源氏物語

源氏物語たより187

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  遍歴彷徨の人 玉鬘   源氏物語たより187

 源氏物語に登場する女君たちは、みな上流貴族の娘たちであるから、彼らの行動範囲は極めて狭く、京から一歩も出たことがない女性ばかりである。藤壺、葵上、紫上、末摘花、花散里、朧月夜、女三宮など、みなそうで、彼女たちはせいぜい賀茂祭を見学するくらいだったのではなかろうか。空蝉や明石君や浮舟などは、受領の妻であるか受領の子であるかなので、これは例外である。(紫上は住吉神社に行っている)

 これらの女性たちに比べて、特別な人生を歩んだのが玉鬘である。玉鬘は、頭中将と夕顔の間に生まれた子で、頭中将に捨てられ、母が突然失跡した後は、誠に数奇な運命をたどることになる。彼女を後見する者は、夕顔の乳母夫妻しかいない。
 その夫が太宰の少弐として九州に就くことになったので、それについて行くしか彼女には選択の方法はなかった。
 通常なら、少弐としての任期が終えれば京に帰れるはずなのだが、この少弐は世渡りの下手な人物で、一家を伴って京に帰る手立てを失ってしまった。しかも次の言葉を遺して亡くなってしまうのである。
 『この君の十ばかりになり給へるさまの、ゆゆしきまでをかしげ(美しい)なるを、見たてまつりさして(最後まで見ることなくて)、われさへうち捨てたてまつりてば、いかなる様に、はふれ(さまよう)給はんとすらむ。
 ただこの姫君、京へ率てたてまつるべきことを思へ』

 しかしこの遺言にもかかわらず、一家は京に帰ることができなかった。少弐にさえできなかった帰京を、乳母の細腕でできるはずはない。
 これから、乳母一家と共に玉鬘の北九州さすらいの旅が始まる。
 「ゆゆしきまでをかしげ」に成長した玉鬘を狙って、土地のさまざまな男たちが言い寄ってくる。中でも強烈に言い寄って来たのが、大夫の監という肥後の豪族である。何とかこれを逃れようと、乳母は、長男の豊後介と謀って、九州を脱出する。
 京に戻った乳母たち一行は、玉鬘のために何とか母親の夕顔(亡くなっているのを知らなかった)に会わせてあげようと、石清水八幡にお参りしたり初瀬にお祈りしたりする。
 その甲斐あって、かつての夕顔の女房・右近と初瀬に近い椿市で劇的な再会を果たす。

 その後、彼女は光源氏に引き取られる。実父である頭中将(今は内大臣)のところに引き取られるのが筋なのだが、源氏の思うところがあって、彼のところにきたのだ。
 ともあれ、これでようやく玉鬘の人生に光明が見えてきた。これからは安穏な生活が待っていることであろう、と思われた。
 しかし、それも束の間のことであった。彼女の前に誠に厄介な難問が立ちはだかったのである。
 こともあろうに父親代わりの源氏の執拗な懸想が待っていたのだ。源氏は養父格にもかかわらず、ねちねちと恋心を玉鬘に訴え続ける。時には彼女の手を握り、時には彼女の髪を撫で回し、時には琴に添い寝する始末。これは大夫の監以上の難敵で、彼女の手に負えないことである。

 そればかりではない。源氏は隠微な作戦を立てる。多くの男たちに玉鬘に関心を寄せさせるというものである。このことによって、彼女は、またまたさまざまな男たちの好奇の目と懸想の渦の中に翻弄されることになるのだ。なぜそんなことをしたのかは不明であるが、おそらく源氏が自己の性的欲求を満たそうとしたのだろう。
 玉鬘は、京に帰っても心休まることとてなかった。

 中でも熱心に言い寄って来たのが、源氏の弟・蛍兵部卿宮と鬚黒大将である。
 ある時、狩りのための冷泉帝の大原野行幸が行われた。鬚黒大将も颯爽とした出で立ちで供奉している。しかし、玉鬘の関心は美しい冷泉帝の上にばかり注がれていて、鬚黒などは問題外であった。なにしろ鬚黒は
 『色黒く鬚がちに見えて、いと心づきなし(気に食わない)。若き(玉鬘の)御心には見落とし給ひてけり』
なのである。つまり鬚黒は彼女の眼中にはなかったのだ。
 ところが何という人生の皮肉であろうか、この鬚黒大将が玉鬘を射落としてしまった。彼女お付きの女房「弁のおもと」の貢献である。彼はその喜びをこう表現する。
 『石山の仏をも弁のおもとをも、並べていただかまほしう思へど』
 彼は、玉鬘を物にしようと、熱心に石山寺の仏に祈っていたのだ。と同時に弁のおもとを攻めに攻めていたのだ。その効験あらたかだったので、二人を押し頂きたいというのだから、凄まじい限りの歓びようである。弁のおもとは、仏と同格の座に祭り上げられてしまった。
 一方の玉鬘にとっては意想外の結果で、とても納得できるものではなかった。彼女はいつまでも
 『深くものし(不快)と思し疎む』
のである。

 しかし皮肉なことには、彼女には年子の男の子が引き続いて生まれる。あれほど「ものし」と思っていた鬚黒との間にである。
 でも、結果的にはこれでようやく彼女に春が巡って来たようである。なぜならその後も子供が生まれ続け、なんと三男二女の母親になったのである。鬚黒大将が、無類に実直な男だったことが彼女の心を溶かしていったのかもしれない。彼はやがて源氏の引きもあって右大臣にまでなり昇る。その北の方になったのだ。

 確かに結果は良しである。しかし彼女の前半生は「生きる」ではなく「生かされる」人生でしかなかった。もっとも平安時代の女性の多くは、「生かされる」ような人生を生きていたのかもしれない。自分の意志を主張することなどとてもできることではなかったのだから。 
 そんな中でも、特に玉鬘は、波乱に満ちた彷徨の人生を生かされた女性であった。
 



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