郷愁

多摩動物園に行く

 ←食物連鎖の果てに →忘却とは忘れ去ることなり
多摩動物公園も生きている
~チンパンジーの楽園~


 日経の『トレンディー』で、“全国一位の動物園”と折り紙をつけられた多摩動物公園に行った。
 多摩動物公園については、中川志郎氏の本や吉岡耕一郎氏の講演でよく知ってはいたのだが、行ったのは初めてのことである。
 中川氏の本では、出産の経験のないチンパンジーが、初めての出産の時に、自分の産んだ赤ん坊に驚き、パニックになってその赤ん坊を壁になげつけてしまった、などという話や、園舎にアブラヤシの実を撒(ま)いておき、台になる石とハンマー用の石を置いてみたところ、野生のチンパンジーがするように、それらの石を用いて実を割りはじめた、そしてそれを他のチンパンジーが見て真似をし、次第に学習するようになっていった、などという話があったのを今でもよく記憶している。
 吉岡氏の講演の時は、チンパンジーもストレスのためにノイローゼぎみになることがある、そういう時にはウィスキーを飲ませるのが一番効果的である、などという話を面白く聞いたものだ。
 いずれも多摩動物公園のチンパンジーたちのことである。
 
 『トレンディー』の第一位という折り紙に押されるということで行ってみた。
今日の見ものは、やはりチンパンジーであった。堀を隔てたチンパンジーの放飼場の島に彼らは群れていた。
 ある母チンパンジーが妙な歩き方をしている。何かと思ってよく見ると、彼女の後ろ足に、黒い塊がくっついている。なんとその黒い塊は赤ちゃんチンパンジーであった。赤ちゃんチンパンジーが母親の右足にかじり付いていたのだ。小さ目のコアラほどの赤ちゃんだ。あれではお母さんは相当歩きづらいはずだ。それでもかじり付かせたまま、園内をすたこらすたこら歩き回っている。
 赤ちゃんだって、あれではずいぶん疲れるであろう。どう考えても母親の背中に乗っかった方が楽なはずだ。それにもかかわらず、きょとんとした顔でかじり付いている、というよりも引きづられている。この情景に気がついた見物客はだれもが失笑している。中には、失礼にも大笑いしている。
 とにかく可愛いい。
 園舎には、自動販売機が設置してある。コインを入れるとジュースなどが買えるようになっているのだが、既に何頭ものチンパンジーがこれを使って好きな飲み物を買うことができるようになっているのだそうだ。今回残念ながらその現場を見ることはできなかったが、このことは、アブラヤシの実の実験と同じように、彼らには非常に高い能力が備わっていることを証明しているということだ。
 また、チンパンジーの群れは多く、40頭はくだらないだろう。その数の多さは世界的なのではないだろうか。野生の群れでもこれだけ多くいるとは思えない。しかも、ここからいろいろの動物園に送られている。
 その群れのようすを通して彼らの生態が実によく分かる。また、彼らは実に活発である。多摩動物公園が一位に推されるわけはこんなところにあるのだろう。
 チンパンジーの園舎の前には、彼らの顔写真がずらりと掲げられていて、名前はもちろん、生年月日や系図まで分かるようになっている。よくよく見れば確かに一人一人違った顔をしていて個性がある。素直そうなの、意地悪そうなの、気が強そうなの、それにストレスに弱そうなの、などさまざまな顔をしている。
 御歳49歳の老齢のチンパンジーがいる。人間ならゆうに100歳を越えている。また、中には、29頭もの子供を産んだ者もいるという。
 
 私は、ほとんどの時間をこのチンパンジーの園舎の前で過ごした。実は、チンパンジーの解説役のボランティアさんがそこにいたからだ。彼にいろいろの質問をしたりしていた。ボランティアさんは、チンパンジーのことなら知らないことはないほどの博識だったので、楽しく彼の話を聞くことができた。それでずいぶん時間を食ってしまった。
 私が、オランウータンの“スカイウォーク”のことに話を向けてみたが、そのことについては彼は何も知らないという。多摩動物公園では、オランウータンの特性を生かすべく高い鉄塔をしつらえ、その鉄塔にロープを張った。そのローブづたいに、彼らは空中散歩(スカイウォーク)をし、オランウータンの森に移動していくのである。
新聞でも報道されていたことである。
 それでも、彼は
 「いや、オランウータンのところには行っていないので、そんな施設は見ていまませんね。」
と言うばかりだ。とにかくこのボランティアさんはチンパンジー一筋のようだ。
 そこで、「あの空中散歩は旭川の旭山動物園の真似である」ことを教えてあげた。 すると、今度は彼がこんなことを教えてくれた。
 「鹿児島にね、いい動物園があるんですよ。『平川動物園』て言うんですが、一度は見る価値がありますよ。」
 家に帰って、『トレンディー』で早速見てみたら、確かに平川動物園は第8位にランクされていた。彼が勧めてくれるのだから、平川動物園もチンパンジーが見ものなのだろう。これでは行かないわけにもいくまい。
 
 多摩動物公園では、とにかく動物がよく繁殖している。チンパンジー以外では、象もキリンも誕生した。オランウータンも雪豹もチーターも…。コウノトリなど繁殖し過ぎて、飼育舎が狭いほどだ。密度が濃すぎて、ウィルスが心配になる。
 動物園の目的は、人間に珍しい動物を見てもらう所ではあろうが、繁殖してくれればそんないいことはない。いやそれこそもっとも大切な目的なのかも知れない。
 こういうところも、多摩動物公園が、日本一と評価される理由なのだろう。
 雄の象さんが、それはそれは大きな性器を垂らしていた。地面に付きそうである。
まるで五本目の足のようだ。さすがの“道鏡さん”もこれには脱帽であろう。とにかく 「繁殖のためにおれはここにいるのだ!」という意気を感じる。
 以前、ある教師が言っていたことがあった。
 「多摩動物園もいいけどね、遠足で子供たちを連れていくと、子供たちの目の前で盛んに交尾をするので困るんだな。少しは遠慮してもらわないと…」
 確かに遠足は5月か6月かだ。彼らの繁殖の時期である。「遠慮しろ」と言っても無理というものだ。
 そもそも、動物園の動物たちだって、交尾することは当然の権利なのだ。だから、たとえ人前であろうが大いに交尾していいのだ。ただ、象さんのはあまりに大きすぎて、見物の人間様が自信をなくすから、これだけは少し遠慮してほしい。
 
 それでは、多摩動物公園で、ここまで動物が繁殖する理由は何なのだろうか。
 それはどうやら多摩丘陵の自然をふんだんに残した、その環境にあるのではないかと思った。クヌギ、コナラ、アカカシ、赤松などの多摩丘陵の元々の樹木が、豊富にそのまま残されているのだ。園内でウグイスの声をひっきりなしに聞くことができたし、コジュケイなどはいくらもいるという。アオサギなどは園内にコロニーを作っているそうだ。
 そういえば、野草も豊富であった。アカショウマやヤブレガサが無数にある。特にアカショウマは群生していて、白い花を満開にさせていた。
 これなら動物の繁殖には絶好だ。動物園といえば、木陰もほとんどなく、もろに日差しを浴びるというのが一般的だ。それではとても動物たちにとってはよい環境とはいえないし、ましてや子作りなど考えているゆとりもなかろう。
 ボランティアさんが言っていた。
 「もう少し獣舎を拡張したいのですが、自然保護の見地から、拡張するということがここでは許されないのですよ。」
 私が、野草に見惚れていた時のことだ。何と薮からクジャクがゆったりと出てきたではないか。道路に出てくるとそのクジャクは、大きく羽を広げて、ぐるっーと一回りした。まるで、ファッションーショーのモデルのようだ。あるいは私を見て、ちょうどいい相手の雌だとでも思ったのだろうか。
 クジャクを見ていた小さな男の子が、父親に言った。
 「あ、これ、おうちにある。」
 「いないよ。これクジャクだよ。」
 「あるもん、ご本に…」
 「??」
 旭山動物園では、人間が鳥の世界に入っていくという仕掛けがしてありビックリしたものだが、ここでは人間の領分にクジャクが躍り出てくる。クジャクは人を恐れる景色など微塵もない。逆に人を「いい相手だ」と思っている。恐らく他の動物たちも、人間をそんな目で見ているのかも知れない。
 ここに繁殖の秘密があるのだろうし、多摩のすごさや価値があるのだ。つまり、動物も自然も人も一体化している。
 それに、ここには来場者に対しての心づかいがある。ウシ科の“ムクロン”という動物がいる。毛がすっかり抜けてしまって無様な姿をさらしている。そのムクロンの檻の前に表示板があった。
 「まもなく夏バージョンになります。」
 なるほど、今は毛が抜け換わる時期なのだ。この表示板がなければ、ただ「ムクロンって醜い動物。」と思うだけで通り過ぎてしまうだろう。それにしても「夏バージョン」とは若い。
 それに、『動物相談所』もちゃんとある。ここが上野動物園とは違うところだ。しかも入場門を入ってすぐの建物の一番目立つところに、それがある。来場者を大切にしている証拠だ。
 旭山動物園と同じく、この動物園では、“情”と“愛”と“熱”を感じることができる。それらが、また動物たちを繁殖させている理由なのだろう。
 
 『トレンディー』が全国の動物園を評価した時の評価項目には、“世界観を味わう”という項目や、“一日中遊ぶ”という項目や、“食事を楽しむ”という項目などがあって、その項目ごとに点数化されて評価されている。多摩動物公園が、ダントツで一位だった項目が、“動物を見る”という点であった。改めてその評価を引用させてもらおう。
 「オランウータン、ライオン、アジアゾウ、チーターなど、活発に動く動物を近くで見られるのが魅力。柵で四方を囲ったオリはなく、広い放飼場が中心で、自然な環境を再現する。多いものは十頭以上の群れで飼われていて、臨場感はいっそう高まる。」
 私もこの評価の通りであると思った。ただ、ここにチンパンジーの名が登場しないのはどういうわけであろうか。
 今まで、こんな近くにある動物園なのに、またこんなに見ものの多い動物園なのに、なぜ来なかったのだろう。不思議に思いながら帰ってきた。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【食物連鎖の果てに】へ
  • 【忘却とは忘れ去ることなり】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【食物連鎖の果てに】へ
  • 【忘却とは忘れ去ることなり】へ