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源氏物語

源氏物語たより225

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   ステータスシンボルとしての出家 源氏物語たより225

 光源氏は、十八歳にして出家を口にし、その後も何度となく出家の意志を表明してきたのだが、結局五十三歳までその思いを遂げることはなかった。出家は、彼にとっては「口癖」であり、心のこもらない空疎なうわ言のようなものだったと言わざるを得ない。
 しかし、源氏以外の多く男・女たちも、出家を口にしたり現に出家したりしているのを見ると、それが当時の流行だったような気がする。女三宮の父・朱雀院も、とかく悩みながらも出家の志を遂げているし、浮舟の父・八の宮(桐壺帝の第八皇子)などは在俗ではあるが、僧以上に謹厳な生き方をしている。空蝉も六条御息所も藤壷も朝顔も朧月夜も女三宮も浮舟も、みんな出家していった。紫上はことさら出家を望んでいたが源氏が許さなかった。
 出家にかかわらなかった女性はむしろ少ない。末摘花は出家というような難しい問題にかかわる繊細さを持ち合わせなかった。また、明石君は、娘を后に就けたいという親譲りの大望があったために、出家を考えている暇がなかった。

 これは歴史的にみても、同じような状況にあった。紫式部が生きた時代の有名人の多くが出家している。花山天皇も一条天皇(紫式部が仕えた彰子中宮の夫)も三条天皇もみなそうだし、藤原道長も出家している。
 出家は、当時の上級貴族たちにとって、いわばステータスシンボル(社会的地位の高さを象徴する習慣)のようなものであっようだ。ただ、それぞれの人にそれぞれの縛りがあったために、なかなか出家を遂げられなかったという人も多かったはずだ。

 源氏を縛っていたの、彼の強い権勢欲と名誉欲である。彼は、天皇に匹敵するほどの権威と名誉を望んでいたことは確かである。また、彼独特の女性讃歌の御本性ということもある。特に紫上への強い執心が、彼の出家を阻むもとになった。

 それでは、人はどんな機会に出家を思い立ったりするのだろうか。『たより221』では源氏の「出家」の口癖がどんな機会にでてきているか述べたところだが、一般的には、

 ① この世ははかなく無常なものだと感じた時
 ② 肉親や愛する人の死など悲しい体験に直面した時
 ③ 愛する人に別れたり恋に破れたりした時
 ④ 自分の願いや将来への希望が失われ不遇な状況になった時
 ⑤ 生活上の不如意に陥った時
 ⑥ この世に思い残すことがなくなった時
 ⑦ 重い病気になった時
 ⑧ 自分の来世での幸せやあの世にいる人の菩提を弔いたいと思った時
 ⑨ 人知れぬ罪の意識にさいなまれ(贖罪感)を持った時
 ⑩ 僧の生活そのものを好ましいものに思った時
 ⑪ 自己を磨き悟りを求め、人のために尽くそうなどという崇高な願いに至った時
などであろう。六条御息所のように仏道とは相反する神の世界(伊勢神宮)に長らく身を置いたことを悔いたために出家した人もいるし、また、浮舟の姉・大君のようにもともと宗教的な雰囲気に育った者もいる。

 中でも、紫上の出家願望には、特別な思いがあり、胸に迫る哀切さが感じられてならない。
 源氏が年甲斐もなく、若い内親王・女三宮と結婚して以来、今まで六条院の女主として君臨していた紫上の立場は、まことに微妙なものになってしまった。彼女の存在感が薄くなったということである。そこで、彼女は、源氏にこう訴えるのだ。
 『(尼になって)のどやかに行ひをも、となん思ふ。「この世はかばかり」と見果てつる心地する齢にもなりにけり。さりぬべきさまに思し許してよ』
 「さりぬべきさま」とは、出家の姿ということである。「このあたりでのどやかに仏道に励みたいから、出家することを許していただきたい」ということである。
 しかし源氏は頑としてこの願を許そうとはしない。その後も再三源氏に出家の意志を訴えるのだが、彼は、にべない返事を繰りかえすばかりである。
 紫上の出家の動機は「この世は、かばかりと見果てつる心地」がしたからである。では「この世は、かばかりと見果てつる心地」とは、いったいどういう意味であろうか。常識的には
 「この世の中はこの程度のものだとすっかり判ってしまったから」
ということになろうが、紫上の「この世」は極めて狭いもので、いわゆる「世間」をさしているわけではない。なにしろ紫上が六条院を出たのは、「住吉詣で」くらいなのである。あとはほとんど六条院を出たことがない。
 したがって、彼女が言う「この世」とは、「六条院の中」ということになる。しかし、女房たちともそつなく生活しているし、他に特別な問題を抱えているわけではない。
 ということは、彼女の「この世」は、源氏との関係を指しているというしかない。つまり
 「あなたとの暮らしも、この程度のものかと、今はすっかり見極めがついてしまった」
ということである。これは源氏にとっては誠に厳しい言葉である。ところが、源氏はそれを分かろうとしないのだ。いや、むしろ
 「私がこれほど愛しているのだから、私との関係で不満があるはずはない」
と、てんから問題にしないのだ。ここに紫上の哀しさがある。「思し許してよ」と言う訴えのなんと哀切な響きか。真心からの願いのほとばしりなのに、源氏にはその叫びが理解できない。それがずっと続いてきた二人の関係なのである。
 紫上ほど切実に出家を願望した者はいないと思う。源氏のような「口癖」ではないし出まかせの空疎な心ではない。
 ところが、いくら言っても源氏の心に届かないやるせなさが、やがて彼女の体をむしばんでいく。

 さて、それでは、出家するとはどういうことなのだろうか。
 出家とは、「家を出て仏門に入ること。また俗世間を捨て仏道修行に入ること(広辞苑)」である。そのためには、この世の権勢欲や名誉欲や物欲や色欲、あるいは家族や隣人などのあらゆる恩愛や係累を断ち切ることである。容易なことではない。
 そして、仏に帰依し、ひたすら仏に祈り、安心立命の境地を開こうとする行為である。あるいは、厳しい修行に耐え、自己を磨き、自己を確立し、悟りの世界に入って行く行いでもある。
 紫上には、もともと名誉欲も物欲も色欲もなかった。また彼女にはこれと言った係累もない。そんなことよりも源氏という束縛を断ち切って、自己を取り戻したいということではなかったかと思う。十歳の時から、源氏の庇護のもとで一面幸せそうな生活をしていながら、源氏という楔(くさび)から一歩も出られなかったのだ。そのために彼女は「自己」というものを持つことができなかった。
 三十八歳という齢(よわい)になって、源氏との生活には、発展性も望みもないことを見極めた。今こそ自分というものを取り戻し、見つめたくなった。それには彼女には出家の道しかなかったのだ。
 紫上にとって、出家はステータスシンボルなどではない。光源氏というしがらみから逃れ、自己を見つめ、安心立命を求める真実の叫び以外の何物でもなかったのである。
 もし源氏が彼女の訴えを許していれば、彼女ほど真剣に仏の懐に入って仏道に励んだ女性はなかったのではなかろうか。そして、安心立命の境地を求めることができたはずである。


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