源氏物語

源氏物語たより226

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   左馬頭の冗舌の中身  源氏物語たより226

 『桐壷』の巻が、桐壺更衣の内裏における迫害、光源氏の誕生、更衣の死、源氏の藤壺宮に対する思慕の情、そして、源氏と葵上との結婚へと、性急すぎるほどのテンポで物語が展開されていくのに対して、『帚木』の巻では、このテンポの良さがぴたりと止まってしまう。この巻には、さしたるドラマがあるわけでもないし、ただ退屈な議論があるだけで、しかもそれが超難解なもので、煩わしいばかりである。
 以前、源氏物語の第二段に『帚木』が来ていることは、源氏物語にとって不幸であるということを言ったことがある。せっかく原文で源氏物語を味わってみようとしても、この第二段でその超難解さに直面し打ちのめされ、「源氏物語は難しいもの」という印象をもってさじを投げだしてしまった人が何人あったことだろうか。
 『帚木』の巻の後半部分、空蝉が登場するあたりから、物語は俄然活気を帯びてくるし、『夕顔』『若紫』の巻などは易しい上にドラマチックな筋で、読む者の心を沸き立たせるのだが、『帚木』の前半で挫折してしまった人は、この血沸き肉躍る面白さを体験しないまま終わってしまう。
 『帚木』の巻を超難解にしているのが、左馬頭(ひだりのうまのかみ)の冗舌である。実は、この巻の前半は、源氏と頭中将と藤式部丞(とうしきぶのじょう)と左馬頭の四人が、女性論に花を咲かせる、いわゆる「雨夜の品定め」として有名な個所なのだが、内実は、左馬頭一人のしゃべくりでしかない。
 彼がどれほど喋り捲っているかと言えば、岩波書店・日本古典文学大系本で、なんと二十二ページにわたるのである。これを原稿用紙に書き直すと、二十二枚にも及ぶ。仮に原稿用紙一枚を一分十五秒で話したとすると、三十分間しゃべり続けなければならないことになる。まるで総理大臣の所信表明かオバマの演説並みである。
 この間、地の文はほとんどないし、他の者が口をはさむ余地もほとんどない。源氏などは、左馬頭の冗舌にさすがにうんざりしてしまったのだろう、
 『うち寝ぶりて』
いる。熱心に聞いているのは頭中将だけ。彼は
 『(頭)中将いみじく(左馬頭の言葉を)信じて、頬杖をつきて、うち向かひ給へり・・・心に入れて(熱心に)あへしらひ(受け答え)居給へり』
という具合である。

 冗舌だけなら我慢できるのだが、左馬頭の話は実に理屈っぽくて回りくどい。話の途中に余計な言葉をさしはさむから、言わんとする主旨が捉えにくくなる。
 私は、彼の論理をなんとか理解しようと、何度も何度も試みたのだが、その都度、跳ね返されてしまった。もちろんいろいろな翻訳書や解説書を参考にするのだが、翻訳書や解説書そのものの文章が理解できないのだ。ということは国文学者などでさえ、左馬頭の論理を理解できていないということだ。そこで、私は今まで、この部分は積極的に割愛することにしてきた。人にも、『帚木』の巻前半部分は飛ばした方がいいよなどと余計なアドバイスをしてきた。
 ところが、さすがに何度も触れているうちに、彼の論理がうすうす分かるようになってきた。すると可笑しなもので、左馬頭も結構いいことを言っているではないか、と思うようになってきたのだ。こういう心境になるまで、五年の歳月がかかった。

 それでは、彼の論理のうち、私がうすうす理解できるようになった二つほどを紹介しておこう。いずれも「妻妾論」である。とにかく彼は
 『大方の世に付けてみるに、咎なき(女)も「我がもの」とうち頼むべきを選ばむに・・えなん思ひ定むまじかりける』
というほど女に対して厳しい要求をする人物なのだ。「一般的に言って、欠点のない女でも、いざ自分の妻として決めようとすると、なかなか決めるのが難しいものだ」と言っているのだが、その上で、まず、第一の論点、
 
 「妻の仕事としては、夫の世話をするということが一番大事なことだろう。でも夫の世話といっても、あまり風流気取りで、洒落っぽい面でばかり応対するというのも困りもの。
 かといって、堅実、実用的で家事一筋、何一つ自分の身を飾ることもせず、髪の毛を耳はさみして年中忙しそうに振る舞ってばかりいるというのも味気ない。
 男は社会に出ていろんな人と付き合っていく上で、その人たちの様子や良いにつけ悪しきにつけ、いろいろなことを見聞きするもの。その中には、可笑しなことや悲しいことやあるいは腹立たしいことなどさまざまある。それらは、時には自分の腹の中だけでは収めておけないこともある。そんな時に、身近な妻に話ができれば一番いいのだが、家事一辺倒で、ものの条理など分かってくれそうもない妻だと思うと、話しそびれてしまって、ついそっぽを向いてしまったりするものだ。そして、「あ~あ」などとため息をついていると、間抜け面をして「どうしたの?」なんて言って、こちらを仰ぎ見ている妻を見るのなどは、情けないことおびただしい」

第二の論点
 「いろいろ考えた末、結局妻とするには、家柄も容貌も問題ではないということにたどり着く。ねじまがった性格でなく、ひたすら真面目で落ち着いた女なら、それでいいとしなければなるまい。
 それに少しばかり情趣面で持つものを持っていたり、心ばせがよかったりすれば、もうそれは付録もので、万々歳というところだ。
 少しくらい劣っているところがあるからとて、それをあえて問題にはしまい。
 嫉妬深くなく、こちらが安心していられさえすれば、それで十分だろう。うわべの情愛などというものは連れ添っていく上で、自然に身についてくるものさ」

 いずれも男の論理で、勝手と言えば勝手だが、一理ある考え方でもある。
 これからも、左馬頭の論理の良いところを見つけ出し、紹介できるようになればと、かすかな思いを持っていのだが、それにしてもなんとしつこく、回りくどい言い方なのだろう。


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