源氏物語

源氏物語たより181

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  絶妙な言葉遊び 源氏物語たより181

 紫上が、光源氏に拉致同然に二条院に連れて来られたのは、十歳の時である。そして、二人が新手枕(にいたまくら 男女の初めての性の契り)を巻いたのが、紫上十四歳の時。つまり、あれから四年も経過して、二人は本当の夫婦になったということである。この間、二人は、寝る時にはいつも同衾していた。したがって、周囲の者には「そのこと」があったのかないのかは分からないままに来ていた。いわば『いとさま変わりたる』夫婦を演じていたのである。ところが、
 『をとこ君はとく起き給ひて、女君はさらに起き給はぬ』
朝があった。源氏の君は早く起きたのに、女君は一向に起きてこない朝があったというのである。女房たちは多分体調が悪いのだろうと推測し、まさか昨夜新手枕が交わされたとは思いもしなかった。
 ちょうどその日は、「亥の子餅の祝いの日」であった。「亥の子餅の祝い」とは、十月最初の「亥の日」に、餅を食べれば、無病息災や子孫繁栄が約束されるという節句の行事のひとつである。
 紫上のところにも、亥の子餅が運ばれてきた。これを見た源氏は、惟光を呼び、
 「今日は日が悪いので、明日の晩に餅を持ってくるように」
とにっこりしながら命じる。察しのいい惟光は
 「ははーん、昨夜新手枕が交わされたのだな」
と気づく。そこで、彼は、
 「わかりました。それにしても“子の子餅”は、いくつ持ってきたらいいでしょう」
と応じる。
 この二人の駆け引きが実に洒落ていて、粋なのである。「さすがは高級貴族」と感心してしまう。

 ただ、うっかり読んでしまうと二人が何を言っているのか分からないまま通り過ぎてしまう。また当時の風習を理解していないと、何のことやら状況がさっぱり分からない。
 実は「子の子餅」などというものはないのである。ここは「三日夜(みかよ)の餅」と言わなければならないところなのである。当時、結婚すると、男は三日間、女の家に通わなければならないという決まりがあった。もし一晩でも通わないと破談になってしまうこともあるのである。
 そして、三日目の夜には、男女二人が餅を食べるという習わしがあった。これを「三日夜の餅」と言う。男は三つ食べ、女は自由という決まりであったそうだ。(ただこれは明らかではない)惟光が「いくつ持ってきたらいいでしょう」と聞いているところからすると特にいくつ食べるのかの決まりはなかったのだろう。
 そして、三日夜の後、正式に結婚が成立したということで結婚披露宴を行う。これを「ところあらわし」という。

 さて、惟光は、源氏がにっこりしながら(はにかみながら)「明日の晩、餅を・・」と言ったので、「ああ、昨夜紫上さまと・・」とぴんときたのだが、明日の晩と言えば「子の日」に当たる。そこで「亥の子餅」ならぬ、「子の子餅はいくつ・・」と洒落たのである。

 これにはさらに解説が必要であろう。暦法で当時は「一日、二日、三日」と言う他に、それぞれの日に「十二支」が当てられていた。つまり
 「子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥」
の十二が、毎日に当てられていたのである。これを見ると確かに「亥の日」の次は「子の日」になる。惟光はこのことを利用したのである。整理してみよう。
 一晩目、新手枕の晩   
 二晩目、亥の子餅の祝いの日  
 三日目、三日夜の餅の日
 三日夜の餅の日は、今回は「亥の子餅の祝いの日」の次の日に当たるから、そこで「子の子餅」となったというわけである。非常にこった洒落である。

 実は、この場面にはもう一つのしゃれた応答があるのだ。
 惟光は里に戻って、自ら三日夜の餅を作って、翌日持ってくる。通常なら、紫上の乳母である少納言にこれを手渡し、紫上のところに届けるべきなのだが、少納言は大人である。わけ知りの大人に「三日夜の餅」を運ばせたのでは、「おとといの晩、紫上様は源氏様と性の契りをした」ことが分かってしまって、紫上様が恥ずかしがるだろうと配慮し、少納言の娘にこれを運ばせることにした。
 この娘がまだ若いことを心配した惟光は、粗相があってはいけないと、
 「これは、紫上様に差し上げる大事なものなので、間違いなく上様の枕上に持っていくのだよ。決して『あだにな』」
と念を押す。「あだにな」と言うのは、「おろそかな扱いはするな」ということである。すると娘はこう答える。
 『あだなることは、まだならはぬものを』
 娘の言う意図は、
 「私はまだ、そんな浮気ごとは経験したことないもの」
ということである。『あだ』には「いい加減」と言う意味と「浮気ごと(色っぽいこと)」と言う意味があって、娘は、完全に惟光の言うことを後者の意味に取り違えてしまったのだ。惟光は慌てて
 「こんなめでたい結婚という場で、「浮気」などという言葉を使うとは。そんな不吉な言葉はよもや使うのではない」
と再度忠告する。恐らく御主人・源氏様の浮気なご気性が彼の念頭に浮かんだのであろう。新婚当初から「浮気沙汰」などは御法度なのである。
 源氏物語には、いたるところに高級な洒落がちりばめられている。その中でも、ここの洒落は、一級品と言ってもいいだろう。

 このように平安人は「言葉遊び」を好んだ。竹取物語の最後は
 『不死の薬の壺を並べて、火をつけて燃やすべきよし仰せ給ふ。・・山へ登りけるよりなん、その山をふじの山とは名づけける。その煙いまだ雲のなかへ立ち上るとぞ言ひ伝へたる』
である。物語の祖である竹取物語でさえ、その最後をしゃれで結んでいる。和歌における「掛詞」や「縁語」などは言葉遊びの典型といえる。また「一首の中に同じ文字が一つもない歌」とか、「[か き つ ば た]の五文字を五、七、五、七、七の頭に詠み込んで歌」とか、彼らは、さまざまな技法を駆使して、言葉に対するセンスや感覚を磨いていき、互いの才を競い合い愛であったのだ。
 現代でも、言葉遊び(洒落など)は座談の席などでよく使われる。洒落によって、その場の雰囲気を和やかかになったり盛り上げたりすることがある。だが、平安人のセンス、感覚にははるかに及ばない。

 テレビの「笑点」などを見ていても、今はすっかりレベルが落ちてしまった。センスもなければ品もない。喜久扇や圓楽などはもう少し才能があったはずなのに、聞くも哀れである。彼らは、互いの悪口を言い合って喜んでいるだけだ。せいぜい「隣に塀ができました」「へーえ」とか「屋根が壊れました」「や―ね」くらいのダジャレで済ましている。テレビのレギュラーということに安住してしまって、言葉の感覚を磨こうという努力をしないのだ。もっとメンバーを変えるべきだろう。
 笑点のメンバーより我々素人の方がまだましである。
 
 先日大学の同級会があって、幹事が洒落を連発していた。人の受け売りも多いのだろうが、こんな洒落を言っていた。
 「天皇陛下が、歌壇の花を熱心に見ていられるので、記者が『陛下は何の花がお好きでいられますか』と聞くと、『チン、パンジー』」
 そのくらいなら私にもできると、応じてやった。
 「ある猟師が子供を連れて山に入って行くと、向こうからすごい獣がやってきた。息子が『お父さん、あれ何?あれ何?早く撃って!』すると父親『おら、うたん』」
 もっともこのくらいでは、紫式部が聞いたら、「いとあさまし」と目を背けることだろうが。


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