源氏物語

源氏物語たより185

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  鰯の頭も信心から 源氏物語たより185

 神奈川新聞には毎日『二世・易八大 今日の運勢』が載っている。今日6月12日の『生れ月による「五行易判断」』で私の生れ月10月を見てみるとこうある。
 『可もなく不可もない安穏日。淡々と仕事を』
 現在の私は、毎日「可もなく不可もない」生活を続けているから、易で占ってもらうまでもない。それに「淡々と仕事を」と言われても今は無職の身。
 また「吉数」とか「吉色」とか「方位」などもあって、「6」だとか「茶」だとか「北東」だとかがいいとされている。が、そもそも「6」や「茶」が、今日の私の生活とどうかかわるのかさっぱり見当がつかない。今更電話番号をみな「6」にするわけにもいかないし、部屋のしつらいを「茶」一色にするわけにもいかない。
 方位も「北東」に行くことなどはまずない。最寄りの駅は「北」にあるし、「北東」方向と言えば東京に当たるが、今日は東京には行く用はない。あるいは「北東」から素敵な人でもやってくるということだろうか。どうも信じるには値しない感じがするのだが。

 でも、毎日この運勢が載っているところを見れば、信じる人もいるのだろう。それにしても毎日毎日あれこれの言葉を紡ぎ出して人の運勢を占っている「占い者」の努力と根気には感心する。

 また、新聞広告に『高島易断』なるものも時折入ってくる。相談内容やその結果を見てみると、別に易で占ってもらわなくてもよさそうな内容のものが多い。
 たとえば、「次から次へと病気になる」という相談に対して、その結果が「生活習慣を変え、健康になった」とある。これなどは、その道のちょっとした先達なら、相談者の生活習慣を聞いて、「これこれの食習慣に変えたらいいですよ」とか「こういう運動をしてみたらどうでしょうか」とか、アドバイスしてあげられそうな感じがする。
 また「職場での人間関係に悩む」という相談に対して、その結果が「対人関係の在り方を改めて学ばせてもらった」とあるが、これなどは、私が昔職場にいた時によくあったことで、あえて「易」にこだわらなくてもいいような当たり前の回答だ。
 ところが、「若死にや自殺・変死者の家系が気になる」という相談などになると、簡単なことではない。この広告では「適切なアドバイスにより家系の悪因縁から解放された」とあるのだが、「適切なアドバイス」とは、どういうアドバイスを受けたのかは書かれていない。企業秘密なのだろう。
 さらに、「不慮の事故・災難が続く」などの相談は我々素人には手の施しようがないことなのだが、「時季、方位、気学から原因を知ることができた」などとあり驚いてしまう。事故や災難と時季や方位が関係するのだろうか、とても信じられないことである。このあたりの信じられなさは、神奈川新聞の「今日の運勢」と同じである。

 さて、古代人もよく占いをしたり願を立てたり祈祷をしたりしている。そもそも源氏物語の骨格を成しているのが占いなのである。『桐壷』の巻で、帝は光源氏の「相」を高麗の相人に占わせている。その結果
 『帝王の上なき位にのぼるべき相おはします』
と出た。天皇になる相があるというのである。しかし、もし天皇になった場合には国が乱れるだろう、とも言っている。また朝廷を支える重鎮になるかもしれないが、どうもそんな相とも違うし・・と言いながら、高麗の相人は盛んに首を傾げるのである。首をかしげるところが、高島易断より正直でいい。

 『澪標』の巻にもう一つの重大な占いがある。これは「宿曜」による占いである。「宿曜」とは星占いのことである。
 『御子三人、帝・妃、必ず並びて生まれ給ふべし。中の劣りは太政大臣にて、位を極むべし』
 かつて宿曜が占ったことなのだが、明石の君に女の子が生まれたために、この占いが俄然現実味を帯びてきたのである。源氏の子供は、葵上との間に生まれた「夕霧」と明石の君との間に生まれた「明石姫君」の二人であるはずなのだが、この占いの中にはなんと藤壺宮との「不義密通の子」まで入っている。宿曜は、源氏の密通の子を知っていたのだ。この三人がそれぞれ「帝」になり「后」になり「太政大臣」になると占ったのだ。
 先の高麗の相人の占いと合わせて、源氏物語はこの占いがどう実現していくのかの謎解きでもあるのだ

 この他にも、夢占いが盛んに出てくる。藤壺宮の妊娠に際しての源氏の夢合わせ、源氏の夢枕に立った桐壺院の夢を信じての明石への移動、明石入道の壮大な夢とその実現、女三宮の妊娠に際しての柏木の猫の夢など。これらが物語の展開上重大な役割を演じていく。

 占いは万葉の時代からのもので、特に万葉人は「言葉」での占いをよくした。こんな歌がある。
 『言霊(ことだま)の八十の街(やそのちまた)に夕占(ゆうげ)問ふ 占(うら)まさに告(の)る 妹はあひ寄らむ』
 難しい歌であるが,大意は、
 「八十の街」とは「四通八達」のことで、道路などが四方八方に通じているところである。そういうところには多くの人が集まるが、そこで人々がしゃべっている言葉で占ったところ、私の思っている人は、間違いなく私のところに寄ってくる、つまり私と結婚するという卦が出たということである。人の会話をさえ占いの道具にしたのである。
 古代人はさまざまな物をもって占いをした。 
 現代人にとっては、占いなどと言うと何か眉唾な感じはするのだが、阿部清明で有名な陰陽道などは律令官制の中に組み込まれていたれっきとした訳書なのである。中務省に属し天文、気象、卜占などに携わっていた。物忌みや方違えもここから出されたのだ。暦も彼らが作った。

 源氏物語では、占いや願掛けや祈祷というものが、欠かせない要素となっているのだが、だからといって、奇想天外、荒唐無稽な夢語りかというと、決してそうではない。すべて現実や歴史にのっとっているのだ。ただ、夢を信じることが当時の人々の習慣であったのだし、家内安全や一族繁栄の願を掛けたり、病気回復や国家安穏の祈祷をしたりすることは、彼らの当たり前の風習になっていたので、現代の我々には奇異に感じられるだけなのである。紫式部は鬼神を語らないのである。

 ところで、先の相人や宿曜の占いの結果はどうなったであろうか。なんと「不義の子」は帝となり、受領の娘でしかない明石君の子・明石姫君は中宮となり、頼りないと思われた夕霧は太政大臣になった(であろう)。源氏自身は「准太上天皇」になった。高麗の相人が首をかしげていたのがこれだったのだ。源氏は太政大臣にまでなりのぼり、国家の柱石になったのだが、それだけでは終わらなかった。
 占いは全て当たったのである。


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~ Comment ~

占い 

高麗の相人の占いが全て当たったというのは、ものがたりのうえでの話ですから作者がそのように設定すれば当たるのが当然だと思います。  当たるも八卦、当たらぬも、、、などと言われながら現在でも易に頼る人がいるということは、心の不安を打ち消す何かが欲しい人が多いということでしょうか?
光ちゃんには魅力を感じませんが作者の紫式部の知識には先生のお話を聞くたびに驚きます。
遠い存在だった古典が最近気になり始めたのは源氏に触れる機会を持てたからと感謝しています。



NoTitle 

 中森貫太さんの能を鎌倉能楽堂で見てきました。『夕顔』の場面を別の能とした『半蔀』というものでした。夕顔の霊が僧によって供養され、その感謝の舞が中心の内容でした。
 以前貫太さんの父親の『野宮』を見たことがりましたが、やはり若干劣る気がしました。
 ご指摘の通り『夕顔』は世阿弥のものとも言われますし、傾向から世阿弥のものではにだろうともいわれているようです。『野宮』『半蔀』も世阿弥作になって言いますが、とにかく能と言えば世阿弥ということにしてしまったのでしょう。そのほかには『玉鬘』(金春禅竹作)『浮舟』などがよく演奏されるようですが、源氏物語の能はみな女の霊が僧によって慰められるもので、変化には乏しい感じがします。内容をよく理解したうえで鑑賞しないと、眠くなります。
 
 紫式部は、物語に合わせて場を設定し、場(状況)に合わせて物語を創造していきます。その自由自在さは「神の如し」と思います。
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