源氏物語

源氏物語たより189

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  光源氏の強引さ 『若菜』を読む その2

 光源氏の強引さは、今に始まったことではない。方違えのために他人の邸を一夜借してもらったというのに、たまたまその邸に来ていた女(空蝉)の部屋に入り込み、有無を言わせず抱き上げるや、自分の部屋に連れ込みことを遂げてしまうという強引さ。また、この空蝉と二度目の契りを結ぼうと、再び彼女の部屋に入り込んだが、女はそれと気づいて逃げ出してしまう。残ったのは別の女(軒端荻)であった。それでも「まあ、いいか!」とこれと契ってしまうのだ。

 この強引さは後々も続く。朧月夜を手に入れたのなどがその典型である。敵方の殿舎である弘徽殿に大胆にも入り込むや、向こうからやって来た朧月夜を
 『やをら抱きおろして、戸を押し立て』
てことを遂げてしまう。
 『若紫』の巻では、源氏のこの特技が随所で発揮される。「若紫を読む その1」でも述べたように、「(几帳に)手を差し入れて、紫上の髪や御衣を撫で回したり」「自分の寝室に逃げていく紫上について行って、彼女のベッドに入り込むや、そのまま一夜を明かしてしまったり」したのもそうだ。

 この巻で、源氏の強引さが最も顕著に出るのが、紫上を二条院に引き取る場面である。
 身寄りを亡くした紫上を、さほど積極的には引き取ろうともしなかった父親の兵部卿宮が
 『「明日、にはかに(紫上を)御迎へに」とのたまはせたりつれば』
と、乳母である少納言が言うのを聞いた源氏は、父宮のところに引き取られてはことが面倒になると、急遽二条院に紫上を迎え取ることにした。
 そう決心するや間髪を入れず
 『あか月、かしこ(紫上のところ)にものせん。車の装束さながら、随人一人・二人仰せおきたれ』
 「車の支度はわざわざ立派に仕立てなくていいから、とにかくあけ方にはあちらに着くようにしたい。隋人を一人二人用意するように」と家臣の惟光に命じるのである。何とも素早い行動である。そしてまだ夜深いうちに出かける。

 その後の彼の行動も、目の覚めるような迅速さである。
 『何心もなく寝給ひつる(紫上を)抱き驚かし給ひて・・いざ給へ。宮の御使いに参り来つるぞ』
と、宮を語った嘘をついて彼女をかき抱いて出ていこうとする。
 驚いた乳母や女房が「何をなさる」と抗議する。しかし平然と
 『人一人参られよかし(一人だけついて来い)』
と命じる。それでも乳母がとやかく言い逆らうと、ぴたりと言い放つ。
 『よし、後にも人は参りなむ』
 「それほどぐずぐず言うならもうよろしい、後でやって来い」と言うのだ。呆れた身勝手だ。
 彼は、おろおろする乳母やいぶかって泣く紫上のことなどお構いなく車に乗せようとする。さすがに紫上だけを源氏に渡すわけにもいかず、乳母は、昨夜縫ったばかりの紫上の衣を引っ提げるとともに、自らも相当いい衣に着替えて車に乗る。

 二条院に着いたのは『まだ明うならぬほど』であった。西の対に車を寄せて、
 『わが君(紫上)をば、いと軽らかにかき抱きて、下ろし給ふ』
 乳母が「私はどうしたらいいのでしょう」などと、ぐずぐず言っていると、またまたぴしゃりと言い放つ。
 『そは心ななり。(紫上)御身づから(を)渡したてまつりつれば、「帰りなむ」とあらば送りせむかし』
 「もう紫上をこちらにつれて来てしまったのだから、そなたが帰りたければ、それはお前の心のままだ。帰るの?帰るというのなら送ろうか?」と言うのだ。これではなんとも手の施しようがない。乳母は、仕方なく車から降りる。
 なんとも傍若無人の迅速果敢な振る舞いである。いかに相手が乳母風情とはいえ、あまりに無情な厳しさではないか。

 しかし、読んでいて、源氏の言動に対して何の不快感も覚えないのは一体どうしたことだろうか。いやむしろ爽快な気分さえする。
 それは源氏の持つ威厳と適切な判断力・鮮やかな決断力・敢然とした行動力があずかっているからではなかろうか。源氏はまだ十八歳であるが、彼の言うことに対して帝が首を横に振ったことがないという。政治向きの施策や事に当たっての提言などであろうが、それらがいかに的確なものであり時宜を得たものであったか、ということである。おそらく、彼のものを見、判断する確かさと爽やかな弁舌、それに素早い行動力が、帝や上達部たちの心を動かしたのだろう。

 紫上の父親・兵部卿宮には北の方がいて、もしそこに引き取られれば、紫上は「継子」ということになる。いにしえの物語にも「継子は不幸せ」という図式がある。彼女も必ず不幸になるであろう、だったら私(源氏)が引きっとった方がはるかに幸せである、と言う彼一流の読みがあったのだ。
 それはまた読者の願いでもある。読者の願いと主人公の行動が合致した。そのために、常識的には悪徳である源氏の行為を我々は知らず知らずのうちに許容しているのだ。いや心の中では彼に応援さえしているのだ。
 案の定、兵部卿宮は紫上の行方をそれほど探そうともしなかった。そしてこう言って、すんなり諦めてしまう。
 『故尼君も、かしこ(宮の邸)にわたり給はんことを、いとものし(気に入らない)と思したりしことなれば、乳母の・・心に任せて率てはふらかし(行方をくらまし)つるなめり』
 故尼君も、私が引き取ることを快く思っていなかったので、乳母も勝手に判断して身を隠してしまったのだろう、というのだが、こんな親に引き取られては娘に幸せが訪れるはずはない。紫上を藤壺宮の形代にしたいという源氏の欲望が強かったことも確かだが、彼女の将来の幸せについてまで慮った強引さだったのだ。

 ところで、こんなふうに判断力よく果敢に行動する政治家が現代にもほしい気がする時がある。田中角栄や小沢一郎が、とにもかくにも人気がある(あった)のも、こんな面がある(あった)のかもしれない。


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