源氏物語

源氏物語たより192

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  しゃべらない末摘花  源氏物語たより192

 末摘花が、光源氏に嫌われたのは、容姿の醜さだけではない。
 確かに彼女の醜さは群を抜いたもので、それを再びここにまねぶ(そのまま書きとめる)のも可哀そうなほどであるが、話の都合であえて書きとめてみると、まず醜さの象徴は鼻の特異な形状であろう。鼻が長いだけであるならば、幕末に庶民が見て驚いて天狗のような鼻に書き表わしたペリーのようなものだ。今なら「鼻高の美人」の範疇に入るところだが、残念なことには、彼女の鼻は呆れるほど長くのびていた。しかもその先端は垂れていているうえに、「末摘花(紅花)」のように赤く色づいている。
 さらに、その顔の長いこと、「おどろおどろし」いほどである。
 また、その「痩せ」であることも見ていて気の毒になってしまうほど痩せている。肩のあたりは着物の上からでさえも痛々しく見える。
 唯一の美点は髪が長いことだけ。
 これでは美男の代表選手である光源氏に嫌われるのも仕方がない。

 しかし、源氏が彼女を嫌った理由はこれだけではない。彼女の「無口」も源氏を大いに閉口させた。
 それともう一つが「古体な観念や古い生活態度に固執する姿勢」である。この件は、私は源氏物語全体の重要な課題に結びつくものと捉えていて、いずれ究明していきたいと思っているので、ここでは触れないことにする。
 さて、彼女の「無口」たるや誠に無類のものであった。源氏に彼女を紹介した大輔命婦から、源氏が訪れると聞かされた末摘花は、
 『人にもの聞こえ(言う)むも知らぬものを』
と、命婦に言って奥に引っ込んでしまった。でも、さすがに人の言うことを強く拒否もできない御本性から、命婦の説得に
 『「いらへ聞かで、ただ聞け」とあらば、格子などさしてはありなむ』
と仕方なく答える。「返事をしないでただ聞いているだけでいいのなら」と言うのだから徹底した無口ということである。しかも「格子をさして」というのだ。それは男を簀子に座らせるということである。相手は皇子であり稀代の貴公子・源氏なのである。そのお方を簀子に座らせて話を聞くというのだ。
 そもそも格子は板張りになっていて、随分がっちりした建具であるから、格子の外の声など、はっきり聞こえるものではない。そんな状況で男に恋をささやかせるというのだから、これはもう男を拒否しているに等しい。無口なるが故である。

 さすがに命婦は、源氏を廂の間に通し、彼の御座をしつらえる。しかし、案じていた通り、源氏が
 『いとよくのたまひ続くれど・・御いらへはたえて無し』
なのである。源氏のことであるから甘言、巧言を尽くしたことであろうが、女からは一切返事が返ってこない。源氏は呻きながら、こんな歌を詠む。
 『いくそたび君がしじまに負けぬらむ ものな言ひそと言わぬ頼みに』
 (私はあなたのお返事のないことに何度負けたことでしょう。ただあなたが「ものも言うな」ともおっしゃらないのだけを頼みにして、お話しているにすぎません)
 この歌に対しても彼女は応えることができない。返歌は、侍従という女房が代作し代弁する。もちろん末摘花の声も聞いていないのだから、代弁かどうかは源氏には分からない。その後も
 『何やかやと、はかなきことなれど、をかしきさまにもまめやか(真面目)にも、のたまへど、何のかひなし』
なので、遂に痺れを切らした源氏は、鍵をさしてあったはずの襖をこじ開けて、中に押し入ってしまう。近くで事の成り行きをうかがっていた命婦は、「源氏さまは私たちを油断させて・・」と思うのだが、突然のことで手の施しようがない。この命婦、したたかな女で、「まあ仕方がないか・・」と知らんぷりを決め込み自分の局(部屋)に戻ってしまう。女の無言を、百戦錬磨の源氏の女歴が打ち破ってしまったのだ。

 この夜、源氏は初めて末摘花と契るのだが、
 『うちうめかれて、夜深かう、出で給ふ』
しかなかった。恐らく源氏は閨でもあれこれと彼女に話しかけたのだろうが、最後まで彼女の「しじま」にてこずったようだ。「うちうめかれ(ううむと嘆き)」て、夜もまだ深いというのに末摘花邸を後にしてしまったと言うのだから、彼女の「しじま」は半端なものではなかったのだろう。

 これだけ無反応な女も珍しい。だから、この一度の逢瀬でやめておけばよかったのに
 『見まさりするやうもありかし。手探りのたどたどしきに、怪しう心得ぬこともあるにや。見てしがな』
と思うのだから、源氏という男にもあきれてしまう。しかしこれぞ源氏の真骨頂というものかもしれない。最初の時は暗がりだったので、よく分からなかったけれど、ちゃんと見ればいいところもあるかもしれない、見たいものだ、というのだから。

 それは、雪の降る冬の夜のことである。
 彼女と一夜を明かした翌朝、源氏自らが格子を上げ、「雪の積もっている庭の風情を見よ」と末摘花を縁近くに呼び出した。その時、源氏の目に飛び込んできたのが、先の想像を絶する醜悪な女の姿であった。その上に黒貂の皮の衣まで着ているではないか。何とも言いようがなく
 『我(源氏)さへ口閉ぢたる心地し給ふ』
のである。あきれて源氏まで言葉を失ってしまったと言うのだ。それでもあきらめずに歌を詠みかけると、女は、
 『ただ「むむ」とうち笑ひて、いと口重げ』
にしているばかりであった。この「むむ」が末摘花の特徴を捉えていて秀逸である。

 源氏物語の女性方は、概してものを言わない。源氏や左馬頭(『帚木』で熱弁をふるった男)や朱雀院や夕霧のように、冗舌な女は一人もいない。「あはつけく(軽々しく)はしゃべらないこと」が女の美徳になっていたのかもしれない。
 もっとも清少納言などは、典型的なおしゃべりで、何かものを言っていないと生きていられないような感じがする。紫式部にしても彼女の『日記』からすれば相当のおしゃべり(というより冗舌な理論家)である。

 それでは、なぜこれほどに無口で醜い女を、華やかな源氏物語の中に配したのだろうか。
 紫式部の意図は分からないけれども、私は、ひょっとすると『日本書紀(あるいは古事記)』が影響しているのではないかと思う。
 記紀に『木の花咲耶姫と岩長姫』の話がある。ニニギの命は、笠沙(かささ)の岬で美しい女・木の花咲耶姫に会い、その父親に彼女との結婚を申し出る。父親は喜んで承諾するが、姉の「岩長姫」も付けてよこした。ところが
 『その姉はいと醜きによりて、見かしこみて(見て恐れをなして)返し送りて、ただその弟(妹のこと)木之花佐久夜姫を留めて、一夜まぐわはひ(契り)し給ひき(古事記)』
ということで、醜い岩長姫は父親の元に帰してしまった。このニニギの命の措置に対して、父親はこう言うのである。
 「岩長姫と結婚すれば、岩石のように命とこしえであるし、木の花咲耶姫と結婚すれば、木の花のように栄えることだろうと祝ってお送りしたのに、岩長姫だけが返されてしまった。これでは天皇のお命は木の花のように短いことでしょう」

 この「岩長姫」が末摘花だと思うのである。岩長姫は醜いだけで、末摘花のように「無口」とは書かれていないが、「岩」というイメージからすれば「何も言わない女」であったはずである。
 華やかな王朝絵巻の物語の中に、まるでそぐわない無口な醜女(しこめ)を配したのは、光源氏の世が栄えあるものであり、光源氏の命がとこしえであれという意識があったのではなかろうか。
 源氏は、これほど桁外れの女であるにもかかわらず、末摘花を軽蔑しながらも、とにもかくにも生涯二条院に住まわせて、彼女の世話をする。ニニギの命のようにこれを追い出すことはしなかった。
 お陰で、須磨への配流の危機も乗り越えることができたし、歴史に類を見ない流人の身での政界復帰を果たすこともできた。のみならず、太政大臣にまでなり上り、ついには准太上天皇にまでなって、栄華の極みを生きるのである。その寿命も五十五、六歳まで全うできた。当時とすれば長生きである。
 光源氏の繁栄と長寿は、ひとえに無口で醜女の末摘花を嘲笑しつつもそばに置いたおかげであろう。



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