スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←源氏物語たより214 →源氏物語たより216
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより214】へ
  • 【源氏物語たより216】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
 

源氏物語

源氏物語たより215

 ←源氏物語たより214 →源氏物語たより216
  あられもなし 近衛の大将  源氏物語たより215

 光源氏は、朱雀帝の妃である朧月夜と、こともあろうに、帝が五壇の修法のために身を慎んでいるすきを窺って、弘徽殿(殿舎)の例の細殿で、しばらくぶりに逢瀬を楽しんだ。
 しかし、目くるめく官能の楽しい一夜を過ごしたばかりだというのに、朧月夜と、藤壺宮とをつい比較してしまうのである。朧月夜は、確かに女盛りであり、可愛いいし優美である。ところが
 『おもりかなる方は、いかがあらむ』
と思うのである。「重々しい」という点になるとどうであろうかと、いうことである。直截に言えば、「静かで思慮深く気高い女性」といえば、藤壺宮をおいてないのだが、その宮はといえば、源氏のよこしまな恋慕に困惑しきっているのだ。彼との噂がたてば、二人の子である春宮の将来はない。そこで、源氏が、自分に横恋慕することのないよう、また近づいて来ないよう、祈祷までして、逃れに逃れているのである。

 しかし、そんな宮の思いは源氏には通じない。いったん宮への思いが昂じて来ると、どうにも自制できなくなってしまう。
 『いかなる折にかありけむ、あさましうて近づき参り給へり。心深くたばかり給ひけん』
 「あさまし」とは、「驚きあきれてものも言えない」状態のことである。また「たばかる」は、漢字では「謀る」で、思い巡らすこと、悪くいえば、「はかり欺く」ことである。宮にすればまさに「欺かれた」のである。相当慎重に謀(はかりごと)を廻らしたのであろう、宮の部屋に入り込んできてしまった。手引きしたのは、女房の王命婦と弁である。
 源氏の切ない恋の訴えに、宮は、徹底的に抵抗するのだが、そんなことで引き下がる源氏ではない。言葉では書き尽くせないほどの思いを口にし、相手のつれなさを恨み、謗(そし)り、延々とかき口説き続けるのである。あまりの源氏の執拗さに、宮は、ついに胸をひどく痛め、悩みこんでしまった。極度の緊張で胃か腸かがやられてしまったのだろう。
 手引きした王命婦と弁は、この事態にさすがに焦ってしまい、必死に宮の世話をするが、それでもまだ
 『をとこは、憂し辛しと思ひ聞こえ給ふこと限りなき』
さまに思いを訴え続ける。源氏は完全に一匹の「をとこ」になってしまった。

 そうこうしている間に、夜も明けてきてしまって、源氏は宮の部屋から出ることができなくなってしまった。他の女房たちが、宮の様子がおかしいということで次々近寄ってくる。王命婦と弁は焦った。なんとか源氏を隠さなければならない。
 そしてついに源氏は、
 『塗籠に押し入れられて』
しまい、王命婦と弁は
 『御衣ども隠し持たる人の心地、いとむつかし』
という状況になってしまった。
 宮は、気まで上がって(のぼせて)しまった。事態を心配した兄の兵部卿がやってくる。中宮の大夫まで駆けつけて来る。僧を呼んで祈祷をしようという騒ぎにまでなる始末。いよいよ源氏は塗籠から出られない。

 「塗籠(ぬりごめ)」とは、寝殿造などの母屋にしつらえられた、三方(あるいは二方)が、壁で仕切られた狭い部屋のことである。通常は衣類や調度を納めておく部屋で、いわゆる「納戸」と思えばよい。時にはここで人が寝ることもあるが、諸道具が置かれているから、身を縮めて寝なければならないほどの狭さである。
 しかも三方を厚い壁に囲まれているから、まともに明かりも差してこない。
 源氏は、「近衛の大将」である。近衛の大将と言えば、左・右大臣が兼務するほどの要職で、彼は二十一歳という若さでこの要職に就いた。歴史上にもなかったような栄進で、将来の大臣、太政大臣間違いなしである。
 それがこともあろうに、そんな暗く狭い「塗籠に押し入れられて」しまったのだ。あさましいと言おうか、あられもないと言おうか、前代未聞の珍事である。
 さらに、ここで注意しなければならないのは、

 『御衣ども隠し持たる人の心地、いとむつかし』
という事実である。
 この「御衣」とは、誰の衣であろうか。もちろん源氏の衣である。彼が脱ぎ捨てた衣を隠し持って、王命婦と弁はうろうろ狼狽(うろたえ)えているのだ。
 ということは、源氏は御衣を着ていないということである。まさか丸裸でいたとは思えないが、宮の部屋に入った時は、直衣姿でいたはずである。あるいは入る前に用意万端脱いで入ったか、あるいは、口説き続けているうちに、その衣服をかなぐり捨てていったか、いずれにしても、上に着ているべき直衣(上着)と指貫(ズボン)は着ていないのである。
 おそらく、袿(うちぎ 直衣などの下に着る衣服)姿か、衵(あこめ 肌近く着るもの)姿でいたかであろう。そんな姿のままずっと塗籠の中にいたのだろう。あるいは、隙を見て王命婦が、こっそり放り込んだのだろうか。ともあれ、まことに「あられもない」姿である。

 「御気まであがってしまった」藤壺宮であるが、暮れ行くほどに、ようやく御悩みも収まってきた。もう大丈夫と兵部卿宮も大夫も帰っていった。女房たちの姿も宮の周りから少なくなった。宮は、もともと女房を身近に侍らせない慣わしだったので、彼女らはそれぞれ所定のところに戻った。
 それでもまだいろいろの人の目がある。王命婦と弁は「いかに工夫して源氏を外に出そうか」悩みに悩んでいた。
 ところが二人の悩みなどどこ吹く風、なんと、源氏は、もぞもぞと塗籠から這い出てきてしまった。常人なら先刻の騒ぎに恐れて、すごすごと退散するはずであるが、それをものともしないところに、源氏という「をとこ」の非凡さがある。
 そして再び「をとこ」は、宮に迫って行き、凄まじい修羅の場を演じるのだ。

 ところで、源氏は、塗籠の中に何時間いたことになるのだろうか。夜が明けて女房たちが立ち騒ぎ出したのが、朝五時ころとすれば、それから『暮れゆくほど』まで塗籠にいたのだから、十二時間も閉じ込められていたということである。
 下衆な勘繰りをすれば、この間食事はどうしたのだろうか。王命婦が差し入れたのだろうか。いやそれはいささか危険すぎる。女房たちは大勢いたのだし、兵部卿宮や大夫もいたのだ。衣服を投げ入れるのが精いっぱいであったろう。ということは、彼は十二時間飲まず食わずでいたということだ。
 それでも暮れになるや、もぞもぞと塗籠から出て来て、宮と修羅場を演じるのだから、信じられないほどの体力である。

 もう一つの疑問は、さらに下衆な勘繰りであるが、生理現象はどうしたのかということである。「塗籠の中で・・」と考えられなくもないのだが、彼は近衛の大将である、まさかそんなことはしまい。
 大学時代、受験生に人気の『傾向と対策』という本を出していた鈴木一雄という教授がいられた。この方の源氏物語の授業を受けていたが、非常に面白い授業であった。
 そこで、ある時、女の子を無断でこの授業に招待したことがある。ところが何とこの時の話が
 「十二単を着た平安時代の女性は、おしっこをどのようにしていたのだろうか」
というとんでもない内容であった。確か「竹の筒を使用した」ということであったと記憶がしているが、せっかく案内した女の子の手前、面目なくて顔から火の出る思いであった。でも、その女の子は、さして驚いても恥ずかしがってもいなかった。
 光源氏は、指貫は着ていなかった可能性があるから、用を足すのには都合がよかったかもしれないが、塗籠の中では竹の筒も何も役には立たない。十二時間、大将の威厳をもって毅然と我慢していたのかもしれない。
 彼の栄光の人生の中で、この「塗籠事件」は、光源氏の最大の「汚点」であったといっていいだろう。それが、彼の華やかで輝きに満ちた、「近衛の大将」の時代であったことが皮肉である。ただ、それを知っているのは王命婦と弁と、読者だけだが。



もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより214】へ
  • 【源氏物語たより216】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより214】へ
  • 【源氏物語たより216】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。