源氏物語

源氏物語たより242

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   引き歌は難しい  源氏物語たより242

 引き歌は、源氏物語に頻繁に使われている技法の一つで、引き歌なしには源氏物語は成り立たない。物語の構成上の重要な要素になっている。ただ物語の展開にピタリとマッチした引き歌ならいいのだが、必ずしもそうばかりとは言えず、本当にこの歌がこの場面の引き歌として妥当だろうかとか、この引き歌をこのように解釈していいのだろうかと思われるものも少なくない。
 『空蝉』の巻の最後に引かれている引き歌も、問題の多い一つである。
 
 光源氏が、空蝉の部屋に忍んで行くと、すでにそこには空蝉はいず、空蝉と碁を打っていた軒端荻がいぎたなく寝ているだけであった。源氏は仕方なしに「この女でもいいか」と言って契ってしまう。
 その後、源氏は、空蝉が脱ぎ滑らかしていった生絹(すずし)の「単衣」一枚を抱えて部屋を出る。そして二条院に帰り、
 『ありつる小袿(単衣のこと)をさすがに(源氏の)御衣の下に引き入れて大殿籠』
るのである。「大殿籠る」とは寝ることで、女の単衣を自分の衣の下に入れ抱いて寝るなど、何かエロチックな倒錯的な感じのする場面である。
 翌朝、彼は歌を詠む。空蝉への正式な手紙ということではなく、手習いのようにすさびで書いたものである。
 『空蝉の身をかへてける木の下に なほ人柄のなつかしきかな』
 (蝉が抜け出てしまって、殻が残っているだけの木の下ではあるが、それでもやっぱりあの人に心惹かれてならない)
 源氏を手引きした小君は、この歌を空蝉のところに持っていく。すると彼女はそんな小君をひどく叱るのだが、それでもさすがにその歌を手に取ってしみじみと見るのである。そして、今は源氏の手に自分の「単衣」が渡ってしまっていることを嘆いて、
 『伊勢をの海士のしほなれや』
と、あれこれ思い乱れるのである。
 
 これが引き歌で、後撰集の次の歌から引いたものである。

 『鈴鹿山伊勢をの海士の捨て衣 潮なれたりと人は見るらん』

 意味は「私があなたのところに脱ぎ忘れてきた衣を見て、海士が脱ぎ置いた衣がすっかり潮に湿っている衣のように、あなたは思うことでしょうね」ということである。
 この歌をどのような気持ちで空蝉は借りたのであろうか。ほとんどの解説書や翻訳書が、空蝉の衣を「汚れた衣」と取っているのだが、果たしてそうだろうか。そのいくつかを上げてみよう。

 日本古典文学大系「古く汚くなっているだろう」
 角川書店    「どんなに湿っぽかったことやら」
 小学館     「どんなに汗じみていただろうか」
 与謝野晶子   「小袿が見苦しい着古しになっていなかったろうか」 
 林 望     「汗水で見苦しかったか」

 概ね、このように「古く汚れて見苦しい」と取っているのだが、空蝉は自分の単衣が古く汚いということを、源氏に見られるのを恥じたのだろうか。私はそうは取らない。 
 「潮」と言えば「涙」という極めて常識的な当時の認識を想起すべきである。つまり、空蝉は、自分の衣が汚れて見苦しいことを悩んだのではなく、自分の涙が衣に沁みていはしまいかを嘆いたのだ。谷崎潤一郎と瀬戸内寂聴は、「しおたれていなかったろうか」としている。これだと「涙でぬれる」こととも取れる。
 それに、自分の衣が汗に濡れたり着古されて汚くなっていたりしていることは、わざわざ「推量」しなくても分かるはずだし、そもそもそんな衣では歌にはならないのである。 
 空蝉は、源氏の求愛をてんから嫌がっていたわけではない。衣一枚を脱ぎ滑らかして逃げはしたものの、「源氏さまに愛されるのなら・・」という思いは捨て切れていないのだ。しかし、夫のある身では、いかんともしがたい。だから彼女は
 『ありしながらの我が身ならば』
と嘆くのである。結婚していない元のままの自分ならば、ということである。彼女は、源氏を思って、いく夜か忍び泣いたはずなのである。その涙を源氏に知られることはまことに困ったことだ。なぜなら、あれほど源氏の求愛を厳しく拒んでおきながら、夜毎源氏を偲んで泣いた涙の匂いが、あの単衣についていなかったろうかと、そのことをあれこれ思い乱れるのである。薄汚れた衣であることを源氏に知られることを悩んでいるわけではない。

 彼女は、小君が持ってきた源氏の歌の横にこんな歌を書きつける。
 『空蝉の羽(は)におく露の木がくれて しのびしのびに濡るる袖かな』
 (空蝉の羽に置く露が木の陰で見えないように、私は人知れず泣いては袖を濡らしています)
 やはり彼女は、木がくれに泣いては袖を濡らしていたのだ。この最後の歌からも、私の見解が正しいと思うのだが、どうだろうか。

 なお、この最後の歌は『伊勢集』から採ったものであるが、「本歌取り」どころか、そのまま持ってきたもので、まさに「盗作」である。源氏物語の中では、完全な盗作はこれ一つである。さすがの歌人・紫式部も、この場面に相応しい歌を作ることができなかったのだろうか、と思うと可笑しい。あるいは、この歌から『空蝉』の物語を創造していったのかもしれない。


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