源氏物語

源氏物語たより210

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  『いとあるまじきこと』の意味 源氏物語たより210

 葵上に取り付いている物の怪は、六条御息所の生霊(いきすだま)ではないかとの噂があった。葵上が亡くなった後も、光源氏からきた手紙などにその旨をほのめかすような内容が書かれていた。こんな噂が桐壺院の耳に入ってしまったら大変なことだと、御息所は思い悩む。
 というのは、御息所の夫であった春宮が亡くなった時に、桐壺帝(現在は院)は、御息所に
 「娘と共にそのまま内裏住みをしなさい」
と優しく声をかけているのだ。それほどに帝の御息所に対する信望は厚かったのだ。ところが、この生霊事件の噂が院の耳に入れば、その信望も台無しになってしまう、それを彼女は恐れた。
 あの時は、帝からのたびたびの申し出を、  
 『いとあるまじきこと』
と言って断ってしまった。「まことにもってとんでもないこと」という意味で、大変強い調子の断り方である。
 せっかくの帝の優しい申し出をどうしてこんなに強い調子で断ってしまったのだろうか。彼女の意図が分からなかった。鈍い私は、
 「帝の申し出を断るなんて、何ともったいないことであろうか。帝のお世話になっていれば生涯安泰なのに」
などと、のんきに考えていたのだが、これには裏があった。

 帝の「娘と共にそのまま内裏住みをしなさい」という言葉は、実は、平たく言えば、「今度は私の妃になりなさい」という御息所に対する求愛の言葉だったということである。
 前春宮と帝は、兄弟である。弟の妻であったものが、その弟が亡くなったからと言ってそのまま今度はその兄の妻になるというのだから、ことは簡単な問題ではない。もしそうすれば、「春宮の妃だった人が、今度は天皇に乗り代えた」と世間の噂もかまびすしいことになる。確かにこれでは『いとあるまじきこと』である。
 一般の社会でもこんな例はなくはない。長兄が亡くなって、次男が跡を継いで、兄の妻と一緒になるという場合などである。悪いことでもなんでもないのだが、何か違和感を覚える。まして天皇の場合は、社会の目がうるさい。

 帝の申し出こそ断った御息所ではあるが、幾ばくもなく、源氏の愛人になっている。源氏は桐壺院の息子である。したがって春宮の甥にあたる。これとても彼女にとっては相当の抵抗があっことだろうが、源氏の執拗な求愛に負けのだ。甥の愛人ということならば、天皇ほどには噂にはなるまい、という判断もあったかもしれない。  
 いずれにしても、六条御息所はそれほどに魅力的な女性であっということである。
 おそらく桐壺帝は、そういう魅力的な御息所に、以前から眼をつけていたのだろう。弟の死に付け込んだとすれば、これはなかなかの好色漢と言うべきである。そういえば、帝の好色については源氏物語の冒頭に
 『女御、更衣あまたさぶらひ給ひける』
とあったことでも知ることができる。帝は大勢の女性を身辺に配していたのだ。御息所がもし帝の申し入れを承諾していれば、その中の一人になっていたということだ。
 『紅葉賀』の巻にも、桐壺帝の好色の様子が次のように書かれている。
 『帝の御とし、ねびさせ給ひぬれど、かうやうの方(好色の方面)は、え過ぐさせ給はず、采女、女蔵人などをも、かたち、心あるをば殊にもてはやし、思し召したれば、よしある宮仕え人多かるころなり』
 「采女(うねべ)」とは、帝の食事に奉仕する女のこと、「女蔵人(にょくろうど)」とは、内裏の雑役に奉仕する身分の低い女房のことである。帝は、お歳は召していられるがその方面にはなかなかの発展家で、采女や女蔵人などの中で、容貌が優れている者、あるいは気立てのよい者を、特別にお取り立てになってお心に懸けられる、というのである。帝には、結局男皇子だけで十人も子ができた。

 ところで、源氏物語は、紫式部の時代よりも百年近く前を舞台にしているという。桐壺帝は、醍醐天皇(897~930年在位)がモデルに、また、冷泉帝は、村上天皇(946~967年在位)がモデルになっていると言われている。この二人の天皇の女性関係を見ると、なるほどなかなかお盛んである。
 醍醐天皇のことについて、『歴史と旅』(秋田書店)にこうある。
 「後宮には、才たけて美しい女御、更衣が二十人も侍っていた。そこには少しの波風が見られなかったのは、「(帝が)常に笑みを湛えてぞおはしける(大鏡)」(そういう)天皇の温和な性格・・のおかげであろう」
 一方、村上帝には、女御、更衣は十人、子供は十九人もいられた。
 醍醐天皇より八代前の嵯峨天皇(三筆の一人)などは、なんと女御、更衣などが四十九人、子供が四十八人あったというのだから、驚きである。
 万葉の時代から、天皇には大勢の女性が侍り、子供があまたいるというのが常であった。万葉集の第一番目の長歌
 『籠(こ)もよ み籠持ち 掘串(ふくし)もよ・・この丘に 菜摘ます子 家聞かな・・』
は、雄略天皇の歌で、野草を摘んでいる乙女におおらかに求婚している歌である。求婚は,豊穣、生産を意味する。またそれは、国が栄えるということで、そのことが延々として日本の国を支えてきたととらえているのだ。

 源氏は、「天皇になれなかった男」と言われる。確かに天皇をもしのぐ圧倒的権威者であり、彼自身、いろいろの面で天皇の真似をしている。あれほど多くの女性を持ったのもその一つだ。
 ところが、彼には、実際の子は二人(夕霧と明石姫君 冷泉帝は怪しい)しかいない。子供に恵まれなかった。というより、醍醐天皇や嵯峨天皇ほどには精力がなかったのだろう。口八丁手八丁で、大勢の女性を翻弄してはいたが、肝心の方が弱かったようだ。
 でも、彼の子の夕霧や孫の明石姫君(中宮)ががんばって、家運は隆盛を極める。家が栄えることこそ究極の大事である。
 現代の天皇は、お妃(皇后)がお一人である。いかがなものであろうか。そのために、皇太子は、結局女の子一人ということで終わってしまって、これからの天皇の行方が取りざたされるようになってしまった。それも、みなこの「お妃さまご一名様」に由来する。これでは国は保てない。
 日本国憲法第二条に
 『皇位は、皇統に属する男子たる皇族がこれを継承する』
とある。私は、女の天皇でも一向構わないと思っている。過去には、斉明天皇や持統天皇や元明天皇など優秀な女帝がいられた。ただ恐れ多いことではあるが、現皇太子のお子様は少々表情が硬く、国民の敬愛のシンボルとして仰ぐには、いかがなものであろうか。天皇を目にすると何かほっとするというのが理想である。
 天皇家が安泰でないと、我々も不安になってくる。もっとくだけて、皇室だけでも古代に帰るといいのだ。
 こんなことを言えば「いとあるまじきこと」と言われてしまうかもしれないが。 


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