郷愁

旭山動物園の奮闘

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   旭山動物園は生きている。
                     ~ 上野動物園の限界 ~
 
  札幌での公務が終わった後、どうしても旭川の“旭山動物園”に行きたくて、特急“スーパー宗谷”に乗った。
 旭山動物園については、もう言うまでもないが、さまざまなアイデアと創意工夫で施設の模様替えをしたところ、平成十六年の7、8月の来園者が、上野動物園の来園者を上回った、ということで一躍有名になった動物園である。
 上野動物園を越えるとは、とても想像もできないことだ。上野は、1、000万都市・東京にある。しかも、周囲には横浜、川崎、千葉など、そうそうたる大都市を抱えているのだ。その上野を、北の国のそれも最果ての地・旭川の動物園が破ったという、そんなことが果たしてあるのだろうか。
 そういうことで、北海道に行った時には、必ず旭川に行こう、と思っていた。機会は意外に早くやってきた。
 旭山動物園に入って、まずど肝を抜かれたのは、入場門を入ってすぐの野鳥の小屋であった。小屋といっても相当の規模ではある。地形の高低差を利用して、低地には池をつくり、サガの所には自然の木々が植えられている。
 その池や林全体が金網で囲われている。もちろん天井にも金網ははってあるから、野鳥たちが勝手に飛んでいってしまうことはない。

 で、ど肝を抜かれたというのは、我々人間様が、二重になった扉を押して、鳥の世界にお邪魔するという仕組みになっていたということである。つまり、我々人間が、「失礼ながら…」と、遠慮がちに鳥たちの世界に入れさせてもらう、というわけである。
 池の回りには、人間様の通る歩道がささやかに作られている。
 私も遠慮がちにその歩道を歩いていたら、なんと一羽の水鳥も歩いているではないか。のんびり、ゆったり、大きな水かきのある足で、よたよたと散歩している。
 「なんだ、こりゃ?なんだ、こりゃ?」
 「道、間違えたんだね。」
などと、自分たちちの領分を犯された人間どもが、あきれて、しゃべっている。
 この動物園は、いろいろ「発想の転換をしてみた」ということは知っていた。アザラシやペンギンや白熊の生態がよくわかるように工夫を凝らしている、などというニュースは何度か流されていたので、私も見ている。
 しかし、こんなちょっとしたところにまで、我々の感覚をひっくり返すような“発想の転換”がしてあるとは思いもしなかった。
 二重扉は、鳥たちの世界、つまり、異次元の世界への入り口だったのだ。
 この仕掛け一つで、「これから、この動物園では、どんなにビックリするような仕掛けで、我々を迎えてくれることか」と、大きな期待がふくらんでくる。

 さて、“アザラシ館”が圧巻である。
 ニュースなどでお馴染の施設ではあったが、これほどの規模とは思いもしなかった。部屋の中央に、大人3、4人が両手を伸ばさなければ抱えられないほどの太さのガラスの筒が、床から天井に向かって、にょきっと立っている。
 その筒を、突然アザラシが舞い上がってくる。あまりにも突然目の前を舞い上がるから、驚かないわけにはいかない。しかも百キロというでかいアザラシである。ゴマフアザラシだ。
 「ウォーッ!」
 「ウォーッ!」
 「…… 」
 これは、アザラシの声ではない。子供たちの喚声である。時に大人の奇声も混じる。本当に思わず声を出してしまうほどドラマチックである。
 それにしても、人間の子供というものは、“馬鹿”なものだ。一度感嘆の声をあげれば十分なはずなのに、アザラシが舞い上がるたびに、何度も何度も「ウォーッ!ウォーッ!」と喚声を繰り返す。
 もっとも、アザラシは、子供たちに喚声を上げさせたくて、得意になって地の底から上ってくるのかもしれない。
 だから、人間の子を“馬鹿”などと言ってはいけないのだ。
 私が感動したのは、この仕掛けのことではない。アザラシたちの実に得意げな様子や意気揚々とした姿のことである。彼らの表情は実にいい。大洋を泳いでいる時も、「かくや」と思わせるほど、精気がみなぎっている。
 こればかりは、いくら他の動物園が真似しようとしてもできるものではない。
 そのわけは何なのだろうか。後で考えていってみよう。
 アザラシ館の外側には、浜辺を模したような風景が作られている。ブイがある。テトラポットがある。小舟も係留されている。そして、何羽かのカモメさえ遊んでいるではないか。
 「海から飛んできたのだね。」
などと、いい大人が話している。
 まさかそんなはずはない。旭川は北海道の真中だ。いくら「旭山動物園は面白そうだ」といっても、わざわざオホーツクの海からカモメが飛んでくるはずがない。
そんなおっちょこちょいで物見高いカモメがいたら、見てみたいものだ。
 そうではなくて、海を演出するために、羽を切ったカモメを配してあるのだ。羽を切ってあるからといって、ご心配なく。羽を切ってもカモメにはなんの異常もありません、と飼育員が言っていました。
 そして、アザラシたちの海は、深いところから浅瀬へ、そして浜へ、という具合にできている。そこを、彼らは気持ちよさそうに泳ぎ回り、そして、時に浜に上がり込んでは、また海にもぐり、先程のガラスの筒をくぐり抜けては戻ってくる。
 今まで、水族館のアザラシはずいぶん見てきた。そして、彼らの泳ぐ水槽は、どこもけっこう広かった。しかし、この動物園のような深さがない。アザラシたちは、横に泳ぐだけではない。深く潜ることもあるのだ。
 さらに、意図的にかどうか、アザラシが水面を跳ね飛ぶごとに、海水が水槽からあふれ出る。その水が、排水溝から流れ出る時に、
 「ザザー、ザザー」
という音がする。まるで岩壁に打ち寄せる波の音のようだ。心憎いほどの演出である。
 昨年生まれた赤ちゃんアザラシが、浜で飼育員から餌をもらっていた。しばらくは自分で餌の魚を飲み込むことができなかったので、飼育員が、無理に咽に押し込んでいたのだそうだ。
 アザラシ館は去りがたいが、他の動物も見なければいけない。

 次は、“ペンギン館”だ。
 これまた、驚きの施設である。海中にトンネルができていて、その中を我々が歩くのである。すると、頭の上をペンギンたちが、
 すーい、すーい、
と泳いでいく。
 この施設は、ペンギンの水中での生態がよく見えるようにと作られたはものだが、私は、別の面でビックリした。トンネルを出て、今度は上から海中を眺めると、海の中を赤や青や黄の色とりどりのものが浮遊している。果たして、あの浮遊する赤や青や黄は何だ。ペンギンではないことは確かだ。
 なんと、それは海中のトンネルを歩いている人間であった。赤や青や黄は、彼らのかぶっている帽子であり、着ている洋服であり、背負っているザックだったのである。幻想的な光景に、思わず目眩(めまい)を覚えた。
 でも、これは動物園とは関係ないことだ。肝心なのはペンギンである。
 ジェンツーペンギン、フンボルトペンギン、イワトビペンギン、キングペンギン。
 私は、鳥では、メジロと並んでペンギンが好きだ。特に陸上を歩くあのペンギンのヨチヨチ歩きはたまらない。横浜の八景島シーパラダイスに行っては、いつも食い入るように眺めるのはペンギンだ。八景島にもペンギンの数は多いし楽しいが、旭山のペンギンは、さらに変化に富んでいる。
 ペンギン館の床には、3~5cmほどの玉砂利が敷き詰められている。その石をペンギンたちが口に加えては、自分のお気に入りの場所に運んでいる。
 「あのね、ペンギンさんがね、石をね、アーってね、口にね、ね、ね、」
 幼子が、お母さんに盛んにペンギンの様子を説明している。
 ペンギンは常道行動が激しい。同じことを何度も何度も繰り返す。他の者が、お気に入りの場所に近づこうものなら、盛んに威嚇する。
 飼育員が、その玉砂利と床をデッキで掃除していた。しかし、ペンギンたちは、自分の居場所から動こうとしない。飼育員は、邪魔なペンギンのお尻をデッキで押すようにしてどかそうとする。しかし、彼らはなかなか言うことを聞かずに、逆にデッキに噛み付いたりする。
 少なくとも4羽が、卵を抱いていた。『↓』や『→』の矢印があって、そこに
 『抱卵中』
という札が掲げてある。矢印の先には、じっと母ペンギンが、うずくまって卵を温めている。彼らはここを南極と錯覚しているようだ。

 そろそろオランウータンの館に行かなければならない。
 オランウータンは、「森の人」であり「樹上の人」である。彼らは、太古の昔から、ジャングルの数十メートルもの高さの樹上で生活してきた。その生態を生かして、ここでは、高さ十数メートルの鉄骨の塔を二本建て、その両端をロープでつないだ。オランウータンたちは、太古の生活を思い出したように、そのロープを渡るという。私が見ていた時は、その姿を見ることはできなかったが、そのロープ渡りよりも、もっともっと素敵な情景を見ることができた。
 このオランウータン夫婦にも、昨年子供が誕生した。その親子の情景である。
 いたずら盛りの子供オランウータンは、母の目を盗んでは、冒険に出かける。特に、父親のことが気になるらしく、母のスキを見ては父親のところにしのんでいく。
 しかし、すぐ母にばれてしまい、後ろ足を握られて連れ戻されてしまう。何度も何度も挑戦する。しかし、だめだ。お母さんは、いつも彼を見ている。そして、
 「これ、これ!」
というように、母はこどもの後ろ足を引っ張って、許さない。時に頭を叩いている。
 たまたま母から脱出して、父親のところに到達した。何をするかと思ったら、父親の顔に背中を擦り付けて、「遊ぼうよ」とねだっている。父親は、迷惑そうな、それでいて、いかにも愛(いと)しくてたまらないというように、眺めている。子供のチョッカイに何をするでもない。ただ、「にーっ」とほほえんでいるだけだ。
 すると、またまた母がやってきて、彼の後ろ足を引っ張る。
 父親は、とにかく怠惰である。頬杖をつくような格好で寝そべってばかりいる。
でも、寝ているわけではない。細目をきょろとさせては、我々人間様の様子や子供の動作をうかがっている。
 なぜ子供が、父親のところに行くことを許してあげないのか、理解できない。父親が子供に害を及ぼすとは考えられない。父親の憩いの時間を子供が邪魔しないようにと、母が配慮しているとも考えらない。みな不思議がっている。
 「お母さんが嫉妬しているのかな?」
 「……?」
 係員が、オランウータンの「ワンポイント案内」を始めた。
 「オランウータンの雄は、皆様に“化け物”と言われることがあります。」
 確かに、ものすごい顔だ。どう見ても生き物とは思えない。でも、旭山のはまだいい。横浜の野毛山動物園(今はズーラシア)のなどは、とても見る気にもならない。なぜあれほど顔の部分がでかくなってしまったのだろう。
 「オランウータンの雄は最初からこのような顔であったわけではありません。成長とともにこのように醜くなっていくのです。」
 醜いほど雌にもてるのかも知れない。私もオランウータンに生まれればよかった。
 でも、発情期はとにかく、さすがの雌も、日常は雄の醜さには辟易(へきえき)しているのかも知れない。で、子供があんな容貌にならないようにと、そばに行かせないのかもしれない。それにしては、なかなか温かい雰囲気のオランウータンの家族ではある。
 
アザラシやペンギンやオランウータン以外にも、奇想天外な仕掛けやアイデアは数えきれない。あとは、簡単に紹介しておこう。
【キツツキ】
キツツキは木をつつく。木をつつくのは木の幹に穴を掘って、虫を探し出すのかと思ったら、そうではなかった。木の中にい る虫を、幹をたたくことでビックリさせ、おびき出すのだ。出てきたところを食うのである。
この仕掛けが、キツツキ舎にある。箱の中に虫が入っていて、その箱から透明の管が出ている。その管をキツツキがたたく  と、箱から虫が管を通って落ちてくるようになっているのだ。出てきた虫をくちばしで挟むのではなく、長ーくて赤ーい舌  が、すいーと伸びて、虫を巻き込むのだ。まるで、カメレオンの虫取りと同じだ。それにしても想像以上に長い舌だ。
【羆(ひぐま)】
獣舎に、一抱えもあろうかという丸太が二、三本、佇立(ちょりつ)している。その丸太に羆は背中を押しつけて、ごしごしと 擦り付けている。気持ちよさそうである。
床には一面チップが敷き詰められていて、知床の原野のようだ。
【ユキヒョウ】
どう探しても獣舎のどこにもいない。一度目は見過ごしてしまった。ところが、なんと天井の金網に寝ていたのだ。それも私 のいた頭のすぐ上だ。
「あれ、この豹、足が六本ある。」
なんと二頭が重なって寝ている。
『下からつつかないでください。ここの場所が一番気にいっています。一度きらってしまうと、もう戻りません。』
 と表示してあった。
【アムールトラ】
『トラが後ろを向いたら気をつけてください。おしっこをかけられます。』
【チンパンジー】
獣舎の天井から、無数のロープが垂れ下がっている。そのロープをターザン顔負けに揺らせては跳び移り、跳び移っては揺ら せる。獣舎全体が、騒然たるもの。まるで戦国無頼の世だ。
【キリン】
『ただ今、喪中』
昨年、全国でも最高齢であったキリンが亡くなってしまった。

 最後に、“シロクマ”のことは書いておかなければなるまい。
 シロクマは、旭山動物園の呼物の一つであった。岸壁から、海の中に跳び込む様子が人気を呼んでいたのだ。シロクマは、ガラスに映る人間の姿を餌だと思って跳びかかってくるのだ。その迫力がたまらないということで、人気であった。
 しかし、今彼らは一切飛び込まない。飛び込まないばかりか水の中に入ろうともしなくなってしまった。足にけがをしてしまったのだ。ただし飛び込んだためにけがをしたというわけではないようであるが。
 私は、この仕掛けばかりは無理があると思っていた。シロクマだって、餌と思って跳びついても、少しも効果がないとわかれば、すぐあきてしまう。結局こればかりは失敗であった。

 私が、旭山で何に感動したかと言えば、どの動物もみな実に生き生きとしていたということだ。みな意気揚々としていた。ここが、他の動物園とは根本的に違う。 
 他の動物園の動物たちは、概ね寂しい雰囲気を背負っていた。
 哲学的に言えば、旭山の動物たちは、『自己実現』していたのだ。それが何よりもうれしいことであった。もう、“動物園”という範疇から跳びだして、彼らの故郷の世界を再現していたのだ。
 アザラシやペンギンやチンパンジーやオランウータンに、次々子供が誕生したのは、その延長線上の成果である。
 その結果として、人間様が喜んで、人間様の子供たちまで自己実現していたのだ。
 動物園は、基本は動物だ。動物が中心になるというのが当然である。
 そして、その基本を支えているのが、動物園のすべての飼育員の“動物に対する愛情”である。旭山では、“ワンポイント案内”と言っていたが、実は30分もかけて説明してくれたのだ。比較的みな若い飼育員であった。しかし、彼らには、動物が好きで仕方がないという様子がありありと見えた。そして、来園者に、動物のことをわかってもらいたくて仕方がない、という熱意が溢れていた。
 あの愛と熱が、どちらかといえば狭い獣舎の中であっても、また、絶滅が心配されている動物たちであっても、彼らの“生”を保証し、新しい命を育んだのだ。

 旭山動物園に行った翌週、上野の公園に行く用があったので、動物園にも寄った。
 パンダ舎の前では、ガイドが盛んにマイクを持ってがなりたてていた。不必要なほどの音量である。
 「ここは歩きながら見ることになっています!立ち止まらないでください!」
 「写真撮影は禁止になっています!写真は撮らないでください!」
 その日は、日曜日だというのに、さしてこんではいない。立ち止まって見てもなんの支障もない。写真だって、今まで一度もそんなことを言われたことがなかった。
 だから、私は、今までずいぶん写真を撮らせてもらった。若い母親たちは、なんとなく気がとがめるようにしながら、それでいて堂々と写真を撮っている。
カワウソの獣舎は傑作で、噴飯ものだ。カワウソの住みかから、直径3、40cmの透明な筒が出ていて、その先に餌場がある。カワウソは、その餌に釣られて住みかから出てきて、この透明な筒を通るという仕掛けだ。
 「カワウソの生態がよくわかる…??」
 それ以上言うまい。ただ、一つだけこれが上野の限界だと思ったことは記さねばなるまい。
 総合案内所があったので、聞いてみた。
 「ゴリラのことについていろいろ知りたいのですが、どうしたらいいですか。」
 すると、案内の女の子は言った。
 「あ、それでしたら、この建物の二階に学芸員がいますから、そちらに行って聞いてください。そこをぐるっと回った所に階段があります。」
 私は、躊躇した。その二階には、通常だれも上がっていかない。わざわざ二階まで上がっていって、重い扉を押し、学芸員の胡散臭そうな目にさらされてまで階段を上る勇気は出なかった。
 旭山の飼育員は、みんな外にいた。動物と一緒にいた。ペンギンの尻をたたいていた。学芸員が二階にこもっていたのでは、相当勇気のある者か、相当好奇心の強い者しか相手にしない、ということである。

 平成元年のころ、上野動物園は、『ズーストック計画』のもとに、動物の繁殖を目的とした。そのため、全国からゴリラが集められた。トラ舎は、宝くじの応援で立派な獣舎を作った。チンパンジーは、みな多摩動物園に送られた。上野にはチンパンジーはいない。
今、ゴリラたちは、6頭になってしまって、寂しそうである。中には、いつも頭から麻袋をかぶっている引きこもりゴリラもいる。


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