも、いずれが菊かあて推量にでも折ってみようかしら」
という意味である。白菊と初霜が、渾然と白一色になった秋の朝の情景に、一瞬の戸惑いを覚えている作者の爽やかな心持ちを詠ったものである。
 この家の女は、それほど見栄えのしない夕顔の花に、心を止めてくれた道行く貴公子に、なにか魅かれるものがあったのだろう。
 そういえば、夕顔の花は、確かに夕べの光りを浴びた白露に、その白さを一層増して咲いて、まるで躬恒の歌のように渾然たる美しさで、こちらの心を幻惑させるように咲いているではないか。
 あの貴公子が尋ねているのは、はたしてこの花のことであるかどうかは判然とはしないけれども、おそらくこの花に違いない。それにせっかく花の名を聞いているのだもの、応えてあげなくては・・。そこで
 『心あてに』
ではあるけれども、扇に『夕顔の花』と記して、花の名を教えてあげたのだ。
 この歌は、相手の身分が分かったとか相手が何の誰がしであるとその名を言い当てたとかいうものではなく、もっと素直で純な応答歌である。

 源氏の古歌『をちこち人にもの申す』の詠と、躬恒の古歌を踏まえた女の『心あてにそれかとぞ見る・・』の歌は、五条のあやしげな通りに咲いた、束の間の心揺する花のドラマなのである。


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