源氏物語

源氏物語たより176

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  サロンの主としての六条御息所 源氏物語たより176

 娘と共に伊勢に下っていた六条御息所は、世代わりにともない六年ぶりに都に戻ってきた。その六年の間に六条の邸も荒れ気味になっていたが、
 『かの六条の旧宮を、いよいよ修理しつつ、繕ひたれば、みやびやかに住み給ひにけり。よしづき給へることふりがたくて』
 御息所は再び六条に住むようになったのである。屋敷を素晴らしく修理して、優雅に趣味よい形で昔にかわらず住み始めたのである。そういう邸には優れた女房も多い。
 そうなると当然
 『すいたる人のつどひ所にて、ものさびしきやうなれど、心やれるさまに』
過ごすことができる。「すいたる人」とは、「風流な人」ということで、自然にそういう人たちが集まって来るのだ。いわゆる「サロン」である。御息所は、そういう状況の下で「心やれる(気が晴れる思い)」さまで暮らすことになった。

 この場面を読むと、彼女が伊勢に下る前、嵯峨野の野宮で精進していた時のことを思い出す。あの野宮にも若き公達たちがぞろぞろと集まっていったものである。
 『殿上人どもの好ましきなどは、朝夕の露分けありくをその頃の役になむする』
 「好ましき」とは「すいたるひと」と同義である。殿上人が、朝夕、わざわざ露を分けて嵯峨野までふらふらと尋ねて行くことがその当時の、若き公達たちの「役(仕事)」になっていたというのである。なぜか、それはもちろん御息所の魅力に惹かれてのことである。六条にあった御息所のサロンは野宮に移り、殿上人は朝夕「野宮詣で」をしたのでだ。それが若公達の「仕事」になっていたというのだから、凄い。
 それほどに御息所は優れた資質の持ち主であった。特にすぐれた才能としては、彼女の「書」がある。『賢木』の巻に
 『御手、いとよしよししくなまめきたる』
とある。素養に溢れ優美な筆跡だというのである。また『須磨』の巻にも、
 『人よりことに(優れていて)なまめかしく、いたり深く(才能が深くいき届いていると)みえたり』
とあり、なんと二度にわたって彼女の書の素晴らしさを褒め称えている。その他の才芸については特に物語の上には述べられてはいないが、彼女の「筆跡」をもって、他は推して知るべしということなのであろう。恐らく琴を弾かせても歌を詠わせても人とは異なる才能を発揮したのであろう。(もっとも御息所の歌はさして素晴らしいとは言えないが)、

 若き公達をわざわざ嵯峨野まで朝夕誘い出したのは、そういう才芸だけではない。おそらく、彼女の学識や知識の深さも計り知れないものがあったのだ。そしてそれを語る彼女の語りのうまさもあったはずである。
 彼女が、伊勢から帰ったのは三十六歳の時である。いわゆる女としての歳ははるかに超えている。彼女がいかに美形であったとしても、三十六歳では、今更若き公達を惹きつけるはずはないからだ。彼女の語りに魅力があったことに外ならない。
 源氏が御息所と付き合いだしたころのことは、物語には一切書かれていない。彼女は『夕顔』の巻で、突如登場する。ただ、源氏が、彼女に熱を上げ、自分のものにするために相当の精力は使ったことは、後の文章で分かる。

 源氏が御息所に熱を上げた理由には二つある。
 一つは、元「東宮の妃」ということである。つまり当然大臣の娘だということで、源氏はそういう家柄の良さ身分の良さに特別魅かれる男である。
 そして、もう一つの理由が、彼女の才芸の豊かさであり、学識・知識の深さであった。源氏も稀に見る多才、有識の男である。源氏に匹敵できる女などそうやすやすといるものではない。その点御息所はうってつけの女性であった。彼女は、若き公達のあこがれの的であり、サロンを形成する主であった。そんな有能な女性こそ、源氏には誠に似合いの人であったのだ。そこで源氏は強引に御息所に迫って行って「自分の女」にしてしまったのである。
 当初は、二人が語らう様は、世にも稀なる超一級、超高級なもので、凡人が聞いていたとすれば、あまりの高尚さに「天上人の会話」と映ったことであろう。
 周囲も、「いずれは源氏の本妻になるのでは」などと噂するまでになっていた。
 
 ただ惜しむらくは彼女の性格は、
 『いとものをあまりなるまでおぼししめたる御心ざま』
であった。極端なまでに一途に思い込む性格だというのである。そんなこともあって、源氏の心は、次第に熱が冷め、彼女から離れていった。
 そんな時に湧いたように現れたのが「夕顔」である。夕顔は、御息所とは正反対
 『いとあさましきまでやはらかにおほどき(驚くほど柔軟で鷹揚)』
たる人柄であった。源氏の心は一気に夕顔に靡いて行く。
 源氏の移ろい易い婀娜(あだ)なる行為とつれなさが、御息所を悲嘆の境に追い込み、伊勢まで下る決意をさせてしまった。

 伊勢から帰った彼女は、病づいたこともあって出家を断行してしまう。それを伝え聞いた源氏はさすがに
 『かけかけしきすぢにはあらねど、なほ、さるかたのものをも聞こえ合はせ人に思ひ聞こえつるを、かくおぼしなりにけるが、口惜しうおぼえ給ふ』
のである。「かけかけし」とは「懸想だつ」ということで、いまさら色好みということではないが、風雅や趣味の面ではあれこれと話し合う相手としては最高の人であると思っていたのに、出家してしまうとはなんとも残念、ということである。
 もし源氏の強引さがなければ、伊勢まで下ることもなかったし、六条の邸で若く風雅な連中をはべらせながら「心やれる」状態で、安穏、平安な生涯を過ごしていたことだろう。源氏が、一人の有能な女性と雅なサロンを潰してしまったと言えなくもない。


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