源氏物語

源氏物語たより178

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 光源氏が恋をし続けるわけ 『夕顔』の巻を読む その5

 あれほど真剣に愛したはずの夕顔の死の、四十九日も済まないうちに、光源氏の婀娜心(あだごころ)は動き出す。
 夕顔の死のショックで寝込んでいるといううわさを聞いた空蝉は,源氏に見舞いの消息をする。その消息を見た源氏は、
「あなたの言葉にすがって生きていきたい」
というような、婀娜なる消息を返す。しかし、空蝉は夫のある身で、源氏と深く付き合うわけにはいかないし、その意志もない。ただ源氏に心惹かれるものはあるし、消息ばかりは取り交わす。それに源氏に「つれない女」という印象を残したままでは終わりたくなかったのだ。
 そんな女の貞節心やこだわりを悟り、これ以上はもう脈はないだろうということでか、ふと例の「もう片方の女」を思い出し、これにも消息を送る。「もう片方の女」とは、源氏が、空蝉の部屋に忍び込むと、肝心な空蝉は衣一重を残して逃げてしまった時、そこに寝ていた女のことである。源氏は、「逃げた女は仕方がない、この女でもいいか・・」と契りを結んでしまった「軒端荻」である。 
  軒端荻の手紙を見ると「返事は早ければいい」というふうな乱雑さで、筆跡は下手そのもの、それをごまかして上手っぽく書いてある。そのしゃれた風な書きざまはなんとも
 『品(しな)なし』
である。「品(ひん)がない」ということで、随分の酷評である。
 源氏は、手紙を見ながら、空蝉と軒端荻が碁を打っていた時の垣間見を思い出し、
「そういえば、空蝉に比べて、軒端荻は何の心構えもなく、わあわあとはしゃぎ回っていい気になっていたものよ」
と感慨を新たにする。彼女の碁を打つ姿は、胸をはだけた随分「ぼうぞくな(だらしない)」ものがあった。今見る筆跡も品がない。 
  にもかかわらず、この女も
 『にくからず』
源氏は思うのである。「悪くはない 感じが良い」ということである。容姿、行動は確かに「ぼうぞく」ではあったが、それでも肌は白くて、つぶつぶとして肉感的であった。その面では魅力はあったのだ。今見る手紙にも、何か取り得があったのだろう、「にくからず」思ってしまう。
 そんな源氏の婀娜心を、さすがに語り手は、こう述べる。
 『なお、こりずまに、またもあだ名は立ちぬべき』
 「相変わらず懲りもしないで、また浮気な男という評判が立つことであろう」という意味であるが、これは古今集からの引き歌で、本の歌は
 『こりずまに またもなき名は立ちぬべし 人にくからぬ世にし住まへば』
である。
「性懲りもなく、こんな恋をしていて、またあらぬ評判が立つことであろう。でも人はみなそれなりに感じがいいし、悪くはないのだ。そういう人の世に住んでいるものだから、つい・・」
 本歌は「なき名」は、「根拠のない評判」という意味であるが、物語では「あだ名」に変えている。これだと「婀娜なる評判」という意味になる。「婀娜」は源氏の代名詞のようなもので、源氏の浮気沙汰はみな「根拠のあるあだ名」なのである。
 
 この引き歌に、源氏が恋をし続ける理由が潜んでいるような気がする。
 つまり、彼は、「女というものはみないい人ばかり、悪い人などいない」という感覚を持っているから、次々恋をするということである。文字は下手くそ、態度、容姿は「ぼうぞく」な軒端荻のような女性でも、それなりに魅力があるというのだ。軒端荻にして然りということは、源氏にとっては、世の中の女という女は、みなその人なりの良さを持っているということである。
 これは誰もが真似のできることではない。源氏にして初めて可能な芸当なのである。そもそもそれぞれの女の良さを見つけ出すことのできる資質を持っていなければならないのだから。それには豊かな感性がなければならない。
 そしてそれは、女に対してだけではなく、人すべてに対してもそうでなければならないし、さらには自然や人事に対しても、豊かな感性をもって接し、それぞれの価値を見出す資質を持っていなければならないのである。  

 そのためには、「もの、こと」に対していつも前向きな興味・関心を持っていなければならない、常に目が輝いていなければならないということである。  
 光源氏の素晴らしさは、そこにある。藤壺宮や紫上は世にも稀なる美女であり、全ての面で最高の女性であるから、彼が恋をするのは当然のことであるが、さして目立ちもしない「花散里」などにも深い情愛を注いでいる。彼女の容貌は下の下である。何しろ末摘花と比較されるほどなのだから。しかし、彼女に家政や子供の後見を任せれば、何の心配もないのである。そういう面で彼女は重要な役割を担い続けていく。源氏は、そういう彼女を信頼し、また心を慰めてくれる存在として長く尊重していくのだ。
 源氏には、人の資質を見出す能力があった。その能力が華やかな恋を次々生み出したのだ。そしてそれは、恋のみでなく、歌に、書に、絵画に、管弦にたぐいまれな才を発揮することになったのである。源氏が恋をし続けるのは、こんなところに理由があった。

 実は源氏が恋をし続けるのには、もう一つの大きな理由がある。それは「あはれ」とのかかわりである。が、これは私にとってはいささか大きすぎる命題なので、これからじっくり追及していくつもりでいる。


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