スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←源氏物語たより216 →源氏物語たより218
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより216】へ
  • 【源氏物語たより218】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
 

源氏物語

源氏物語たより217

 ←源氏物語たより216 →源氏物語たより218
  女郎花幻想   源氏物語たより217

 秋の七草を、万葉歌人・山上憶良はこう歌にまとめている。
 『萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花また藤袴 朝顔の花』
 中でも、女郎花は、萩などと並んで古代人にこよなく親しまれた花である。古今集の「秋上」には、女郎花が十三首も連続して詠われている。
 高さ一メートルほどの多年草植物で、山野に自生し、夏から秋にかけて黄色の小花を多数傘状に付ける。子供の頃は、吾亦紅(ワレモコウ 「坊主、坊主」と言っていた)などと共に路傍でよく見かけたものだが、今はほとんど見なくなった。でも、さすがに秋になるとテレビにしばしばその姿が映し出される。少し田舎に入れば、まだまだごく普通に見られるのだろう。
 この花の名「をみなへし」の「をみな」が、「女性」を意味していることと、この花が咲く風情が、女性が艶やかな着物を着て立つその姿に似ているということからであろう、擬人化されてしばしば歌や物語などに登場する。
 百人一首「天つ風 雲の通ひ路吹き閉じよ 乙女の姿しばしとどめむ」で有名な僧正遍昭は、自分の寺に、大勢の女性が訪れてきた時に、その姿を女郎花に喩えてこう詠っている。
 『ここにしもなに匂ふらむ 女郎花 人のもの言ひさがにくき世に』 拾遺集
 「ここにしも」とは、「こんなお寺に」ということ、また「さがにくき」とは、「口やかましい」ということである。
「日頃、女性などが訪れるところでもないのに、どうして香しい匂を漂わせ、艶やかな姿をした女性たち(女郎花)が、こんなにたくさんいられるのだろう。これでは、それでなくても口やかましい世間のこと、妙な噂がたってしまって、私には少々迷惑なのだが」
という心である。もちろん僧正遍昭の軽口である。

 女郎花は、源氏物語には、宇治十帖の『手習』の巻に登場する。
 宇治川に投身自殺した浮舟は、横川の僧都一行に助けられ、僧都の妹の尼君が住んでいる比叡の山下・小野の僧庵で過ごすことになった。ここには尼君を始め、何人かの尼たちが世を厭って住んでいる。
 尼君には娘がいてが、近衛中将と結婚したものの早世してしまった。今でも時折、かつての婿である中将が、この僧庵を尋ねてくることがある。今度も彼は比叡山からの帰り、雨が降って来たこともあって、中宿りにここに寄る。
 そして、風が御簾を吹き上げた時に廊下の端から、室内にいた浮舟を、偶然、垣間見てしまう。彼は美しい浮舟に心魅かれて尼の一人にその素性を聞くのだが、はかばかしくも答えてくれない。
 そのうち、家来が
 『雨もやみぬ。日も暮れぬべし』
と、中将に京へ帰るよう促す。この時、彼は前栽(せんざい)の女郎花を折って
 『なに匂ふらむ』
と独り言を言いながら、僧庵を去っていく。先の僧正遍昭の歌を引いたのである。
 その様子を見た尼たちはすっかり感動してしまって、中将を褒めそやす。
 「やはり素敵な方だわ。もっとここにいたかったのだろうけれども、人の噂を気になさって、さっと立っていかれてしまうなんて!」
 彼女たちは、中将がまさか浮舟を垣間見ていようとは思いもしないから、
 「われわれ大勢の尼のところにいつまでもいると、人の噂が立つだろうことを気にして、さっと立っていかれたもの」
と捉えたのだ。しかし、これは彼女たちの完全な誤解である。中将は、僧正遍昭の歌の上の句を口ずさんだのだ。つまり
「どうしてこんな尼さんばかりの僧庵に、あんな若く美しい女性がいるのだろう」
という疑問を、ふともらしたのだ。
 それにしても、この尼たちは、未だに自分たちを「女郎花」だと思っているのだろうか。墨染めの衣を着て性を超越した人間が、あのあざやかな黄色の女郎花であろうはずがないのに。とんだ自惚れというものである。紫式部のピリッと利いた諧謔がこんなところにも発揮されていて、思わず微笑ってしまう。

 ところで、中将もたいしたものだ。風が御簾を巻き上げたその一瞬に、薄暗い部屋の中にいる浮舟を「鄙には稀な・・」いや「尼には稀な・・」と見極めたのだから。
 この時の浮舟の衣装は、何の風情もないさっぱりした白の単衣と、艶もなく黒ずんだ袴であった。これでは「女郎花」にまがうほどの美女だと判断できるはずはないのである。にもかかわらず「鄙には稀な」と喝破したのだから、その眼力は称賛に値する。
 もっとも、それほどに浮舟の持って生まれた容姿や雰囲気がたぐいなきものだったということなのだろう。薫と匂宮という、当代きっての二人の貴公子を虜にしたのだから、小野の尼ちゃんなどとは、比べようもないのだ。
 中将は、次に比叡山に行った帰りも、垣間見た女を忘れがたくて、小野の僧庵に寄った。この時は、浮舟に盛んに言い寄るのだが、男というものを一切拒否している彼女が、中将の申し出を受け入れるはずはない。それでも諦めきれずに彼は、女郎花に託して自分の思いを告げる。
 『あだし野の風になびくな 女郎花 我しめ結はむ 道遠くとも』
 「浮気っぽい変な男に靡かないでほしい。注連(しめ)を結って、あなたを私一人のものとしますから。どんなに京からの道が遠くても」という意味である。「注連を結った」ところには、他のいかなる者も立ち入ることはできないのである。
 ところが、中将の注連もむなしく、浮舟は、横川の僧都の手によって剃髪し、出家してしまう。稀代の美女は、これをもって女郎花に終止符を打ち、小野の他の尼たちと同じように「吾亦紅」になってしまった。

 ところで、この僧正遍昭(桓武天皇の孫に当たり、俗名を良岑宗貞といった。仁明天皇に寵遇され蔵人頭まで出世したが、天皇の崩御に際して三十五歳の時に出家してしまう。彼は僧侶のくせに女郎花に大層興味をお持ちのようで、古今集にもこんな歌が載せられている。
 『名に愛でて、折れるばかりぞ 女郎花 我落ちにきと人に語るな』
 「落ちにき」とは、「女のために堕落した」ということで、「いい名前がついているから折ってみただけですよ。女郎花よ。私が女に近づいて堕落したなんて言わないでくださいよ」という意味である。
 僧侶ともあろう者が、随分奇妙な歌を詠ったものだ。「天つ風・・」の歌は、五節の舞姫を見て詠ったもので、彼が出家する前ということなので許されるのだけれども、この歌は、れっきとした僧侶の身分の時である。僧侶としてはいかがなものであろうか。おかげで、江戸の狂歌師・大田蜀山人に
 『女郎花 口もさが野に立った今 僧正さんが落ちなさんした』
と冷やかされている。
 「僧正さんがなんだかんだといくら弁解しなさっても、世間の噂が立ってしまった今、もう紛れもなく女に堕落してしまわれたということですわ」
ということで、「なさんした」などと廓詞(くるわことば)で野次ったところなど、「さすがに江戸の狂歌師」と感心してしまう。でも僧侶になっても女に対する興味を失わない遍昭さんにとっては、廓の花に狂ったと言われるのなら、堕落のし甲斐もあ
るというものである。

 『枕草子』の「草の花は」という段には、女郎花は、十九種の花が上げられている中で、撫子に次いで二番目にランクされている。もっとも優劣でランクを付けたわけではなく、清少納言独特な散漫自在な発想で、二番目に思いついたのが女郎花だったということであるのだが。
 最後に古今集からもう一つ上げておこう。
 『花に飽かで なに帰るらむ 女郎花おほかる野辺に寝なましものを』 平 貞文
 (まだまだ花を愛でることも尽きたわけでもないのに、どうしてもう帰ろうなどと言うのだ。こんなに女郎花がたくさん咲いている野だ、今夜はここに泊まって寝ていこうではないか)
 意味深長な歌である。素直に取れば、秋の野の風情に浸りきっている平安人の優雅、悪く取れば、廓にでも行った時の歌。
 


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより216】へ
  • 【源氏物語たより218】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより216】へ
  • 【源氏物語たより218】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。