源氏物語

源氏物語たより190

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   能楽と源氏物語  源氏物語たより190
 
 鎌倉能舞台に行った。40年ぶりの能観賞である。今回突然、能を鑑賞しようと思ったのには、三つの理由がある。一つは、もちろん演目が源氏物語の『夕顔』であったからである。二つ目は、中森晶三氏を偲びたかったからである。三つ目は、今回のシテが中森晶三氏の子息・中森貫太氏であったことである。

 中森晶三氏は、観世流の能楽師で、舞については相当の実力者であった。特に彼は能の普及に熱心で、鎌倉能舞台の創設や鎌倉薪能の実現に尽力された。話が素晴らしく、何度も聞いたことがあるが、それらは今でも記憶に残っている。今はどうしていられるか知らない(実は十年前に亡くなられていた)。御丈夫なら八十歳半ばであろう。そんな中森氏を偲んでみたかったのだ。
 また、彼の子息の中森貫太氏の舞い姿も見たかった。というのは、貫太氏が初めて舞台に立たれた姿を見たことがあるからだ。恐らく七歳か八歳であったろう。あれ以来四十年以上も経ってしまった。貫太氏も父親の才能を受け継いで舞も素晴らしいものであろうと期待して行った。

 あの頃のことである。鎌倉薪能であったか、『野宮』を見たことがある。シテは中森晶三氏であったかどうか、これもはっきりしないが、この舞がなんとも言語に絶するほど感動的で、私の生涯にわたって心に刻み込まれていくことであろう。
 『野宮』は、源氏物語から材を得た世阿弥の作である。六条御息所が光源氏のつれなさに絶望して、たまたま娘が斎宮となったのを機に、娘と共に伊勢に下る決心をする。そのため一年間、ここ「野宮」で精進潔斎をし、いよいよ伊勢に下向することになった。
 伊勢に下って六年後、朱雀帝の譲位にともなって都に戻るが、源氏との関係が元の戻るはずもなく、恨みを残して死んでいく。六条御息所はもともと「念」の強い人であった。源氏の正妻・葵上を、生霊(いきすだま)となって取り殺したこともあるほどだ。彼女の怨念は死しても収まるはずはない。 
 能では、死しても怨念に苦しむ御息所が、旅の僧によって煩悩を取り去られ、成仏していくところが舞われる。しかし、ほとんど動きのない舞であった。一切動いていないと言っても過言ではないほどであった。ところが、まったく動かない御息所の舞に釘づけにされてしまうのだから、不思議なことである。女の情念、怨念が動かないがゆえにひしひしと見るものに迫ってくる。舞台には小柴垣を付けた例の黒木の門があるだけである。それもほんに形ばかりの。
 今謡本を開いてみると、最後の場面がこう描かれていた。

 『景色も仮なる小柴垣、露打ち払い、訪はれし我もその人も、ただ夢の世と古りゆく路なるに、誰(?)松虫の声はりんりんとして、風茫々たる野宮の夜すがら・・』

 いかにもぞっとするような場面設定である。あの頃は、もちろん源氏物語の内容などまったく知らなかったし、六条御息所がどういう人物であるのかも知らなかったのだが、それでもあれほどの感動を与えてくれたのは、能というものに籠っている霊であろうか。

 今回の演目は『夕顔』だと思って謡本まで用意していったのだが、『半蔀』であった。内容は『夕顔』とほぼ同じである。夕顔は、源氏によって六条の廃院に連れていかれ、怨霊の祟りで急死した哀れな女性である。
 今回の舞台には、夕顔の花が絡まった半蔀が置かれていた。瓢箪がいくつもぶら下がっていたのが異様であった。少なくとも源氏物語には瓢箪は出てこない。
 これも旅の僧が、夕顔の霊を慰めて、成仏させるという内容である。
 後半は、夕顔が僧に対して感謝の舞を舞うのが中心だが、この舞だけで2,30分もかかる。これも動きの少ないものであったが、やや冗長な感は免れなかった。少なくとも『野宮』のあの圧倒的な感動はなかった。舞台が明るすぎる気がしたし、瓢箪で雰囲気を壊された感じもした。それと失礼ながら、能役者の力というものもあずかっていたかもしれない。

 源氏物語から、能に材を得たものとしては、上記三つ以外に、『葵上』『玉鬘』『住吉詣』『浮舟』などがある。能の演目には、平家物語から得たものが圧倒的に多いのだが、亀井勝一郎は『室町芸術と民衆の心(文芸春秋)』の中で、
 「(観阿弥、世阿弥、禅竹たち)彼らによって作詞、作曲されたり編輯されたと伝へられてゐる謡曲を見ると、題材の上で「王朝」ものと「鎌倉」(源平合戦)ものとがかなり多い。」
と言っている。「王朝もの」としては、源氏物語以外に『卒塔婆小町』や『定家』などが上げられ、「鎌倉もの」としては、『敦盛』『忠度』『頼政』などを上げられている。そしてそれぞれに流れているのは
 「(王朝ものは)色好みに発した妄執のあはれと、零落した美女たちの哀音である。(鎌倉ものは)例外なく滅びゆく武士が主人公であって、そのときの怒り、恨み,呻き声が基調となってゐる」
と述べている。また
 「結局は人間の妄執、その極限としての狂気と怨霊の声に、能は極まる」
とも言っている。その通りであろう。その「声」を真摯に聞き取ったのが、観阿弥や世阿弥や金春禅竹たちであると言う。
 
 先の『玉鬘』は、鬚黒大将と結婚してからは幸せな人生を送るのだが、若い時に二十年近くにわたって九州を遍歴するという「哀しみ」は、味わっている。この能も、妄執に苦しみ懺悔したりする玉鬘を、旅の僧が回向することによって成仏するという内容なのだが、玉鬘の「妄執」とは何なのか、物語上はあまり感じられない。能楽師は、誰でも死ねば恨みを持つものにしてしまうようだ。

 源氏物語において恨みを残して死んでいった女性は、先の人々以外に、「紫上」がいる。しかし、紫上は能に作られていないようである。紫上は物語上ではさして悲劇を味わった人物としては描かれていないので、世阿弥たちには彼女の「哀音」が届かなかったのかもしれない。私には、何度源氏物語を読んでも、紫上の哀しみがばかりが哀しく大きく響いてくるのだが。

 余談であるが、『広辞苑』を引いてみたら、さりげなく能は『世界遺産』であるとあった。いつ世界遺産になったのだろう。ただ、日本人の偉大な遺産であることに間違いはないのだから、日本人である限り、富士山に登るのと同じように一度は見ておく必要があるだろう。いささか眠いが、若い時に見ておけということかも知れない。これも富士山と同じだ。


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