源氏物語

源氏物語たより230

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   葵上の何がそんなにご不満なの? 源氏物語たより230

 光源氏は、正妻である葵上がご不満で、左大臣の家にろくろく行きもしない。何がご不満なのかと言えば、次の通りである。
 
 ① けざやかで気高い (すっきりしていて、気品が高い)
 ② 乱れたるところまじらず (くだけたところがない)
 ③ あまりにうるはしき有様 (端然とし過ぎる有様)
 ④ とけがたく恥ずかしげ (打ち解けることができず 気づまりになるほど立派)
 ⑤ 思ひ静まり給へる (とりすましている)

 いずれも同じような特徴の羅列ではあるが、物語に描かれた葵上という女性の特徴であり、それは源氏の目を通した彼女の像である。これが源氏にとっては
 『さうざうし』
くてならないのだ「さうざうし」とは、「心寂しい」とか「心が満たされない」とかいう意味であるが、元は「あるべきものがなくて物足りない」という意味である。源氏にとっては、葵上は何か物足りないのだ。
 確かに①から⑤までの性格の女性と言えば、何か味気なく付き合いにくい女性と言えるだろう。毎日こんな女性と面と向かっていたら、息が詰まるかもしれない。
 しかし、いかにも高貴な生まれ育ちで聡明そうな女性で、我が妻を考えて見た時に、このうちの一つでもあればと、思わないでもない。

 それでは、源氏はこれらの性格と反対の女性がいいのかと言えば、そんなことは全くないのである。後に登場する軒端荻のように誠に「賑やかで打ち解けている」女性も、決して彼を満足させるものではなかった。結局軒端荻とは一夜限りの契りで終わっている。 
 要は、源氏という男は、女性に対する理想が高すぎるのである。

 彼は、「雨夜の品定め」の翌日、久しぶりに左大臣邸を尋ねる。例によって、つんと澄ました葵上とは、ほとんど話もしないで、気心の知れた中納言の君や中務の君などの女房に、たわぶれごとを言いかけるのである。
 夏の暑い日に乱れた姿をしていると、そこに左大臣がやって来て話しかける。御簾を隔てているのを良いことに、源氏は
 「このくそ暑いのに、何と固い話を!」
と嫌な顔をする。するとそれを見た女房たちはくすりと笑う。そして脇息に気楽な姿で寄りかかって左大臣に応対するのである。
 こんなくだけた源氏と取り澄ました葵上との間では、心許して親しく睦みあうなどということはとてもできるものではない。女房たちも、そばそばしい二人を見ているに忍びないのだろう、
 「今宵は、宮中からこちら(左大臣邸)は方角が塞がっています」
とご注進におよぶ。源氏は「得たりやおう」と女房の言葉に飛びつく。もちろんそんなことは、彼は先刻承知のはずである。ただ、方違えが予定の行動のようにとられたのでは、折角訪ねたというのに左大臣に申し訳ないと思っていただけだ。誰かが「方違え」を言いだすのを待っていたに過ぎない。彼は、
 『いと悩ましきに(気分がすぐれないから)』
と言うや、そのまま寝室に入って寝てしまう。それを見た女房たちは
 『いとあしきことなり』
とあきれる。この「あしきこと」とは、何を指しているのだろうか。一般には
 「方違えもしないで寝てしまうなんて・・」
と取っているが、私はそうではないと思っている。宵になったら源氏が方違えをするのは自明のことなのである。女房たちの言いたいのは、
 「久しぶりに来られたというのに、葵上様と少しも話もなさらないで寝てしまい、そのまま方違えに行ってしまうなんて・・いとあさましきこと」
ということだと思う。

 源氏が左大臣邸に来た目的は、葵上に会うためではない。
 『(内裏にばかり)かく籠りさぶらひ給ふも、大殿(左大臣)の御いとほしければ』
なのである。日頃、源氏のことにこまごまと心を配ってくれる左大臣の気持ちを忖度(そんたく)して、「いとほしい」からやって来たのだ。彼には葵上に逢いたいなどという気持ちは毫もない。
 彼が「いと悩ましきに」と言って寝てしまったのは、昨夜、頭中将などと女の話に花を咲かせて、寝不足だからである。
 昨夜の「雨夜の品定め」では、頭中将や左馬頭たちの話を寝たふりをして聞いていたのだが、実は多大な影響を彼に与えていたのだ。特に「中の品」の女の話には興味津々であった。「中流の身分の家の女には、なかなかのものがいる」という話である。それは彼の経験したことがない女たちで、気になって仕方がなかったのだ。
 左大臣の邸に行った時には、彼の頭は、既に新たな女の上を駆け回っていた。ひょっとすると今夜の方違えで、そんな女との邂逅があるかもしれない。とすれば、寝不足を解消し、体力を温存しておかなければならない。ここで寝ておかなければ、新たな女との夜がおぼつかないから「いと悩ましきに」と言って寝てしまったのである。

 そんなアバンチュールに無類の関心を持っている源氏と、端正に取り澄ましている葵上との関係がよくなる見込みなどさらさらないのである。
 でも、本当のところ、葵上に不満なのは、彼女の性格に対してでもないし、彼のアバンチュール志向からでもない。彼の頭の中を占めているのは「藤壺宮」だけだからである。理想の女性・藤壺宮と比較すれば、葵上は限りなく「さうざうし」いのある。結局、どんな女性が現れようが、彼の心は「さうざうし」いままなのだ。
 その解消のためには、紫上の登場を待つしかない。いや、その紫上でさえ、藤壺宮という女性の形代でしかなかったのだ。葵上は自らの責任など何もないのに、思いもかけないとばっちりを背負い込んでしまった。


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