源氏物語

源氏物語たより197

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  かざしの意味するもの  源氏物語たより197

 万葉人や平安人はよく「かざし」をして遊んでいる。万葉集には
 『ももしきの大宮人はいとまあれや 梅をかざしてここに集へる  詠み人知らず』
 (大宮人はひまがあるのだろうか、梅をかざしてここに集い、遊んでいるよ)
などがあり、古今集には次の歌がある。 
 『露ながら折りてかざさむ菊の花 老ひせぬ秋の久しかるべく  紀友則』
 (露がおいてあるまま菊の花を折ってかざしにしましょう。いつまでもいつまでも命が続きますようにと祈って)
 なお、先の万葉集の歌は、新古今集にも山辺赤人の歌として載せられているが、下の句が『桜かざして今日も暮らしつ』と変えられている。古今集の「菊の花」は長寿を約束してくれる花と言うことで歌われている。

 「かざし」は「挿頭」と書き、花や草や木の枝を冠や髪に挿すことである。かざしになるものとしては、桜や梅や菊が多いのだが、それ以外にも彼らは何でもかざしにした。ちなみに歌や源氏物語に登場するものを羅列してみよう。
 「柳、菖蒲、藤、卯の花、紅葉、女郎花、撫子、藤袴、萩、尾花、笹・・」
 その他、造化のかざしもある。

 では、これらの花を冠のどこに挿したのであろうか。
 平安人はどんな時にも冠を被っていた。冠を被らない姿は絵でもほとんど見ることができない。光源氏の嫡男・夕霧が、重篤の頭中将の嫡男・柏木を見舞った時に、柏木は病む体を鞭打って
 『烏帽子ばかり押し入れて』
夕霧に対面するという場面がある。冠を被らないことを「髻(もとどり 丁髷〔ちょんまげ〕のようなもの)を放つ」と言って、そのままで人に会うことは礼を失することであった。だから柏木は起き上がることもできないほどの体ではあったのだが、烏帽子だけは被って夕霧に対面したのである。このように彼らは冠を常に着用していたから、そこに簡単にかざしを付けられたのである。
 柏木が被った烏帽子は、略装の時の冠であるが、正式の場で被る冠は、「布子(こじ)」や「纓(えい、冠の後部に垂直に立っていたり垂れていたりする細長い冠の付属品)」などによってできている帽子である。
 「布子」とは、冠の頂上後部に高くつき出ているもので、その中に髻を差し入れる。その根元に簪(かんざし)を挿して髻を貫き、冠が落ちないように安定させた。
 かざしは布子のところに付け、この簪によって止めたようである。

 かざしといえば、まずは思い出されるのが、賀茂祭の時のものであろう。賀茂祭では、もちろん葵を用いる。そのために「葵祭」とも言われている。この祭りでは葵と共に桂の枝葉もかざしとして冠に挿す。そのためにこれを「諸蔓(もろかずら)」という。また賀茂祭りでは、諸蔓が牛車の簾や賀茂神社の御簾などにも飾られる。

 源氏物語では、『紅葉賀』の巻にこのかざしが華々しく登場する。朱雀院への行幸に際して紅葉の賀を催すことになった。ここで源氏と頭中将は青海波を踊る。この時源氏がかざしにしていたのが「紅葉」である。
 『かざしの紅葉、いたう散り透きて、顔のにほひにけおされたる心地すれば,御前なる菊を折りて、左大将さしかへ給ふ』
 「顔のにほひにけおされたる」とは、「源氏の容貌があまりに素晴らしいのでそれに負けてしまっている」という意味である。せっかくかざしとした紅葉が、葉が散り、透けてしまったために、源氏の美しさに圧倒されてしまった。そこで左大将が、源氏の容貌にも負けないほどのかざしをということで、代わりに菊を折ってかざしにしたのである。  
 源氏物語にはこのほかにも、そこかしこにかざしが登場する。須磨に流れて行った源氏が、在りし日のことを偲んでこんな歌を作っている。
 『いつとなく大宮人の恋しきに 桜かざししけふもきにけり』
 「いつということもなく大宮人(宮仕え人)のことは恋しく思われるのだが、ここ須磨に流れてきて、年も変わり、桜の時季になった。私が桜をかざして遊んだあの花の宴の日がまためぐって来てしまったなあ」という意味で、須磨に来て二年目の感慨である。源氏が、まず思い出したのが、花の宴で桜をかざしにしたことであった。
 この歌は、冒頭に上げた万葉集の歌が引かれている。

 『伊勢物語 八十七段』には変わったものがかざしとして登場する。
 珍客が来たというので、昨夜、強風で浜に吹き寄せられた海松(みる 海藻)を高坏に乗せて馳走に出し、主はこんな歌を詠う。
 『わたつ海のかざしにさすといはふ藻も 君がためには惜しまざりけり』
 「わたつ海」は「海の神」のこと、「いはふ」は「大切にする」ということ。「珍しいお客さんのためには、海の神様がかざしにして大切にしていられるというこの海松も惜しくはないと言って贈ってくれました」という意味で、なんと海藻までがかざしになっているのである。もっともこの場合は海の神が挿すものではあるけれども。
 要は、彼らは自然のものはみなかざしにしたのだ。しかもそれがいろいろな場面で重要な役割を果たしている。

 かざしは、本は信仰的な意味あいがあったと言うが、源氏物語の時代にはすっかりそんな意味は影をひそめてしまい、装飾品になっていた。しかし、単なる装飾品ではない。彼らの自然を愛でる気持ちがそうさせたのである。彼らはかざしを身に付けることで、自然との一体感を求め、季節の移り変わりを肌に感じ取り、そこから「気」を吸収し、生きる喜びを感じ取ろうとしたものと思われる。
 現代の日本では、花や草や枝を直接身に付けて飾りとすることはほとんどなくなってしまったが、アウンサン・スーチー氏が髪に大きな真紅の花を付けていたり、ゴーギャンの絵にタヒチの女たちがさまざまな花を髪飾りとしていたりするのを見るにつけ、日本にはなくなってしまった風習がこんなところに残っているのだなあ、と感銘を覚える。
 卒業式や儀式の時には、今も確かに胸に花を付ける。あれも、かざしと同じものであろうが、ほとんどが安物の造花なので、自然との一体感や季節の移り変わりを感じ取ることはできない。こんな点でも、もう一度古代に帰ってみる必要もあろう。


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