源氏物語

源氏物語たより206

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  睦まじい二人の仲 『葵』の巻を読む その4


 賀茂祭の禊(みそぎ)の日には、大役を果たした光源氏であったが、葵上と六条御息所が激しい車争いをしたことを伝え聞き、すっかり滅入ってしまう。葵上の思いやりのなさや無愛想も疎ましいし、御息所の打ち解けない人柄もまた煩わしい。
 こんな時には、二条院に行って紫上に会うに限る、彼女に会えば必ず心が慰められる、と、祭りの当日は、紫上がいる二条院に渡っていく。そして祭り見物に行こうと大きな声で、女童たちに呼びかける。
 『女房、出で立つや』
 「祭りに出かけるかね!」ということである。彼は、女童に向かって「女房」と言ったのだ。源氏特有の冗談で、そこに、二条院の明るい雰囲気に触発された彼の心の昂ぶりが感じられる。
 紫上を見ると、たいそう可愛らしげに着飾っている。彼女も祭り見物の用意万端のようである。そこで、
 『君は、いざ給へ。もろともに見むよ』
 「さあ、いらっしゃい、一緒に祭り見物をしましょう」と誘いかけた。抑えきれない源氏の心の弾みが感じ取れる呼びかけである。
 そして彼の目は、紫上の髪に行く。その髪はいつもよりも一層きれいに見える。その髪をかき撫でながら、言う。
 「長い間、髪を切っていないようだけれど、今日は吉日だろうから・・」
 髪を切るにも吉日を選ばなければならないのだが、ここにいるとみな吉日に見えてくるようだ。祭りに出かけようとしている女童たちを見ると、みな可愛らしい髪をしていて、その髪の末が華やかに切りそろえられている。それが表袴に垂れ下がっている様子が、実にあざやかに見える。そこで、
 『君の御髪は、我そがむ』
といって、源氏自らが切りそろえてあげる。
 紫上の髪は、煩わしほど多く、将来の様子が偲ばれるほど豊かである。そして、
 『いと長き人も、額髪は少し短うぞあめるを。むげに後れたるすじのなきや、あまり情けなからん』
 「どんなに額髪が長い人でも、若干短い方がよいようだよ。また、あなたのように後れ毛が全くないのもどうも味わいに欠けるからね」という意味である。まるで母親が、子供の髪のあれこれに心を配りしながら、優しく額髪を切り揃えてあげているかのようである。

 そぎ終わると、彼は
 『千尋』
と紫上に祝いの言葉を掛ける。「千尋の長さまで伸びるように」ということである。女性の髪は長ければ長いほどいい。そしてこう歌を詠みかける。
 『計りなき千尋の底の海松(みる)ぶさの、生ひゆく末は我のみぞ見む』
 (計り知れないほどの深い海の底に生えている海藻(紫上の髪)の将来は、私だけが見届けることにしましょう)
 すると、紫上はこう詠い返す。
 『千尋ともいかでか知らむ 定めなく満ち干る潮ののどけからぬに』
 「定めなく満ち干る潮」とは、源氏のことを言ったもので、源氏が絶え間なく女のところを歩き回って落ち着かないことをチクリと皮肉ったのだ。
 「そんなあなたに私の将来など分かるはずないでしょ」
というわけである。
 でも、紫上が、源氏に対して恨みを持って詠い返したわけではない。男の歌に対して、あえて逆の内容で返すのが、当時の男女の歌の贈答の常道であった。むしろそこには甘えが見られて、微笑ましくさえある。

 そういえば、彼女が十一歳の時にこんなことがあった。
 源氏は、藤壺宮への思慕が思うに任せないことでひどく悩んでいた。そんな悩みを慰めるには、紫上のところに行くのが一番と、彼女の部屋に行った。そして、紫上に「こちらにいらっしゃい」と声を掛けたのだが、彼女は少しも動こうともせず、ぽつり
 『入りぬる磯の』
と、寂しそうにつぶやいたのである。これは次の歌から引いたものである。
 『潮満てば入りぬる磯の草なれや 見らく少なく恋ふらくの多き』 拾遺集 坂上郎女 
 (私は、潮が満ちて来ると、海水に沈んでしまう海藻でしょうか。直接あなたに会うことは少なく、恋しく思うことばかりが多いのですもの)
 十一歳の子が、『拾遺集』のこんな難しい歌を引いてこられるものかどうか疑問であるが、いずれにしても、源氏の心が自分にはなく、別の女に夢中になっていることを、幼いながらも感知して、嘆いたのだ。鋭い感性の持ち主であるから、源氏の心を捉えて離さない女性は、尋常な女性でないことに気づいていたのかもしれない。

 さて、祭りの日の二人のやり取りには、この時のようなやるせなさや寂しさは微塵もない。ひたすら華やかで明るい雰囲気である。紫上の言葉や反応は、ここには何も語られていないのだが、恐らく源氏の言葉や行動に対して、溢れるような笑みをもって応えていたことであろう。
 この後、二人は、一条大路の馬場のところで、車の中で仲睦まじく祭り見物をするのだが、ここにまた奇妙は女・源典侍(げんのないし)が登場てくるのだ。そして、源氏に歌を詠み掛けてくるのだ。
 「こんなところに、やっぱり女が登場するのか、やれやれ・・」
と一瞬読者をイラつかせるのだが、源典侍は二人のお邪魔虫ではなかった。むしろ
 「こんなに睦まじくしていられるのでは、私などはとても入ってはいけませんわ」
と嘆くしかなかったのである。源典侍は、源氏と紫上の睦まじさを一層クローズアップさせる役割に徹し切ったのである。
 また、祭り見物の一般の人々も、源氏と一緒に車の中にいる女(紫上)が誰なのか、その幸せに妬ましさを込めて、ひどく関心を持った。
 この日の、紫上の誇らしさが、いかばかりのものであったか、想像に難くないのである。

 紫上十四歳の時のことである。この祭りの日が、紫上にとっては、人生で一番幸せな時ではなかったろうか。なぜなら、この後は、源氏の女遊びに泣かされ続けて、心休まることがなかったのだから。私がしばしば「紫上哀れ」を書いた所以である。
 何度も紫上を哀しい立場に立たせた光源氏ではあるが、しかし、この祭りの日の場面があるゆえに、彼を許してしまうのである。それは私だけの感情ではなく、多くの源氏物語の読者が、彼に腹を立てながらも、結局は彼を許しているのではなかろうか。なぜなら、彼は、どんな環境に立とうが、どんなに多くの女と親しくしようが、心の底ではいつも彼女をいとしいと思い続け、心の支えにし続けていたことは確かだからである。紫上は源氏の回帰する港のようなものであった。

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