郷愁

忘却とは忘れ去ることなり

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    忘却とは忘れさることなり


 漫画家の馬場のぼるの面白い4コマ漫画を今でも覚えている。
 ある男の子が、“蟻地獄”は、成虫になると“ウスバカゲロウ”になるということを知った。彼はこれをぜひ家の人に教えてあげようと思う。ところが、「ウスバカゲロウ」とは誠に覚えにくい言葉である。そこで、彼は、忘れないようにと、家への帰り道、
 「ウスバカゲロウ、ウスバカゲロウ、…」
と何度も何度も口ずさみながら帰っていった。ところが結局忘れてしまった。
 で、家の人に彼が言ったのは、
 「ウスバカ、ゲロウ」
 これは言葉そのものが覚えにくかったために“忘れてしまった”のであるが、私の歳にもなると、さして難しいことでなくてもなかなか覚えられないということがよくあるものだ。また、もの忘れをする頻度も激しくなっている。悲しいことではあるが、いかんともし難い現実である。
 私は、テレビや新聞をみていて、「これは参考になるな」と思うようなネタは、日記帳に極力メモするようにしている。しかし、いざ日記帳に向かってそれをメモしようとすると、何だったか忘れてしまうということがしばしばある。
 新聞記事などは、いったい何新聞に載っていたのか、いつの新聞だったのかさえ忘れてしまう。それでも、物置に行ってその新聞種を探し出そうとするものだから、探し出せるわけがない。結局、虚しい格闘で終わってしまう。
 また、トイレや風呂場などでは、奇妙なことにいいことをよく思いついくもので、それを忘れないようにと、「ウスバカゲロウ、ウスバカゲロウ」式に頭に叩き込んでおくのだが、いざトイレなどから出でくると、もういけない。それもちょっとした動作をした時に度忘れしてしまう。たとえば、ちょいとお尻を拭いた時とか、また、風呂から上がってパンツをはこうとした時とかだ。
 悔しいことには、いったん記憶から去ってしまったことは二度と思い出せないものである。逃がした魚は大きく感じるもので、大層大事なことを忘れてしまったように思われ、「なぜ忘れてしまったのだ!」と頭をかきむしることがよくある。
 まして、寝床に入っている時など思いついたことなどは、何度も復唱し忘れないようにしておいても、翌朝には完全に忘れている。で、枕元にメモ帳などを用意しておくことがあるが、こういう時はえてしていいことは思い出さないものだ。
 先日は、『古事記』を暗習していた“稗田阿礼”の名が出てこなかったのには、我ながら呆(あき)れてしまった。国語の時間にあれほど生徒に「よく覚えておけよ」などと言って教えていたではないか。
 ましてや、一般の人の名前などはすぐ忘れてしまう。今では忘れるために覚えるようなものだ。面と向かって話をしていながら、相手の名前がなかなか出てこないあのもどかしさといったらない。
 ある時、教え子の葬式があった。大勢の同級生が参列していた。3、40年ぶりに会う子供たちだから、彼らの名前を忘れていても仕方がないことだが、不思議なことにはみな顔は覚えているのだ。それなのに、名前が出てこない。ある生徒が意地悪にも私に聞いてきた。
 「先生、おれの名前覚えている?」
 この生徒は特徴があったので、すぐ、「〇〇君だろう。」と答えることができた。ところが、彼の言いぐさがいい。
 「まだ呆けてないですね」
 恩師に対してなんたる言いぐさであることかとカチンときたが、そう言われても仕方がないものがある。
 こんなことを妻と話していたら、妻が言った。
 「この前、テレビでね、『もの忘れしない方法』っていうのやっていたわよ。」
 「へ~え、で、どんな方法だった?」
 「忘れちゃった。」
 どうやら妻も、私と同じ経過をたどっているらしい。
 「え?あの人が?」というような人までボケになる。現に私の尊敬していた人もボケ状態になってしまった。彼は、ものごとへの興味・関心が非常に強く、何事にも積極的に当たっていた人だっただが、やはりだめだった。ボケは人を選ばないらしい。
 もの忘れや呆けは、脳細胞が消滅していく結果であろうから、防ぎようがないのだろうが、人間の生理とは無情で恐ろしいものだ。
 そこで『家庭医学大事典』(勧銀健康保険組合)を引いてみたら、次のように書かれていた。
 「老人性痴呆
 …脳における老化過程による変化が、直接または間接的になって起こる病気です。症状は痴呆という精神障害ですが、これはいったん獲得した知能が、脳の病的な変化によって持続的に低下した状態をいいます。普通老人になると、差こそあれ生理的にもうろくした状態がおこります。…記憶力、特に最近のできごとを覚える力(記銘力)、創造性、直観力なども衰えが見られるようになります。…」
 「てあて
 …生理現象といえる老化現象のあらわれですから原因を取り除く治療法はない。…老人から急に職業を取り上げたり、なにもすることのない環境におくことは望ましいことではない。…」
 このように、痴呆は「原因を取り除く治療法はない」ときっぱり言い切っている。無情にも烙印を押されてしまったような気がする。
 この『家庭医学大事典』で不審に思うことがある。それは、前半の文章は、「です」「ます」調の丁寧語を使っているのに対して、後半の“てあて”のところになると、急に常体になってしまって、「ない」と実にすげない表現になっているということである。これでは、藁にもすがろうと思っていた人にとっては、決定的すぎて救いようがない。もう少し温情的表現があってよかったのに。この医学書を読んだ老人は、“藁をも離してしまう”ことだろう。
 それにしても、体の衰えを防ぐ方法はいろいろあるのだから、脳の老化を防ぐ方法だってありそうなものだ。『家庭医学大事典』のてあてのところに、老人を「なにもすることのない環境におくことは望ましいことではない」とある。これはつまりは、“老化を進ませない方法はある”ということを暗示していると読み取れないだろうか。まさに藁をもつかむ気持ちの読み取りではあるが。
 テレビで、『銭形平次』を見ていたら、平次がいいことを言っていた。彼は、いつも次のことを仕事のモットーにしているのだそうだ。
 『目と耳は疑い深く、心は素直に、よく歩く』
 なるほど、これは岡っ引にふさわしいモットーだ。このモットーを徹底しているから、平次はいつもさっそうと活躍できるし、事件を解決できるのだ。そして、彼はいつも31歳のままでいられるのだ。
 で、これは、老化防止の一つの手段にもなりそうな気がする。
 歳をとっても、目や耳を積極的に使って、いつも「これでいいのか、おかしいんじゃないか」という疑問を持つことだ。テレビや新聞を見る時も、ただ受動的に受け入れるだけではいけないのであって、疑わなければならない。 しかし、同時に、「素直に」ものごとを受け入れる姿勢も持たなければいけない。 往々にして老人はこだわりが強すぎて柔軟さに欠ける面がある。そのために、「頑固者!」という誹(そし)りを受けやすい。『家庭医学大事典』にはここのところが次のように書かれている。
 「老人には、ぐちっぽい、がんこ、短気などの特長が見られるが、この性格の変化は、もともともっていた性格特長が老年になって抑制力が低下するため、はっきり表れてくるものと考えられる。(要約)」
 これも厳しい指摘であるが、けだし気をつけるべきことでもある。
 そして、最後は、「よく歩く」ことだ。岡っ引にとって歩くことは必須の条件だ。今でも「現場百遍」などという。何度も現場(げんじょう)に足を運ぶことで事件が見えてくるということだ。また、歩けばいろいろの人と接触するとことにもなり、多くの情報を得ることができる。
 一般の人にとっても、歩くことはいろいろな面でよい。さまざまな人に出会うことができ、そこからさまざまな話を聞くことができる。それがまた“疑う”こと“考える”こと“感じる”ことにつながっていくし、生活そのものに変化が出てくる、…はずだ。
 また、歩けば体力がつくし、血の巡りもよくなる。その結果、脳は活性化する、…かもしれない。そのためには、家に閉じこもっていてはいけない。
 この歩くことには、もう一つの利点がある。それは外に出るためには、身なりに気を使うようになるということだ。『欝にならないために』とか『若さを保つために』とか、いろいろな本が出ているが、必ず登場する条件の一つが、「おしゃれをすること」である。また、「異性に関心を持つこと」なども上げられる。
 銭形平次は、岡っ引にもかかわらず、なかなかのおしゃれである。それは、人と会わなければならない商売柄、みすぼらしいなりをしていてはだめだからだ。で、結果として31歳のままでいられるのだ。見習う必要がある。
 平次の教えには相当な真理が込められている気がする。
 たまたま、私は骨董展にいくたびに、“寛永通宝”を買ってくる。今ではたくさん集まって、4、50文にもなった。「差(さし 銭差(ぜにさし)のこと、一文銭を紐に通したもの)」にしているほどだ。この“差”を持って、しゃれた服装に着替え、“外出”と洒落込めば、平次を気取ることもできる。そして、家にいては、妻を前にして、藁人形にでも向かって一文銭を投げる練習をしよう。いい運動にもなる。
 ひょっとすると、“藁”ではないしっかりとした“紐”を手繰(たぐ)り寄せ、若さを保持することができるようになるかも知れない。でもそれもなかなか難しいことだろうから、今、こう思って自らを慰めている。 「忘れるのは、どうでもいいことだから忘れるのだ。必要のないことだから忘れるのだ。知ったことをすべて覚えているのでは脳はパンクする。つまり、忘れるということは、人間としての潜在的能力である『忘れる』を最大限に行使していることだ」



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