源氏物語

源氏物語たより214

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  『寅一つ!』(賢木の巻) 源氏物語たより214

 光源氏は、性懲りもなく朧月夜との逢瀬を持つべく策略を立てた。「性懲りもなく」というのは、「もう逢ってはいけない相手なのに、それでも・・」という意味である。朧月夜は既に尚侍(ないしのかみ)である。尚侍は、女御・更衣と同じように帝の妃の一人なのである。しかも、朱雀帝の朧月夜に対する寵愛は厚いということを源氏は十分知っている。父親である桐壺帝の女御・藤壺宮との密会もまことに罪深いことであったが、今度は、源氏の兄・朱雀帝の寵姫と契るというのだ。不逞も甚だしい。
 源氏は、「五壇の修法」の隙を狙った。五壇の修法とは、国家安穏や帝の安泰を願う国家的な行事である。不動明王を中心に据え、四方に四人の明王を配し、国家の大事を祈ることで、誠に厳粛な行事なのである。当然、帝はこの期間は身を慎んでいなければならない。朧月夜をお傍に呼んだりすることはない。
 源氏は、その機会を逃さず逢瀬を遂げようというのだから、大胆不敵で、なんとも不埒な行為である。不動明王の怒りやいかにと思いやられるのだが、二人はそんなことには恐れもせず愛欲を優先した。

 場所は、二人が朧月の夜邂逅した、かの弘徽殿の「細殿」である。あの時は、
 「朧月夜にしくものはなし」
などとのんきに細殿を歩いてきた女の袖を捉えて、突然抱きしめ、契りを結んでしまったのだが、それ以来の付き合いである。その後、何度かの逢瀬はあったのだろうが、内侍になってしまった以上、そう簡単に逢うことができるものではない。だから、しばらくぶりの逢瀬である。二人は夢のような時間を持つことになった。
 しかし、弘徽殿の殿舎の前を行き来する人も多く、二人がいる部屋は外部に極めて近いところである。さすがに「そら恐ろしい」感じはする。それでも、女にすれば、久しぶりの逢瀬でもある。恐ろしさなど何かは、である。そして、源氏からも、女は
 『げにぞめでたき御盛りなる・・をかしうなまめき若びたる心地』
のする女盛りの愛らしさである。こうして、二人は、目くるめく官能の世界に酔いしれる。

 そうこうしているうちに、夜明けも近くなってきた。するとほんのすぐ近くで
 『宿直申し候(さぶら)ふ』
という声がする。宮中を夜警して回っていた近衛の官人が、上官に自分の名を名乗り、巡回の報告をしているのである。
 それにしてもここは弘徽殿の殿舎である。こんなところで、上官に警備の報告などするはずがない。源氏はこう思う。
 『また、このわたりに隠ろへたる近衛司ぞあるべき。腹汚きかたへの、教へおこするぞかし』
 「この近くに、近衛の官人の誰かが、女のところに忍んでいるのだな。そのことを、意地の悪い仲間が、あの警備の者に教えて、脅かしているのだろう」と。源氏はその声を可笑しいと思うのだが、自分も女のところに忍んでいることには違いない。あるいは自分に当てつけているのかもしれないし、どうも煩わしい声である。
 そのうち先ほどの夜警の官人が、
 『寅一つ!』
と言っている。「朝、三時である!」と言うのだ。

 これについては少し説明しておかなければならないだろう。当時の時刻は、一日を十二等分していて、その一つを「一刻」といった。したがって、一刻は二時間にあたる。さらにこの一刻を四等分して時を測っていた。つまり一刻が「三十分」ごとに四つに分けられていたということである。
 ところで、一日の時刻は
 「子、丑、寅、卯、辰、巳、午・・」
というように名づけられていたことは、周知のことであろう。たとえば、「子」の刻とは、夜中の零時を中心にした二時間のことで、午後十一時から午前一時に当たる。よく「丑三つ時」などと言うことがあるが、「丑三つ時」とは、「丑の刻(午前一時から三時まで)」を四等分にした、その三番目に当たる時間のことをいっている。つまり午前二時から二時半までの間を指しているのである。この時間には魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)すると言われている。

 さて、そうすると、先ほどの「寅一つ」はどういうことになるだろうか。「寅の刻」は、午前三時から五時までの二時間である。その「第一番目」ということだから、午前三時から三時半ということになる。「寅一つ」は、そろそろ夜も白み始めるころである。
 男が、女の家を尋ねた翌朝は、明るくなる前に帰らなければならないという原則がある。明るくなってから、のこのこ女の家を出たのでは、人の目に触れてしまって、あらぬ噂を流されることになる。あの夜警の官人は、女房のところに潜んでいた仲間を見つけ出したのだろう。
 「おい!もう三時を過ぎたぞ。いい加減で女から離れたらどうだ」
と、意地悪をしたのだ。翌日は、彼は、近衛の連中の格好のいじめ種となって、たっぷりいたぶられることであろう。

 源氏と朧月夜も、三時過ぎまでしっぽりと官能の時を過ごしていたということだ。源氏の場合は、近衛の下々の者とは立場が違う。相手は、帝の妃なのだし、彼自身、「近衛の大将」なのである。もし人の目に触れるようなことになれば、身の破滅になる。
 「寅一つ」の声を聞いて、彼は泣く泣く細殿から出て行く。外は、
 『夜深きあかつき月夜の、えもいはず霧わたれる』
風情であった。彼は、逢引きのために身をすっかり粗末な格好にしていたのだが、それでもこよなく目立つ婀娜(あだ)姿である。それを立蔀(たてじとみ)の陰から、じっと見ていた男がいた。さて源氏の運命やいかに、である。
 それにしても、この時間に、「立蔀」の陰にいた男とはなんであろうか。恐らく彼もまた、女のところに潜んでいた一人なのであろう。同じ穴のムジナである。あるいは舎人の官人が探していた男かもしれない。

 こう見て来ると、当時の内裏は随分乱れていた印象がある。源氏は、夜警の官人の声を聞きながら、「また、このわたりに・・」と言っている。「また」ということは、男が内裏の女(女房)のところに忍び込んでくることは、ごくありふれたことだったということだ。
 女房たちは、廂の間に「局」をもらうのだが、そこでおおむね複数の女房で生活していたようである。そんなところに男が忍んで来るのである。どのようにして逢っていたのであろうか、興味深いことである。

 『紫式部日記』に、紫式部のところに藤原道長がひそんで来た話が書かれているし、『枕草子』にもその旨のことがあちらこちらに書かれている。枕草子三百段には、女房の局にしけこんだ夜行(夜の見回り)の近衛の官人が、袴を几帳に掛けておいたり、袍を丸めてぽいと置いておいたりするという信じられない光景が描かれている。
 これは女房たちは、男との交流を楽しみにしていたということだ。
 この時代、平安文化は爛熟期にあった。その文化を支えていたのが、女房であり、それを取り囲む男たちであった。性が文化を高めたと言ってもいいかもしれない。
 平和な内裏の中である、殺しがあるわけでもないし、重大犯罪があるわけでもない。おそらく、夜警の近衛の官人たちにとっては、婀娜(あだ)な男たちを取り締まることが主たる仕事だったのかもしれない。『枕草子』に
 『時奏する、いみじうをかし。いみじう寒き夜中ばかりなど・・弦打ち鳴らして「何の某、時丑三つ(午前二時)、子四つ(午前零時半)」など、遥かなる声に言ひて、時の杭さす音など、いみじうをかし』
とある。「時奏」とは、近衛の夜警の者が、「自分は何の誰れ兵衛である」と言って、時を奏上することだが、そのたびに清涼殿の小庭に「杭」を挿していくのである。「弦打ち」とは、魔よけのために弓の弦を鳴らすこと。
 清少納言も、男とこっそり忍んでいる時に、「寅一つ!」などという声をはるかに夢心地で聞いていたのかもしれない。


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