源氏物語

源氏物語たより200

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  光源氏の憂愁 『葵』の巻を読む その1 源氏物語たより200

 桐壺帝が譲位し、朱雀帝が帝位に就いた。朱雀帝の母は弘徽殿女御、右大臣の娘である。このことで弘徽殿女御は皇太后になった。この女御は源氏を蛇蝎(だかつ)の如く嫌っている。いよいよその右大臣側の時代になったのである。
 『世の中変わりて後、よろづもの憂く思され、御身のやむごとなさも添ひ給へば、軽々しき御忍びありきもつつましう』
 これが『葵』の巻の冒頭である。光源氏の物語にしては、何か暗い雰囲気の書き出しである。今まで華やかに思うままに振る舞ってきた源氏の身に何か起こるのであろうか、そんな不安感を持たせる書き出しである。
 源氏の憂愁は、多くは彼の敵方・右大臣の時代になってしまったことから来ている。自分の力を思うようには出せなくなってしまったのだ。
 しかしそれだけではない。「御身のやむごとなさ」も関わっている。昨年、源氏は大将に昇進したのだが、これも彼の憂愁を深めている原因である。桐壺院は譲位に先立って源氏の立場をしっかり固めておこうという魂胆があったのだろう、若干二十歳にしか過ぎない源氏を「大将」という重い地位に付けてしまった。それがかえって彼の足かせになった。とにかく源氏は趣味人であり、自由人である。
 大将ともなると、随人が八人も付く。もともと彼には供人も多く付き従っているのだから、これでは身動きもできない。女のところへの忍び歩きなど、思いもよらない窮屈な立場である。あたかも陸に上がった河童のようなものである。彼から好色を取り上げてしまったら残るものはない。ここで一大恋愛小説・源氏の物語は終焉(しゅうえん)を迎えてしまう。

 そういえば、長年愛人関係を続けてきた六条御息所も、源氏のつれなさにあきれて、彼との関係を清算しようとしているようである。
 もう一人の女性・朝顔宮も、源氏がいくら心を尽くしても、いくらラブコールを送ってもいっかな靡こうとはしない。
 また、左大臣の家に行けば、源氏の女遊びに呆れて、『心づきなし(不快)』と思っていつも仏頂面をしている葵上が待っている。
 まさに四面楚歌の状態で、源氏の憂愁は深まるばかりである。

 でも、源氏の憂愁の一番の原因は、藤壺宮にある。
 中宮になってしまったことによる源氏の煩悶については『源氏物語たより199』で述べたところであるが、今回は、桐壺帝の譲位にともなって、宮も一緒に内裏を去られてしまった。「院」になると、内裏を出て仙洞御所に移るのである。恐らく桐壺院は二条にある冷泉院(仙洞御所の一つ)に移ったのであろう。
 今後は、この仙洞御所で藤壺宮と院は二人睦まじく暮らすことになる。源氏が付け入る隙は完全に閉ざされてしまった。その間のことが
 『今は、(宮は)まして隙なうただ人のやうにてそひおします・・心安げなり。をりふしに従ひて、御遊びなどを好ましう世の響くばかりせさせ給ひつつ、今の御有様しもめでたし』
と描かれている。宮は、桐壺院とごく普通の夫婦のようにぴったり付き添い、他のことに心を乱すこともなく心安げであるというのだ。そして、管弦の遊びなども世間の評判になるほどに大仰に催し、楽しんでおられるという。宮は今が一番結構なご様子で過ごしていられるというのだから、源氏にとってはいたたまれない。
 これでは源氏の憂いが晴れようはずはない。
 しかも、院に呼ばれてきついお小言までもらったのだ。「六条御息所を粗略にするな」というお叱りである。
 「御息所は、故東宮が寵愛された妃ではないか。それに東宮が亡くなった後、その娘(斎宮のこと)を自分(院)の娘として育ててもいいと思っていたのだ。いずれの面からしても、あだやおろそかにすべき女性ではないのに、お前は御息所をごく普通の女のように扱っている。お前の気まぐれの好色沙汰で付き合うというのでは、世間の非難も喧(かまびす)しいことになるのだぞ・・」
と理路整然、綿々とお説教される。源氏にすれば、事実はまさに院の言われる通りなので返す言葉もない。源氏は、
 『院の御気色悪しければ・・・かしこまりてさぶらひ給ふ』
以外にないのである。「かしこまりて」とは、「怖れ謹んで」という意味である。恐れ慎んで頭を下げているしかないのだ。
 今まで源氏は、院からお説教されるなどということはなかったであろうに、懇々と叱られている。桐壺帝の絶対的な信頼と寵愛の元に、思いのまま、溌剌として振る舞ってきた光源氏の栄光の姿は、ここにはない。かつてこんなにしょぼくれた源氏の姿を見たことがあったであろうか。何か別人を見るようで、可笑しくもあり可哀そうでもある。
 八方ふさがりで、祟り目に弱り目である。
 ようよう彼の栄光にも陰りが見えてきたということだろうか。そんな書き出しの『葵』の巻であるのだが。


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